両家顔合わせ

Jack Torrance

第1話 断線した父さん

あたしは1年2ヶ月交際しているエイドリアンと婚約の誓いを交わし今日はあたしの家にエイドリアンがご両親を連れて顔合わせという運びになった。


うちの家は築33年になるおんぼろ家屋だった。


父さんは豆の缶詰工場の工場長をしていて敬虔なカトリック教徒だった。


馬鹿が付くくらいの堅物で頑固で曲がった事が大嫌いな父さんだった。


母さんは愚痴の一つも零さずに父さんを支えていた。


あたしも母さんも粧し込みエイドリアン達ご家族の訪問を待っていたが父さんだけはいつも着ている作業着だった。


襟や袖は擦り切れていて肘当てで繕っている色褪せたボロボロの作業着だった。


「父さん、ちょっと止めてよ。ちゃんと正装してちょうだい」


父さんが怒って言った。


「父さんにとってはこも作業着は一張羅同然だ。この服を着て40年工場に立ち続けた。そして、この家を手に入れた。お前らを養ってきたんだ。この作業着と共に。もっと、この服に敬意を払うべきなんじゃないのか、お前らは…」


母さんはこの言動を聞き、はいはい解りましたよと言わんばかりに呆れた顔で白旗を上げていた。


16時。


エイドリアン達ご家族がやって来た。


茹だるような日中の暑さだったが1時間前に集中的に豪雨が降り幾分か涼し気になっていた。


雨降って地固まる。


あたしは、これも良い兆候だとこの一興を大いに歓迎した。


颯爽とエイドリアンが運転するシボレー エクイノックスが我が家の玄関前に停まった。


後部座席から降りるエイドリアンのお父様とお母様の姿が見えた。


エイドリアンもご両親も一様に正装でシックなコーディネイトで身を固めていらっしゃる。


エレガントと呼ぶに相応しい出で立ちと振る舞いだった。


玄関の呼び鈴が鳴った。


あたしと母さんがエイドリアンとご両親をお迎えした。


父さんは書斎に篭っていた。


「ようこそお出でくださいましたわ。汚い我が家ですがお上りくださいませ。さあ、どうぞどうぞ」


母さんが粗相の無いように応対した。


「初めまして。私はエイドリアンの父のゴドリー ブライアントと申します。こっちは家内のアンドレアです」


エイドリアンのお父様が律儀に挨拶してくださった。


「どうも、この度はご縁がありまして。私はリディアの母のアリッサ シンクレアと申します。本来ならば主人がお迎えしてご挨拶をさせていただかないといけないんでしょうが、うちの主人が変わり者でして…」


母さんがばつが悪そうに弁解に務めた。


エイドリアンとご両親をリヴィングにお通しして母さんがお茶の支度をしている間に、あたしは父さんを書斎に呼びに行った。


書斎のドアの前から父さんに言った。


「父さん、お見えになられたからリヴィングに来てちょうだい」


「解った」


たった一言だけ父さんはぶっきらぼうに言った。


あたしは足音を立てないように小走りでリヴィングに戻った。


そして、暫しの間、あたしと母さんはエイドリアンご家族と談笑していた。


「先程の雨の降り方は尋常ではございませんでしたわね」


「ええ、これも昨今の地球温暖化が齎している産物と言えるのでしょうが水害に遭われた方には本当に気の毒な雨です」


そんな会話をしていたら父さんが例の作業着姿でのっそりとリヴィングに入って来た。


皆の視線が父さんに集まると父さんはこくりと頷いた。


そして、あたしの横に背筋をぴしっと伸ばして浅くソファーに掛けた。


エイドリアンご家族を一望して軽く咳払いして父さんが喋りだした。


「どうも、この家の主人のハロルド シンクレアです。この度はうちのふしだらな娘が世話になります」


あたしと母さんは目を丸くして唖然とした。


母さんが狼狽して言い間違いを窘めた。


「と、父さんったら。もう、おっちょこちょいなんだから。ふしだらじゃなくて不束かでしょ」


父さんは母さんの窘めにも意を介さず続けた。


「いや、私は言い間違ってはおらん。ふしだらと言うよりも淫らな娘と言った方が的確かも知れん。お前はハイスクール時代に2回。カレッジ時代に2回。男を取っ替え引っ替えして4回も身籠りよった。その4回の中絶費は誰が払った?私だ。お前が、この青年と付き合っている最中に私はお前がそれぞれ違う3人の男とモーテルから出て来るところを目撃した。そんな淫乱なお前だから私は疑心暗鬼に陥った。また此奴は孕むんじゃないのかと。お前は知らんだろうが、お前の部屋に隠しカメラを設置してある。お前が週に5回、大人の玩具を使いながらテレフォンセックスに興じているのも私は知っている。私は敬虔なクリスチャンだ。私の娘が神を冒涜し私への背信行為とも言える肉欲に身を委ね逢瀬を重ねながら、この青年と婚約するというのは忍びない。娘は本当に自分の娘なのかと私は虚実の思いに苛まされた。私は自分の毛髪とお前の毛髪を大学病院のDNA鑑定してくれるところに持ち込んだ。これが、その結果だ」


