第63話 店主
中貝さんを見送った後、僕はヨツバに意見を聞いてみる。
「中貝さんはああ言ってたけど、酒場の店主は本当にいい人なのかな?聞いている分にはいい人なんだけど、部屋を貸したのが善意なんだとしたらいい人過ぎると思うんだよね」
「なんで?優しい人だったってだけじゃないの?」
「自分の立場だとして考えてみて。知らない人が物を売りにきた時に、部屋が空いてるからってその人に部屋を貸す?日本とこっちで感覚が違うのかもしれないけど、僕なら頼まれても貸さないよ。知り合いなら別だけどね。しかも今回は店主の方からどこに泊まってるのか聞いてるんだよ。それで宿に泊まってるならうちにおいでと。僕は怪しいと思うな」
「…そうかもしれない。だったらいろはちゃんが心配だよ」
「そうなると、簡単には今の関係を終わりにさせてくれないかもしれない。まあ、僕は店主の人が悪い人であった方が都合がいいと思うけどね」
「いろはちゃんが危ない目に会えばいいって言ってるの?」
「違うよ。さっき僕があの店の経営が傾くかもしれないって話をした時に、中貝さんは悪い気がするって言ったでしょ?悪い人なんだったら、後腐れなく立ち去れるなって思ってるだけだよ。あの酒場の為にここに残りはしないけど、自分が出て行ったことで不利益が起きるなら、ずっと悪いことしたなって気持ちが心に残るでしょ?」
「…そうだね。後々のことを考えるとその方がいいかもしれない。でも危ない目には会うかもしれないんだよね?」
「そうだね。でも殺されることはないと思う。絶対ではないけど、中貝さんのスキルを手放したくないのだから殺しはしないはずだよ。普通に考えられるところで最悪な場合は監禁されるってことかな。多分、中貝さんが酒場に戻ったら店主に話をするだろうから、明日結果を聞いて考えるってところかな。明日来ないようなら助けに行ってくるよ」
「…うん」
「心配させるようなことを言っちゃったけど、監禁したり暴行したりしたらこの世界でも捕まるんだから、そんな事になる可能性は低いとは思うよ。可能性の話として言っただけだよ」
「そうだよね」
「とりあえず明日になればわかることだから、今日は帰ろうか」
そして翌日、予定の時間を過ぎても中貝さんは現れなかった。
「最悪の予想が当たっちゃったかな?」
中貝さんの意思で来ないとは思えないので、何かしらの理由で来られなくされていると考えるのが普通だろう。
可能性があるとは思っていたけど、実際にこうなるとは思っていなかった。
ただ、やっぱりあの酒場の店主はいい人ではなかったようだ。
「助けに行くんだよね?」
ヨツバが心配そうに聞いてくる
「もちろんだよ」
答えたはいいけど、どうやって助けるのがいいのだろうか……
「それなら早く行こう」
「落ち着いて。心配なのはわかるけど、乗り込むつもり?」
僕は焦るヨツバに落ち着くように言う
「ごめん…」
「とりあえず、冷静になってどうするか考えよう。絶対に助けるから」
「うん、ありがとう」
僕達は救出方法を相談して、目立ちはするけど無難な方法を選んだ。
「本当にいいの?クオンはずっとリスクを考えて目立たないようにしてたよね?」
「仕方ないよ。それに、最後まで迷ってたもう一つの案だと、僕達の方が犯罪者として追われる可能性が出てくる。それは流石にリスクが高すぎるよ」
「ありがとう」
「気にしなくていいよ。流石にこのまま見捨てることは出来ないし、目立つリスクも出来るだけ負いたくないってだけだからね。それじゃあ行こうか」
「うん」
僕達は詰所へと向かう。
相談した結果、衛兵さんに助けを求めることにしたからだ。
僕達は衛兵に頼るか、自分達だけで酒場に乗り込むか、どちらにしようか迷っていた。
衛兵に頼る時点で必ず大事になるけど、事件の1つとして扱われるだけでそこまで目立つことにはならないはずだ。
しかし乗り込んだ場合、こちらとしては中貝さんを助ける為であっても、向こうが衛兵に暴行されたとか、従業員を誘拐されたとか言った場合に罪人として追われる可能性が出てくる。
向こうにも負い目があるので、そんなことにはならないと思いたいけど、そうなった場合のリスクは大きすぎる。
