神様、もう一度だけ
あきかん
第1話
天にまします我らの父よ、ねがわくは御名をあがめさせ給え、御国を来らせ給え、御心の天になるごとく地にもなさせ給え、我らの日用の糧を今日も与え給え、我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく我らの罪をもゆるし給え、我らを試みにあわせず悪より救い出し給え、国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり、アーメン。
薄暗い部屋の中で食前の祈りを捧げる。と言っても私が空で唄えるのは主の祈りぐらいな物だ。だから、祈る時は決まって主の祈りとなる。
取り出したレーションを開けて一口含む。窓から双眼鏡で眺めている景色に、目的の人物はまだいない。事前に伝えられた情報だと、まだ小一時間ほど早いのだが、それでもいつ何時、同じような機会が訪れる保証はない。むしろ、今日こそ千載一遇のチャンスであるからこそ、焦って窓の外を眺めてしまうのだ。
真っ黒のシートに覆われたライフルは銃口が窓から15センチ離れた所に位置している。シートからわずかに出た銃口は、窓から差す陽射しで鈍く光る。何度か試し撃ちをしたそれは、信頼を置くには若干の躊躇いがある。
また、双眼鏡で外を伺う。目的の人物はまだ現れない。標的となる人物は、排外的な政策を推し進めている。とある地方の少数部族に対して、同化もしくはこの国の大多数にとって望ましい振る舞いを強要されている。その為、私達本来の生き様が失われ、神を崇める事すら鬱陶しく感じる若者が急増した。今や教会に足を運ぶのは私と同世代以上の者達だけだ。
金金金金…。確かに金が無ければ生きてはいけない。しかし、主の御心に沿わずして生きる事に意味があるのだろうか。はたして、それが人類にとって望ましい生き方なのだろうか。
隣人に感謝する。日々の食事に感謝する。人々の行いに感謝する。木々や空を走る雲に感謝する。この部屋に差す微かな光や舞い散る埃、家具や建物に感謝する。それは信仰無くして抱けるものだろうか。主の配慮や人類には到底及びもつかない深慮を、神を敬わずして感じ取れるとは到底思えない。
双眼鏡を少し動かしながら周辺を観察する。今まで見ていた風景と若干違い、ざわついた感じがした。いくばくか、目を凝らして眺めていたら、目的の人物が現れた。
私はライフルのシートを剥ぎ取りスコープの蓋を開けた。スコープの照準に目的の人物を合わせる。
彼を私は恨まない。それは信仰に反するからだ。彼を私は憐れまない。それは信仰に反するからだ。彼を私は見逃さない。それは、我々が主の教えを取り戻すのに必要な事だからだ。
引き金を引く前に主へと祈りを捧げる。どうか私に彼を殺す力をお与え下さい。
パスン、と銃声がこの部屋に響く。私は目的が達成出来た事を確認し、この建物から立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます