第110話 観戦
「これから試合形式の訓練をする。君達も一緒にやらないか?」
桜井君と領主の庭で騎士達の訓練を眺めていたら、別館からぞろぞろと騎士達が出てきて、アルマロスさんに訓練に混ざらないか誘われた。
騎士に憧れているという建前があるから、誘ってくれたのだろう。
本心はわからないけど……。
「どうする?」
桜井君に聞かれる。
「僕は遠慮しておくよ。手加減は苦手だからね。ハルト君は混ざってくるといいよ。スキルを対人で試すにはいい機会だよ」
実際には手加減は魔力操作のスキルのおかげで出来るようになったけど、アルマロスさんにあまり戦っている所を見られたくない。
少なくても委員長を隠している理由がわかるまでは。
ただそれとは別に、表向きには騎士に憧れがあると言う理由で桜井君は同行しているので、桜井君には参加するように勧める。
「……そうだな。参加してくる」
桜井君には意味合いがちゃんと伝わったようだ。
「手加減なんて必要ないから参加しないか?」
アルマロスさんに言われる。
「もしも攻撃が直撃して怪我でもされたら困るので……。手加減したアリオスさんくらいの方が相手であれば安心して戦えるのですが……」
アルマロスさんの狙いがわからないので、少し挑発してみることにする。
「……君は面白ことを言うね。そんな者がここにいるはずないだろう。いないから第1騎士団はずっと団長不在なんだから。それから、ここにいる騎士は猛者ばかりだ。君が手加減しなくても、私達が負けることはないから安心して参加してくれて構わない」
挑発には乗ってこないようだ。
「実力が上とは思ってませんよ。ただ、アリオスさんは僕の攻撃が直撃しても無傷でしたけど、他の騎士の方も無傷かどうかはわからないので。アリオスさんは参考になりませんから」
もう少し突いてみることにする。
「……まるで君は一撃入れたことがあるようないいようだね」
「実際にありますよ。昨日も模擬戦をして一撃入れました。もちろんアリオスさんは全く本気を出しておらず、アリオスさんは手を出さないという大きなハンデをもらった模擬戦ではありますが……」
「それならなぜ騎士団に入らない?それが本当なら騎士団長になりたいと言ったとしても誰も反対しないだろう」
「勘違いさせてしまっているかもしれませんが、騎士に憧れているのは僕ではなくハルト君です。僕は最近ご活躍の第13騎士団の方達がどんな人達か気になって見にきただけです。……特に軍師の方を。もちろん騎士をバカにしているわけではないですよ。騎士よりも冒険者の方が性に合っているというだけです。なので、訓練に参加させていただけるならハルト君をお願いします」
「……そういうことであれば、君を誘っても仕方がないか。では、ハルトだったな。こっちへ」
桜井君が言われた所に駆けていく。
「ゴンズ!」
「はい!」
「相手をするように。ただし、お互いやりすぎないようにな」
桜井君の相手はゴンズという腕の太い人がするようだ。
「それからミハイル。詰所に行ってアリオス様にクオン君と模擬戦をした件について話を聞いてきてくれ」
「はい!」
ミハイルと呼ばれた人が走っていった。
僕が本当に一撃入れたのかわざわざ確認に行くようだ。
僕は桜井君とゴンズという騎士の模擬戦を眺める。
桜井君には魔法使いとして、1人で対人の相手をする立ち回りも教えてはあるので、騎士相手にどこまで戦えるか気になる所だ。
ゴンズという人は大剣を構えている。
刃は潰してあるようだけど、当たったら痛そうだ。
桜井君が絶対に気を付けないといけないことは、相手に距離を詰められること。
ゴンズという人が何か隠していて、実は剣士ではなかったり、遠距離攻撃の手段をもっていたりする可能性もなくはないけど、だとしても距離は取るべきだ。
桜井君には近距離で戦う手段がないから。
開始の合図と共に桜井君が土魔法で目の前に壁を作り目隠しとしてから、下がって距離をとる。
僕はまだ感知系のスキルを獲得していないので分からないけど、僕の教えたやり方を試しているなら、視覚を遮っている間に他の魔法も発動しているはずだ。
ゴンズさんは土壁を警戒するように、弧を描くようにある程度の距離を保ちつつも桜井君に接近しようとする。
悪くはないけど、魔法使いを相手にするなら悪手かな。
そして桜井君の姿を見つけて距離を詰めようと走り出す。
桜井君は牽制するように火魔法で小さい火球を放ちながら後退する。
ぎこちないけど、及第点かな。
僕が桜井君のやろうとしていることに予想がついているからぎこちなく見えるのかもしれないけど……。
まだ桜井君が扱える魔力が少ないけど、訓練だから威力が低いのは丁度いいだろう。
「どうかな?」
