第1章 仮面舞踏会 6

 仮面舞踏会は終わった。一夜の夢は、はかなく消える。

 玄関先では、帰りの馬車でごった返しになっていた。皆誰もが疲れはてていたが、カトラル伯爵の言葉に、これからのロルティサを想い、ある意味安堵していた。


 カトラル伯爵は、想像していたよりもしっかりした人物だ。しかも美しい男だ。


 シェリーはポーチに立ち、自分の馬車を探した。

 多くの馬車が並ぶ中で、シェリーを乗せてきた馬車は見当たらない。

(また一番最後か。しかたない。自分の馬車じゃないもの)とシェリーは思った。


 そのとき、一人の御者が近づいて来た。

「アシュビー様」

 シェリーが振り返ると、彼女を乗せてきた御者がいた。

「申し訳ございませんが、皆様が帰ったあとに馬車を出させて頂きます」と御者が言った。


「わかったわ。混雑したところで無理に出ても、ぶつかったりしたら嫌ですものね」

「それでは、馬車の中でお待ちください」

 御者は屋敷正面の片隅にとめてある、シェリーが乗ってきた馬車に案内をした。


 シェリーは馬車に乗り込み、他の馬車が出て行くのを眺めていた。そして、ようやくシェリーの馬車が最後となった。

 空には満天の星が、ダイヤモンドを散りばめたように光っている。


「これで帰れるわね」待ちくたびれたシェリーは御者に言った。

「もう少し、お待ちください」馬車の横に立っている御者が言った。

「えっ、まだなの?」

「はい」

 何故なのだろうとシェリーは思った。


 すると玄関の扉が開き、誰かが歩いて来るのがわかった。

 シェリーは息をのんだ。


 カトラル伯爵だ。シェリーはさっきの出来事を思い出し、冷や汗が出てきていた。

 あの黒い仮面の男が伯爵だったとは、まさか私だと気づいたのか。そんな、今も仮面をつけている。誰なのかわかるはずがない。だが、もし、ばれていたとしたら…… 

 よりにもよって、伯爵の逢引きを邪魔してしまった。なにか仕置きを受けるのではないだろうか。


 シェリーは恐怖で足がすくんだ。

 カトラル伯爵は、シェリーの馬車の扉の前に立った。すると、御者はその場から離れた。

「君はシェリー・アシュビーだな」カトラル伯爵の声は、密やかな響きだった。

 やはりばれていた。シェリーは、みぞおちのあたりが冷たくなるのを感じていた。


「はい……」シェリーは心もとなく、小さく返事をした。

「先ほどは失礼しました。伯爵とは知りませんでした。助けて頂いたのに……」

 シェリーは混乱した頭で、思いつく限りの言い訳をした。


 伯爵は愉快そうな笑いを浮かべた。

「君はおもしろい人だ」

 おもしろい人?

「率直だ。とても。その君の顔を見てみたい。仮面を取ってほしい」

 シェリーは突然のことに躊躇ちゅうちょした。

「いやか? 私の命なのに」

「いいえ……」

 シェリーは震える手で仮面をはずした。


 伯爵はそのシェリー顔をまじまじと見た。伯爵の目が興味深げに輝いた。

「なるほど、君がシェリーか」

 シェリーは伯爵に見つめられて、恥ずかしさのあまり顔を赤らめた。伯爵はその様子を見て、彼女の手を取った。


 シェリーの手は緊張のあまり、震えていた。カトラル伯爵はふくんだ笑みを見せると、彼女の手にキスをした。

 シェリーは胸のあたりに戦慄を感じた。熱い唇だ。

「遅くまで待たせてすまなかった。おやすみシェリー・アシュビー」

 カトラル伯爵はその場から、優雅な足取りで立ち去って行った。

 





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