第52話 支配

翌日、僕はヨツバが泊まっている部屋へと向かう。


コンコン


「クオンだけど、入っていいかな?」

ノックして中に入れてもらう


「朝食は食べた?」

僕はヨツバに聞く


「まだ食べてないよ」


「僕もまだ食べてないから、先に食べようか。これ昨日屋台で見つけてね、美味しかったんだよ」

僕はストレージから昨日買った果物を取り出す。


「りんご?」


「味は桃に近いかな。食感はりんごだよ」

見た目は小ぶりなりんごだけど、味は桃に近い果物だ。

昨日はりんごだと思ってかじって驚いた。


皮ごと食べれるので、皿に4つに切ってヨツバに渡す


「ありがとう。あ、おいしい」


「おいしいよね。多めに買っちゃったよ」

甘味などの嗜好品は無駄に高いので、1つだけ買うつもりが5個も買ってしまった。

果物もそうだけど、砂糖が高いのか焼き菓子なども気軽に手を出せる金額ではない。


毎日食べれる程甘味は安くないので、僕はパンを食べる。


「気を使わせてごめんね」

ヨツバが謝る


「急にどうしたの?」


「いつもはこっちでご飯食べないでしょ?これだって美味しいけど、日本だったらもっと美味しい果物を普通に買えるんだから、クオンは買う必要なんてないよね?」


「美味しかったからお土産に買っただけだから気にしなくていいよ。それにどっちが美味しいとかじゃなくて、それはこっちの世界でしか食べられないからね」

確かに自分は美味しいものを日本で食べれるってことに負い目が無いことは無いけど、こっちの世界に来たばかりの時と違ってお金に余裕はあるので、あまり気にせずに買っただけである。

気を使ったというよりは、一緒に行動しているのだから人数分買ったという方が近いかもしれない。

でもわざわざそんなことは言わない。


朝食を一緒に食べてるのは、無意識に気を使っていたからかもしれないけど……。


「それで、クラスメイトのことは話す気になった?僕としては話さなくても依頼中に上の空にならないならそれでもいいんだけど」

僕が困っているのはヨツバが依頼に集中出来ていないことであって、隠し事をしていることでは無いので話す、話さないはどちらでも構わない。


元々、クラスメイトの事をヨツバに頼るつもりはないのだから話さないのは別に構わない。


「考えたんだけど、今のままの状態も薬師さんが可哀想だしなんとかしてあげたいの。クオンに話していいのか今でも分からないんだけど、放置も出来ないから話すことにするよ」

女子の方は薬師さんというようだ。


「わかった。話を聞くよ」


ヨツバから話を聞く。

ヨツバはあの日、僕と別れてから街中をウロウロした後、夕食を同じ店で食べたらしい。

その時に2人を見かけたようだ。


昨日の夕方に僕も見かけた事を考えると、あの2人は日頃からあの店を使っているのだと思われる。

初日に会わなかったのはたまたまのようだ。


そして、昨日僕が見たのと同じような光景を見てしまったと……。


「あんまり驚かないのね。私はすごくショックだったのに」


「僕も昨日2人を見かけたからね。あそこの店は当たりだと思ったから弁当を作ってもらってたんだ。その時にたまたま見かけたよ」


「……もしかしてもう?」

ヨツバが恐る恐るといった感じで聞いてくる


「殺して無いよ。声も掛けてない。昨日、見なかったことにするって言ったよね?驚いていないのは昨日もそんな感じだったからだよ。ヨツバが話すのかどうか確認しただけで、何に悩んでいるのかはわかってたよ」


「そっか。クオンはあの2人を見てどう思ったの?」


「薬師さんは可哀想だとは思うし、木原君だっけ?…木原君はクズだとは思うけど、いきなりこっちの世界に連れてこられた事を考えるとそこまで驚く事ではないかな」

向こうの世界に戻った時に、こっちの世界のことが反映される事を僕は知っているので、木原君はやらかしてるなとは思うけど、想定の範囲内ではあると思った。


それに、薬師さんも良い状態ではないけれど、ご飯を食べることが出来ている事を考えると、最悪の状況ではないようにも思える。

あの状態でも木原君に縋るのか、1人で生きる道を模索するのか、どっちが良い結果になるかはわからないけど。


僕個人としては薬師さんと同じ境遇になるくらいなら、空腹でも1人で耐える方を選ぶけど……。


「そっか……。私は薬師さんを助けてあげたいんだけど、クオンは手伝ってくれる?」

ヨツバに聞かれるけど、僕は返答に迷う。


「今の状況から助けることに協力するのは構わないけど、僕が薬師さんを殺すかどうかは別問題だよ?」

迷った結果、僕は正直に答えることにした。

今の状況からして、薬師さんがこの世界に残りたいと思っているとは思えないので、殺すことになるだろうとは思っている。


「やっぱり薬師さんも殺すかもしれないの?」


「そうだね。それから木原君もだよ」


「そうだよね。今回は隠そうとしないんだね?」


「2人がいなくなれば、結局バレるでしょ?だったら隠す必要はないよ」


「クオンがどうするのかはわからないけど、とりあえず薬師さんを現状から助けたいから手伝って」


「うん。わかったよ。何か案はある?」


「ないよ。思いついてない」


「それじゃあ、まずは情報収集から始めようか。今の状況を整理すると、木原君が薬師さんをどうやったかは知らないけど、支配下に置いてるわけだよね?」

ヨツバの説明でも、僕が見た光景でも、薬師さんは木原君の言いなりになっているという感じだった。


「うん。そうだと思う」


「なんで支配下に置かれているのかをまずは知る必要があるね。木原君と薬師さんのスキルはわかる?」


「わからないわよ」


「昨日、盗み聞きしていた感じだと薬師さんのスキルは生産系だと思うよ。少なくてもポーションが作れるんだと思う。木原君が薬師さんに「お前は俺がいないとポーション1つも作れない」みたいなことを言っていたからね」


「そうなんだ」


「昨日見た格好からだけど、多分木原君は冒険者になってると思うんだ。僕の推測だけど、薬師さんはポーションを作れるけど、何もないところから作ることが出来るわけではなくて、薬草とか材料は必要なんじゃないかと思う。それで薬草を集めたりは木原君がやってるんじゃないかな。薬師さんは木原君がいないと自分のスキルを使うことが出来なくて、食べるものを買うことも出来ないから逆らうことが出来ないんだと思う」


「……ひどい」

ヨツバの木原君に対する感情は良くないようだ。


「僕の推測が合っているかはわからないから、とりあえず2人のことをもう少し調べた方がいいと思うんだよね。出来れば木原君のスキルを知りたいかな。後は木原君が薬師さんの弱みを握っているならそれを排除したい」


「何からやればいいかな?」


「2人を見つけて後をつけるのがいいとは思うけど、今日やることは決まってるよ」


「なにするの?」


「昨日中断した依頼を達成させに森に行くよ。ベアウルフ討伐をしないと期限切れで依頼失敗になっちゃう。方針は決まったから、依頼に集中することは出来るでしょ?まずは自分達が自由に動けるようにしよう」


「失敗じゃだめなの?」


「危険を冒すくらいなら失敗の方がいいけど、冒険者は信用が大事なんだよ。失敗したって記録はギルド証にずっと残るから極力失敗にはしないほうがいい」


「わかった。今日は気持ちを切り替えて依頼に集中する」


「それじゃあ行こうか」


僕達はベアウルフの討伐に向かった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る