第6章 謎の富豪夫人 52

「アシュビーさん、オルコット夫人は継続的に、あなたのワイナリーを支援したいとも思っているんですよ」

「そんなことも考えていらっしゃるなんて……」


 信じがたい。いったいオルコット夫人とはどういう人なのだろう。

「あなたのワイナリーには、将来性があると思ったからです。オルコット夫人はそう言っていました」

「そこまで言ってくださるなんて、感激です」


 これは神のお導きなのだろうかとシェリーは思った。困難にあえいでいる彼女にとっては、命の水が与えられている気がした。



 あまりにいい話に、シェリーは信用できるのかと多少疑っていたが、オルコット夫人は言葉通りの行動を示した。

 ゴードンは、さっそく現金を持ってきて、アシュビー家のワイナリーにある在庫のワインをすべて買っていった。そして驚くべきことに、銀行が融資を申し入れてきた。


 オルコット夫人が融資の保証人になるということで、銀行が動いてくれたのだ。

 すべてがうまく回り始めていた。それもクレア・オルコット夫人という顔も知らない富豪夫人からの援助によってだ。シェリーはオルコット夫人に会い、ぜひ、お礼を言いたいと思った。


 日差しが暖かく、気持ちのいい日だった。

 ゴードンが訪ねてきた。シェリーは紅茶とみずから焼いたケーキをゴードンに出した。

「ゴードンさん、本当にありがとうございました。オルコット夫人にはお礼の言いようがないくらい、感謝しています」


 ゴードンは愉快そうな笑みを浮かべた。

「オルコット夫人も喜んでいますよ。あなたが元気になられて」

「私が…… ?」シェリーは不思議な顔をした。

「いやあ、アシュビーさんが若いのにいろいろと苦労されて、夫人も気の毒に思われたのだと思いますよ」


 ゴードンはケーキをおいしそうに食べた。

「そんなふうに思ってくださったのですね」

 シェリーはいっそうオルコット夫人に興味をもった。

「ゴードンさん、一度オルコット夫人にお会いして、お礼を申し上げたいと思います。いかがでしょうか」


 ゴードンは一呼吸してから言った。

「なるほど、実はオルコット夫人もあなたに会いたいと言っています」

「本当ですか。良かった」シェリーは嬉しそうに声を上げた。


「今度、アシュビー家のワインの買い付けを継続的に行うために、契約をしようと思っています。それにはオルコット夫人が来られることになるでしょう」

 本当に支援してくれるつもりなのだ。

「助かります。オルコット夫人はとても親切な方ですね」


 アシュビー家のワイナリーにそうまでしくれるということに、シェリーはなぜなのかのと思ったが、こんないい話は他にはない。

「オルコット夫人にお会いする日が、とっても楽しみです」シェリーは夢見るように、目を輝かせた。


 その契約の日、場所はアシュビー家のワイナリーになった。オルコット夫人が、ワイナリーの見学を希望したためだ。


 シェリーはレンガ造りのワイナリーの入り口で、オルコット夫人を待っていた。彼女はラベンダー色のドレスを着て、内心オルコット夫人に会うという緊張感から、ドキドキしていた。

(気難しい人だったらどうしよう。私のこと気にいってくれるか心配だ)


 やがて立派な黒い箱馬車が、冬枯れしたブドウの木が並ぶ、ブドウ園の中央の道を駆け抜けてくるのが見えた。馬車は、こげ茶色のワイナリーの老朽化した建物の前に止まった。








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