第85話 side 委員長④
統率のスキルの有用性がわかってから、私の生活はかなり質が良くなった。
危険を冒さなくても、ウルフの群れを倒せるようになったのは大きい。
しかも、戦っているのはリノだけれど、統率のスキルを使用しているのが影響しているのか私のレベルも上がっている。
レベルが上がったことで新しいスキルを3つも獲得出来たので、以前にも増して安定してお金を稼げている。
あの硬いパンと味のないスープを飲まなくても良くなった。
毎日ではないけれど、肉や果物も食べれている。
だけれどリノとの共同生活は止めていない。
リノと一部屋で生活することに不満はないので、節約できるお金は引き続き節約してお金は少しずつ貯めている。
冒険者ランクもEまで上がり、パーティとしてのランクがDになった頃、冒険者ギルドに依頼書ではない紙が貼られていた。
騎士団への入団テストがあるらしい。
但し、テストに合格したらすぐに騎士になれるのではなく、騎士見習いとして騎士団の先輩方が教育をしてくれるそうだ。
「やっぱり騎士って憧れるよね」
リノが案内を見て呟く。
「リノは騎士になりたいの?」
騎士のイメージはなんとなく浮かぶけど、この世界の騎士はよくわからない。
「なれるならなりたいよ」
「騎士って男の人のイメージなんだけど……」
「もちろん男の人の方が多いけど、女性の騎士も普通にいるよ」
「そうなんだ。リノはなんで騎士に憧れるの?田舎暮らしが嫌でこの街に来たんだよね?」
「うーん、カッコいいから……かな?騎士として活躍して貴族になるっていうのはよくある話みたいだし、夢はあるよね。それにお給金も良いみたいだし」
「そうなんだ。それならこのテスト受けてみたら?」
この案内の話をしている人はギルド内にチラホラといる。
定期的に貼られている案内であればこうはならないので、これはたまたま舞い降りたチャンスかもしれない。
「受けたところで受からないよ」
「でも、応募要項の所に即戦力、又は将来有望な若者って書いてあるよ。騎士としての実力は無くても、騎士見習いとしてなら受かるかもしれないよ。私達くらいの年齢でEランクの冒険者って少ないから、いい線いってると思うんだけど……」
実際にリノはレベルが上がったことで、私がいなくてもEランク冒険者としてやっていける実力がある。
かなりランクが上がるペースは早いらしい。
一方私は、1人では未だにウルフにも負ける可能性がある。
サポート要員なので、それで何も問題は無いのだけれど、1人でもある程度戦えるようになりたいなとは思う。
Eランクに上がりはしたけど、私単体ではFランク冒険者のままだ。
「そうかな……」
リノは不安そうだ。
「絶対受かるなんて言えないけど、受けるだけ受けてみたら?落ちたら人生が終わるわけでもないし、ダメだったら今の生活に戻るだけよ」
「……そうだね。でも、それでいいの?私がテストにもしも受かったらインチョーはどうするの?」
ウルフに殺されそうになった後、リノには私の秘密を話した。
その時に元の世界では周りから委員長と呼ばれていたと話したら、リノが私のことをインチョーと呼び出した。
この世界の学校のことはよく知らないけど、村に住んでいたリノには委員長というのは馴染みがなかったようで、委員長というのがクラス内の役職ではなく、仲の良い友達同士で呼び合うあだ名だと勘違いしたようだ。
委員長と呼ばれるのが嫌なわけではないので、訂正せずにそのまま受け入れたら定着してしまった。
「私も一緒に受けようかな。散り散りになってる友達も探したいし、この街でずっと冒険者やってるよりは騎士になった方が可能性が広がる気がするのよ。それに私のスキルってどれも集団の中にいてこそ力を発揮するから、悪くない選択だとは思うんだけど、リノはどう思う?」
「この案内は第13騎士団の募集だからいいと思うよ。騎士の本部はどこも王都にあるんだけど、第13騎士団は任務で各地を転々としているみたいだから、知り合いも見つけやすいんじゃないかな。騎士団長がどんな人か分からないけど、ある程度自由時間もあるだろうから、少しは任務中に探す時間もあるだろうし……」
「そっか。それなら2人で受けましょう」
私はリノと騎士団の入団テストを受けることにした。
少しでも2人揃って受かるように、パーティであれば冒険者ランクがDだということを全面的にアピールして、2人セットで受けさせてもらうことにした。
どちらかだけが受かった場合、落ちた方がこれから苦労するというのを避けるという意味合いもある。
そして2日後、入団テストを受ける。
指定の場所で説明を受けて、入団テストがこのタイミングだった理由が判明した。
この街の近くで任務があるが、この街に来る途中にトラブルに巻き込まれて人手が足りないようだ。
任務自体は盗賊のアジトの偵察で、戦闘はしない予定なので、現地で人を集めようとしているようだ。
どうせなら冒険者ギルドに依頼を出すのではなく、有望な人材がいれば確保しようということになったらしい。
なので、テストに受かった場合にはすぐ盗賊の元へと行くことになる。
内容は荷物持ちなどの雑務で、いきなり最前線で命を張れということではないようだ。
ただ、命の保証があるわけではないので、覚悟が無いものはテストが始まる前に去るように言われた。
騎士になるということは、時には危険もあるとわかっているので、誰も出て行く人はいなかった。
入団テストは実技のみで、団長を相手に模擬戦をして力を見るそうだ。
集まった人が順番に模擬戦をしていく。
即戦力の他に新人も募集していたからか、実力はマチマチだ。
「次、リノ。それから、インチョーもだ」
私達の番になる。
ただ模擬戦をする前にリノには聞かないといけないことがある。