僕達は最低限目立つリスクを負うか、リスクを負わない可能性があるけど、負った時にはリスクが大きいという賭けに出るかを迷っていた。
その結果、ある程度目立つのは仕方ないからリスクは最低限にしようということになった。
「すみません、相談したいことがあるのですが……」
僕は詰所に在中していた衛兵さんに話しかける。
「何かトラブルか?」
「はい。僕の勘違いかもしれないのですが、昨晩彼女の友人とこの街で偶然再会したんです。それでその友人と後日この街を離れることになりまして、昨夜に友人が働いている酒場の店主にそのことを伝えることになりました。仕事を辞めるという話です。その友人と今日の昼にまた会う約束をしていたのですが、いつまで待っても来ないので、酒場の店主と揉めて外に出られなくされているのではと心配なんです」
「考えすぎではないか?その酒場には行ってみたのか?」
「いえ、まだ行っていません。揉め事になった場合に衛兵さんが一緒の方が心強いと思ったので、先にここに来ました。それでその友人なんですが、そこの酒場の仕入れを担当していまして、独自のルートで変わった食材を仕入れしていると言ってました。友人がいなくなるとそこの酒場で出している料理のほとんどは出せなくなってしまいます。なので、店主が友人を監禁してでも僕達と一緒に街から出るのを止めさせたいと思う可能性はあると僕は思うんです」
僕は話せる限りで正直に話す。
後々、嘘をついたりしたことがバレる方がマズいことになると思ったからだ。
「考えにくいがなくはないか…。わかった、様子を見てきてやる」
「ありがとうございます。友人が心配なので同行してもいいですか?」
「邪魔はするなよ。それから俺の指示に必ず従うこと。勝手に動かないなら許可する」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
僕達は衛兵さんと中貝さんがいると思われる酒場へと向かう。
まだ昼過ぎなので、酒場は開いてはいなかった。
「誰かいませんか?お聞きしたいことがあります」
衛兵さんが中に呼びかける
しばらくして中から店主と思われる男性が出てきた。
見た感じは普通の男性だ。
「衛兵の方がどういったご用件でしょうか?」
男性が衛兵に尋ねる
「あなたはこちらの店主ですか?」
「ああ」
やっぱりこの男性が店主のようだ。
「こちらの方達から、友人が待ち合わせ場所に来ないという相談を受けました。その友人が昨夜、あなたに仕事を辞める話をしに行ったので、タイミング的に揉めているのではないかと心配されているのです。あなたが原因でないということを証明する為にも、中を確認させていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ、確認してください」
中貝さんがいなくなったのは、他に原因があるのではと思ってしまうくらいにすんなりと通された。
僕達は衛兵さんと一緒に1つずつ部屋を確認していく。
「これで部屋は全てです」
中貝さんはどこにもいなかった。
どこに行ったんだ?
「衛兵さん、店主さんに聞きたいことがあるんですが聞いてもいいですか?」
勝手なことはするなと言われているので、先に確認をする。
「ああ、構わない」
「友人はこの酒場の仕入れを担当していたみたいなんですけど、独自のルートで仕入れしていると言ってました。友人がいなくなってしまった後、仕入れはどうするんですか?」
「いなくなったというのはいろはちゃんのことなのか。いい子だったから早く見つかればいいけど……。仕入れの件だったね、いろはちゃんから仕入れ先については教えてもらってたんだよ。だから代わりに私が仕入れすることは出来るよ。ただ、安く融通してもらってたみたいだから、その辺りは期待できないから困ったね」
やっぱりこの店主が犯人のようだ。
中貝さんのスキルによって仕入しているのに、この店主が代わりに仕入れ出来るはずがない。
しかし、この建物にいるはずなのに見つからない。
衛兵をすんなりと中に入れるくらいだから、簡単に見つかるところにはいないのだろう。
仕方ない、スキルポイントを使うか。
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