第118話 チョコレート

「ただいま」

魔法学院に到着し、借りている部屋に一応ノックしてから入る。


「おかえり。あれ、桜井君も一緒なの?」

ヨツバに出迎えられる。


「桜井君も一緒に行動することになったんだよ。勝手に決めちゃったけどよかったかな?」


「断る理由はないけど、衛兵になるんじゃなかったの?」

恩人の思いを継ぐみたいな感じで出て行ったから、ヨツバは桜井君が衛兵になるのだと思っていたようだ。


「俺はハロルドさんの思いを継ぎたかっただけで、衛兵になりたかったわけではないと気づいたから、衛兵にはならなかった。迷惑を掛けるかと思うがこれから頼む」

桜井君が答える。


「よろしくね」


「あ、クオン君帰ってきたんだね。やっぱり桜井君も一緒だ」

イロハが自分の部屋から顔を出して言った。


「イロハは桜井君が一緒に戻ってくると思ってたの?」


「だって桜井君、衛兵になるとは言ってたけど、衛兵の話じゃなくて恩人の人の話ばっかりしてたから、クオン君が怪我を直すなら衛兵にならないと思ったよ」


「イロハもそう思ってたんだね。僕も桜井君は衛兵にならないとは思ってたよ」

イロハとの会話を聞いて桜井君は少し恥ずかしそうだ。


「あ、私も魔法を使えるようになったよ」

イロハが桜井君の様子を見てか、話を変える。


「使えるようになったんだね」


「うん。諦めなくてよかったよ。私、火魔法に適性があまりなかったみたいなの。先生に属性を変えてみようかって言われて水属性にしてみたら、しばらくして使えたよ」


「それじゃあ、イロハは火魔法は使えないんだね」


「使えるようになるかもしれないけど、一番初めに覚える魔法には適してなかったみたい」


「そうなんだ。魔法を使えるようになったイロハのお祝いという意味でもタイミングがよかったかな。馬車での移動中に桜井君にも手伝ってもらってチョコレートを仕上げる前くらいまでやっておいたよ」


「えっ!…………うん、ありがとう」

喜ぶと思っていたのに、イロハはお礼を言いつつも目を逸らした。


「えっとね、クオン達が出て行った後に私は暇だったから、いろはちゃんに材料を買い直してもらって作ったのよ」

買い直して既に作ったみたいだけど、表情的にそれだけではないように見える。


「なにこれ?チョコレートなの?」

ヨツバが持ってきたものを食べてみるけど、正直に言って僕の知っているチョコレートとは程遠い。


チョコレートとしてではなく、別の焼き菓子と考えれば不味くはない。

話の流れでチョコレートなのだとは思うんだけど……。


「クオンから聞いた通り作ったはずなんだけど、チョコレートっぽくならなかったのよね。あんまりチョコレートの匂いもしないし。冷やしたやつは微妙だったから、生地に練り込んで焼いてみたのがそれなんだけど、少なくても期待したものではないわよね」


「……そうだね」


「正直、生地に砂糖とミルクを練り込んで焼いたほうがおいしいんじゃないかなって思うから、クオンが帰ってきたらチョコ作りは諦めて、途中になってるやつは捨てるのはもったいないから別の方法で処理しようかって言おうと思ってたのよ。苦労の割に出来るのがこれだとね……」


「……そっか」


「多分、何か根本的に作り方が違うと思うんだけど、流石にアレをもう一度やろうとは言えないから諦めるわ」


「どうやって作ったんだ?」

話を聞いていた桜井君に聞かれ、ヨツバが作り方を答える。


「ああ、俺も詳しくは覚えてないが、多分発酵させてないからじゃないか?納豆みたいなんだなって思った記憶が微かにある」

桜井君が答える。


発酵のことなんて僕が見たサイトには書かれてなかった気がする。


「そうなの?私はカカオ豆と砂糖でチョコレートが作れるって聞いたことがあるだけだからわからないけど、桜井君はなんでそんなこと知ってるの?」

ヨツバが聞く。


「いや……まあ、前に一から作ったっていうチョコレートをもらったんだが、その時に「一からって言っても収穫して発酵はしてないけどね」みたいなことを言っていた気がする。なんかカカオ豆からチョコを作るキットみたいなのがあるらしい」

桜井君は少し言いにくそうに話した。


「ごめん。僕がそこまで調べなかったからだね」

カカオの収穫からチョコレートが出来るまでみたいなサイトを見ればよかったのかな?