観戦していたらアルマロスさんが近づいてきて聞かれる。
「騎士の実力は皆、ゴンズさんくらいなんですか?」
僕は気になったことを聞く。
「ゴンズはまだ入団したばかりの騎士見習いだ。一人前の騎士になる為に日々訓練している。君から見てゴンズはどうだ?」
流石に猛者と言っていた騎士があの程度ということはないらしい。
勝てるかどうかは別として、あのくらいの人が相手なら本当に当たりどころによっては殺しかねない。
「騎士の方は1人で任務にあたることはあるんですか?」
「基本的にはないな。それがどうかしたのか?」
「そうですね。であればゴンズさんは将来有望だと思います」
「詳しく聞いてもいいか?」
「ゴンズさんは戦い方が直線的です。もう少し周りに気を配った方がいいと思います。ただそれは、1人で戦う時の話です。周りの人がそこをフォローしてあげれば、問題はないと思います。大剣を持ったままあの速度で動けるのは相手からすると脅威でしょう。なので、1人で行動しないのであればアルマロスさんのいう猛者の1人になれると思います」
「なるほどな。君はこの試合の結末はどうなると思う?」
「ハルト君に対人相手の立ち回りを教えたのは僕ですが、教えた通りにハルト君が動くならば、ハルト君が勝つと思いますよ。実戦であれば他のやり方をしないと殺傷能力がまだ低いので、うまく立ち回らないと追い詰められてしまうかもしれませんが、訓練ならその前に立会人の方が良くも悪くも止めるでしょう」
そもそも桜井君には、衛兵になる前提で立ち回りを教えている。
つまり相手は暴徒化した一般市民であり、強者を殺すことを目的とした立ち回りは教えていない。
「やはりそうなるか。ゴンズは誘い込まれているようだからな」
「アルマロスさんにはそう見えますか?」
「ゴンズは気づいてないようだが、周りで見ている者の何人かも気づいているはずだ。何をしようとしているのかまではわからないがな」
やっぱり桜井君の動きはぎこちないんだね。
「ハルト君には立ち回り方を教えはしましたけど、実践するのは初めてですからね。まだ経験不足ですね」
桜井君とゴンズさんの模擬戦の決着が着きそうになったので、少し黙って結末を見守る。
桜井君は上手いこと?火球でゴンズさんを誘導して目的の位置に誘い込む。
そして、ゴンズさんが目的の位置を踏んだ所で足元で小さな爆発が起き、ゴンズさんが転倒する。
「そこまで!」
桜井君が大きめの火球を転倒しているゴンズさんに向けて放とうとしたところで、立会人の人が止める。
……桜井君は結構加減したんだな。もう少し威力は出せるはずなのに。
結果としてゴンズさんは転倒しているし、訓練だからこれでいいか。
ゴンズさんは驚いて転倒したけど、あれ以上やると怪我していたかもしれないから、あの程度でよかったのかもしれない。
「何をしたのか聞いてもいいだろうか?」
アルマロスさんに聞かれる。
「僕から説明するのは構わないですが、ハルト君のことなので、話してもいいかはハルト君に聞いてください」
「そうだな」
アルマロスさんが桜井君の所に歩いていき、桜井君を連れて戻ってくる。
「見事な試合だった。騎士になれる日も近いだろう」
アルマロスさんが桜井君を褒める。
「ありがとうございます」
「最後に何をしたのか聞いてもいいかな?」
アルマロスさんが桜井君に聞く。
「魔法で罠を仕掛けていました。あそこを踏むと爆発するようにです。詳しくはあまり話したくありません」
桜井君が詳細は伏せる。
以前桜井君には、マルチスペルという希少なスキルが使えることは信用出来る相手にしか言わない方がいいとは言った。
初見というだけで、勝率は上がるからと。
僕の言ったことを覚えていたのかはわからないけど、桜井君はアルマロスさんに教えないことにしたらしい。
実際にマルチスペルをフル活用して、桜井君は地雷を作っていた。
まず土魔法で地面に穴を空けてそこに風魔法で圧縮した火球をぶち込み、土魔法と水魔法を同時に使って作った泥で蓋をして隠す。
相手がそこを踏むと、火球を圧縮していた風魔法の制御が崩れて、圧縮されていた火球が解放されて爆発を起こすという仕掛けだ。
僕と違って、魔法を自由に使えるというのは羨ましいと思うけど、自分の体を起点としないと魔法が使えないというのは不便だな。
「それは残念だ」
アルマロスさんはそう言いながらもあまり残念そうには見えない。
もしかしたら聞いてきただけで、何をしていたのか実は見当がついているのだろうか。
その後も桜井君は訓練に混ざり、僕はそれを眺めた後、アルマロスさんと話をすることになった。
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