第4章 伯爵家の別邸 36

「いや…… 違う。これからの君を心配しているだけだ。エリザベス夫人が病気では、大変だと思う。私なら君の力になってあげられる。シェリーの望むものを与えてあげられる」


 レオナルドはシェリーの手を強く握った。

「シェリー、ここで二人で暮らそう。君が必要なんだよ。わかってほしい。君ならりっぱにやれると思う」


 りっぱにやれるって? 愛人としてりっぱってどう意味なのだろう。

 シェリーの顔がひきしまった。


「そんな気持ちになれない。私は私で生きていく。あなたのお世話にならなくても大丈夫」


 伯爵は怒りで顔を赤くした。もう、がまんできない。

「まだ、わからないのか。君に断る権利はない」

「なんてこと言うの」

 これこそがレオナルドの実像か。彼は冷徹な君主なのだとシェリーは思った。


「いいかシェリー。今日は帰らず、ここでよく考えるように。時間を与えてあげよう」

「なんですって」

「家には連絡しておく」


 カトラル伯爵は乱暴に立ち上がると、部屋を出ていこうとした。

「寝室の鍵はかかるでしょうね」とシェリーが言った。


「心配は無用だ。君の嫌がることはしない。また、ガーターベルトに拳銃が隠してあったら困るからね」伯爵は皮肉っぽい笑いを浮かべた。


 伯爵の扉を強く閉める音が響いた。彼の肩は怒りに満ちていた。


 レオナルドの後ろ姿が、シェリーの目に焼きついた。

 彼女は心細く、寂しかった。今まで燃えていた炎がゆれて、消えていこうとしているかのようだ。これが私の恋なのか。


 一人の侍女が、扉をノックして入ってきた。

「シェリー様」

 シェリーは侍女を見て驚いた。

 侍女は、あのベアード卿に囚われたとき、世話にやってきた娘だった。


「あなたは、あのときの人ね」とシェリーが言った。


「はい、実は私は、レオナルド様の乳母の娘で、ドリスと申します。ベアード卿に伯爵邸が占拠されたときも、そこに残り、逐一、レオナルド様に情報を伝えることをしていたのです」


 それで侍女は、シェリーを勇気づけてくれたのか。ドリスはベアード卿の祝賀会に起こることを知っていたのだ。シェリーはすべてを理解できた。


「あのときは本当にありがとう」

 シェリーは、ドリスに再会できて良かったと思った。

「あれは私の役目でしたから」ドリスは嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「本日は、レオナルド様からシェリー様のお世話役を言い使ってまいりました。これからシェリー様を、二階のお泊りになるお部屋にご案内します」


 ドリスはそう言うと、部屋の扉を開けた。

「どうぞ」

 シェリーはうなずくと、侍女のあとに続いて、二階へと、広い階段を上がっていった。


 シェリーが案内された部屋は二部屋が続いていて、一部屋は居間で、その部屋から寝室に入れるようになっている。

 寝室には天蓋のついた大きなベッドが置かれていた。天蓋からは、白い薄いレースのカーテンが下がっている。


 居間には大理石のマントルピースがあり、大きな風景画が壁に飾られてあった。

 この別邸は小さくとも贅の限りがつくされている。









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