「私の登録もリノに任せちゃったけど、インチョーで登録したの?」
「…………ごめん。いつもインチョーって呼んでるから、そう書いたかもしれない」
インチョーと呼ばれた以上、かもしれないではなく、書いたのだろう。
「……まあ、いいわ。受かったら団長に説明して訂正してもらうわ」
「うん、本当にごめんね」
リノが再度頭を下げる。
「怒ってはないからね。とりあえず受かるように頑張ろう」
「2人だと力が増すそうだな」
資料を見た団長に言われる。
「そうです」
私は答える。
「それなら2人同時に掛かってきて構わない」
団長の配慮で私達は2人で団長と模擬戦をすることになった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
『私は団長と同調して分析するから、それまでは守りを重視して立ち回って。一応テストだから、やる気がないと思われないように接近はしてね』
私はレベルアップ時に覚えた[念話]のスキルでリノに指示を飛ばす。
『わかった』
リノから脳に直接返事が返ってくる。
開始の合図と共にリノが団長に向かって行く。
団長がリノの速さに少し驚いているうちに、私は[並列思考]と[同調]のスキルを同時に使う。
[並列思考]のスキルは、脳が2つになるようなスキルで、2つの事を同時に考えて処理出来るようになる。
[同調]のスキルは、対象の動きをトレースして、対象と同じ動きが出来るようにするスキルだけど、私は本来の使い方をしない。
そもそも、団長の動きを[同調]のスキルでトレースしたところで、私の体がその動きについていけない。
武術とか剣術が型を知らなくても使えるようになるくらいにしか意味をなさない。
まあ、それだけでも十分過ぎるほどに有能なスキルだとは思うけど、[並列思考]のスキルを獲得していたこともあり、私は違う使い方をしていた。
相手の動きをトレースして動けるということは、その過程で相手の癖などの分析が出来るということだ。
今相手にしている団長であれば、剣を振り下ろした後は、振り下ろした剣を構える隙をつかれないように、構えながら一歩下がる。
『団長が剣を振り下ろしたらまずは一歩下がって避けて。団長は構え直しながら一歩下がるから、そのタイミングで下がるのを想定して、団長が動く前に踏み込んで』
私はリノに指示を飛ばす。
リノと団長が打ち合い、そのタイミングがやってくる。
団長が剣を振り下ろす。
リノは今までは剣で受けていたけど、私の指示通り一歩下がって避ける。
そして、避けた後すぐにリノが2歩前に出る。
団長が下がらなければ近づきすぎで、剣を振れる間合いではない。
団長は魔法も使えるのでその距離でも攻撃手段はあるが、リノには剣を捨てて殴るくらいしか出来ない距離だ。
悪手でしかない。
しかし、団長は私の推測通り剣を構えながら一歩下がった。
結果、リノが攻撃するのに完璧な間合いになった。
リノは団長が下がるのを見てから動いていないので、団長はまさかの動きに驚き一瞬動きが止まる。
いけるか?
そう思った次の瞬間、私の目に映ったのは首元に剣先を突きつけられたリノの姿だった。
「参りました」
リノが負けを認める。
「なかなかいい動きだったよ」
団長がリノの肩に手を置きながら言った。
模擬戦後に褒められていたのは、今のところミハイルと言う男性だけだった。
結果に期待出来るのではないだろうか。
「ごめんね、負けちゃったよ」
リノが私に言う。
「完璧だったよ。受かる可能性は十分あると思うよ」
私としては最善の結果だったと思う。
今出来る最高の結果だと思うので、これで受からないなら単純に実力が足りなかったということだ。
やれることはやった。
「そうなの?負けちゃったよ?」
「あの人に勝てるとは思えなかったから負けたのは仕方ないよ。もちろん勝とうとはしたけどね。団長に勝たないといけないなら、多分ここにいる人全員が受からないよ」
勝たないといけないテストなら、将来有望な若者という募集要項だったことに怒りを覚える。
こんな化け物みたいな相手に勝てる若者がどこにいるというのか……
「……そうだね」
「これが実戦だったら、私はリノに速攻で逃げるように指示を飛ばしたよ」
「うん。これが実戦だったら私の首はくっ付いてないから、その判断で間違ってなかったと思うよ」
「何にしても、後は受かってる事を祈るしかないね」
私達は入団が叶う事を祈りながら、他の人の模擬戦を引き続き観戦する。
そして、日が落ちる前に集まった全ての人の模擬戦が終了した。
「入団テストの合格者を発表する。ミハイルとゴンズ。おめでとう。2人を騎士見習いとして入団を許可する」
私達は呼ばれなかった。
受かるかもと思ったけど、そんなに甘くはなかったようだ。
この場には100人近くの人が入団テストを受けに来ていた。
その中で入団出来たのはたったの2人だけ。
入団した2人にリノは引けをとっていなかったと思う。
でも駄目だった。
「駄目だったね」
リノが残念そうに言った。
「次があるかもしれないし、明日からまた冒険者として頑張りましょう」
駄目だったものは仕方ない。何か失敗したとは思ってないので、やり直したところで結果は変わらないだろう。
気を取り直して、頑張るしかない。
「それから、リノとインチョーは話がある。この場に残るように。他の者は残念だったが、あと少しの者も少なからずいた。またチャレンジして欲しい」
団長が続けて話をした。
駄目だと思ったけど、残るように言われた。
もしかしたら、話の内容によっては入団出来るのかもしれない。
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