「発酵しないといけないなら元々私には無理だったし、忘れることにしましょう」


「うん、ごめん。桜井君も手伝わせてごめんね」


「特にやることもなかったから気にするな」


「でも、そんな手作りのチョコをもらうなんてやっぱり桜井君はモテるんだね」

イロハが言う。


僕もそれは思った。

失敗はしたけど、作る過程は大変だった。

そんな代物をもらった経験があるなんてモテている証拠だ。


「義理チョコだって言ってたけどな。他の男子にも配ってたんじゃないのか?」

真実はわからないけど、他の男子に配っていても、そっちは市販のチョコなんじゃないかなと思う。

あの作業は量が多ければ多いほど大変だ。何人もの人に配る程作ったとは考えにくい。


「桜井君もやったんだよね?義理チョコだと本当に思うの?」

イロハがさらに聞く。


「……いや、その時はそう言われてそうなんだなって思ったが、まあ、そういうことだったんだなと今は思う。……告白されたわけではないが、気付かず軽く受け取ったことに罪悪感を今は覚えるな」


「よし、じゃあイロハも魔法を覚えたことだし、ここに留まる理由もなくなったから、次にどこに行くか決めようか」

なんだか変な空気が流れていたので、話題を変えて未来の話をすることにする。


「あ、ああ。そうだな」


「行き先って、委員長に会いに王都に行くんじゃないの?」


「その話をまだしてなかったね。桜井君に付いて行った街だけど、元々イロハがいた街だったよ。それで、あの地下室の件で騎士団が来ていて、委員長もいたから話をしてきたんだ。多分、今王都に行っても委員長はいないよ」


「そうなの?」


「僕達が街を出る時にはまだ騎士団は街にいたからね。いつまで滞在しているかはしらないけど、今行ってもいない可能性の方が高いんじゃないかな」


「なら今すぐ王都に行く理由はないのかな。委員長とは何を話したの?」


「委員長とは関係なく王都には行ってみたいけど、急ぐ必要はなくなったかな。ヨツバとイロハと一緒に行動していることは話してあるよ。お金もあるから、僕達は保護を求めてはいないって伝えてある。誰かは聞いてないけど、委員長は7人見つけたって。そのうちの5人は騎士団で保護しているみたいだよ」


「やっぱり委員長はすごいね」


「僕達みたいに委員長からの招集を見てもすぐに動かない人もいるだろうから、時間が経てばもう少し集まるんじゃないかな」


「四葉ちゃん達は私に会う前に見たのは田中君と薬師さんだけ?」

イロハがヨツバに聞く。

結果は同じだけど、なんでヨツバに聞いたのかな?

それに、なんで今更そんなことを聞いたのだろうか……。

少し違和感を感じる。


「……言ってもいいのかな?薬師さんのこと」

ヨツバが僕に聞く。薬師さんのことと言ってはいるけど、実際には木原君のことだ。


「まあ、いいんじゃないかな。ここだけの話にした方がいいかもしれないけど……」


「いろはちゃんにも言ってなかったけど、薬師さんと一緒に木原君にも会ってるよ。木原君が薬師さんに対してヒドい扱いをしてたから、あんまり話を広めないほうがいいかなって言ってなかったんだけど―――」

ヨツバがあの時のことを説明する。


「……それは話しにくいよね。他の人には会ってないの?」


「会ってないよ」

ヨツバは冴木さんと鈴原さんのことは言わない。


「……そっか。そうすると、こっちで把握してるのは私を含めて8人だから、委員長の方と合わせて16人だね。後14人見つければ全員の居場所がわかることになるね」


「薬師さんと木原君が委員長の所にいるかもしれないけど、後半分くらいではあるね」

薬師さんはありえないけど、木原君は委員長のところにいる可能性はある。

生活にも困っているだろうし。


「そう考えると、思ったよりも大分所在がわかってるんだな」

桜井君が言ったことでやっと僕は気づく。

大々的に集めようとしている委員長のところにクラスメイトが集まっているのはわかるとしても、僕は会いすぎてはいないだろうか……。

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