第4章 伯爵家の別邸 34

 居間では、暖炉が暖かく燃えていた。バルコニーに面した窓からは、その先の湖水がよく見えていた。濃い緑の森を映して、湖水は幻想的なエメラルド色をしている。


 シェリーは、大理石のマントルピースの上に飾られた人物像に気がついた。この絵は女性だ。栗色の長い巻き毛に、青い目をした貴婦人。

「きれいな人。どういう人…… ?」


 カトラル伯爵は、前髪をたらした額をやや下に向け、上目づかいでシェリーを見た。

「ジュリアンの愛人のイサドラだ。私の曾祖母だ」


 シェリーは愛人という言葉に動揺したが、それを感づかれまいとさりげなく言った。

「ああ、そう」

 

 シェリーは話題を変えた。

「どうして、あなたが死んだという噂がながれたの?」

「それは、私がわざとながしたからだ」


「あなた自身が?」

「ああ、そうだ。我が軍は海から包囲網を突破して、内陸部に入りこんだ。だが、クリフがエドガーと結託したことをすでに知っていた。それでクリフが共謀者とともに背後から突いてくるのを避ける必要があったため、そういう噂をながした。クリフをロルティサにとどめるためにね」


 なるほど、レオナルドは戦略家だとシェリーは感心した。


「城攻めに成功し、サイラス国王を解放してから、すぐにロルティサに戻っていったというわけだ」

「あなたって、軍略に優れている」

「きっと、ジュリアンに似ているからだろう」

 伯爵はにやりと笑った。


 レオナルドはシェリーの手をとった。

「君には、恐い思いをさせてすまなかった」


 シェリーは、レオナルドの額にかかる髪をかきあげた。ずっと気になっていたからだ。

 傷がくっきり残っている。

「レオナルド、ひどい傷」


「これだけじゃない。戦争に行ったんだ。体中に傷がある」

「なんてことかしら……」シェリーは心が痛んだ。


「シェリー、私のために祈ってくれただろうか」

 シェリーの顔がバラ色になり、瞳が湖のように輝いた。

「毎日、祈っていた。とても心配だった。だから神はあなたを私の元に帰してくれた」


 レオナルドはシェリーを抱きよせた。

「シェリー、かわいい人」


 シェリーはレオナルドの胸に顔をうずめた。彼の胸は広い海のにおいがする。もっと強く抱きしめてほしい……


「シェリー、実は大事な話がある」レオナルドの声の調子が変わった。


「なんなの…… ?」どうしたのだろう。

「座って話す」


 レオナルドは布張りの長椅子に座った。シェリーもその横に座った。

 彼の表情が緊張でかたくなった。空気が張りつめた。

 なんだか変だ。


「私は婚約した」

 えっ。シェリーは一瞬呼吸が止まった。

「それって……」彼女の声が震えた。


「相手は、コルトハード大公の娘のカトリーナ嬢だ」

「なぜ、急に?」

「今回の功績が国王陛下に認められ、陛下の姪にあたるカトリーナ嬢との婚姻をすすめられた」


 シェリーは青ざめ、力なくうつむいた。なんてことだろう。


「たいへん名誉なことだ」

 レオナルドの声が冷たく響きわたる。彼は冷静だ。これがレオナルド・カトラルなのだ。

 暖炉の火のはぜる音が聞こえてくる。


「彼女を愛しているの?」シェリーがぽつりと言った。


「妻になる人だ。敬意をもって、愛するように努力する」

 レオナルドは眉間にしわをよせた。





 









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