そう言い放って父さんは一通の便箋を胸ポケットから取り出してテーブルの上に叩き付けた。


あたしは顔から火が出るくらいに赤面した。


何故なら父さんの言っている事は全て事実だったから。


あたしは恐る恐る父さんが叩き付けた便箋に目を通した。


書面にはこう記されてあった。


〈この2種類の毛髪をDNA鑑定した結果99%の確率で親子、もしくは兄弟姉妹の血縁関係は認められないと断定する所存であります〉


父さんが蟀谷と首筋に血管を青く浮きだたせて言った。


「お前は私の娘では無い。この淫売の売女めが。お前の横に座っている淫売の売女が何処かのセールスマンか行き擦りの男とファックして生まれたのがお前だ。何奴も此奴もファック、ファック、ファック、クソったれどもの寄せ集めだ。お前の売女の血筋はお前の母さんから受け継いだものだ。何故、敬虔なクリスチャンの私がこんな汚い言葉を使ってお前らを罵っているのか解るか。『シャイニング』でジャックの妻ウエンディが息子のダニーにクソったれなんて汚い言葉を使ってはなりませんと言っていたが敢えて声を大にして言おう。よく聞け、この、ク ソ っ た れ!!!私は40年間、身を粉にしてお前らに仕えてきた下僕の気分を味合わさせられているからだ。私は本気で怒っているんだ」


母さんが赤面した。


そして、声を震わせて言った。


「と、父さん、ごめんなさい。私が馬鹿だったの」


この一部始終をエイドリアンとご両親は口をあんぐりと開け唖然として見守っていた。


すると、父さん、いや、もはや、この状況下では顔馴染のおじさんと化してしまった父さんだった人。


あたしが過去に父さんと慕っていた人が作業着のズボンの腰に差し込んでいた骨董品のコルトM1855を抜き取り撃鉄を起こして私の口内にペニスでも突っ込むかのように銃口を捩じ込んできた。


そして、マフィアのボスに借金の取り立てを命じられたヒットマンのように凄味を利かせて罵声を浴びせた。


「どんな気分だ、ネェーちゃんよ。おい、淫売の売女め。お前だ、お前の事をいってるんだよ」


父さんだった人は左手で髪の毛を掴み銃口を喉の奥までグイグイと捩じ込んできた。


「ゲホッゲホッ」


錆と油の味が口内に拡がり胆汁が込み上げ苦みが喉元に走った。


父さんだった人は咽ぶあたしを凝視しながら非情な笑みを浮かべている。


下唇をペロリと嘗めて目を見開きなおも罵声を浴びせ続ける。


「おい、おい、ネェーちゃん、気分はどうだ?お前はこうやって男の逸物を何本も咥えてきたんだろうがよ。男の気持ち良さ気な顔を拝みながら奉仕してきたんだろうが。えー、このマグダラのマリアさんよ。お前の母さんもそうだ。真面目に汗水垂らして生きて来た俺の事なんか考えずにな。何奴も此奴もファック、ファック、ファック、クソったれどもばかりだ。人生はクソで虚しい」


そう言って、あたしの過去の父さんだった人は銃口をあたしの口内から抜き自分の蟀谷に押し当ててトリガーを引いた。


パン!


乾いた銃声と共にあたしの父さんだった人の脳味噌があたしや母さんの顔に飛び散った。


恐怖の眼差しでその一部始終を目にしたエイドリアンとご両親。


エイドリアンのお父様が動揺しながら言った。


「こ、今回のお話は無かったという事で…さあ、これ以上お邪魔してはご迷惑になるだろうから私達は、そろそろお暇(いとま)させていただくとしようか」


エイドリアンとご両親がそぞろ歩きで玄関に向かい外に出ると大使館をゲリラに襲撃されて命からがら脱出する大使一家のように車に乗り込みアクセルを踏み込み車を急発進させて小さな影となっていった。


あたしは父さんだった人の血と肉片を顔面に浴び母さんの顔を見て尋ねた。


「あたしには別の本当の父さんがいるの?」


母さんの鼻の下に脳味噌の肉片が鼻糞のようにこびり付いていた。


母さんは神妙な面持ちでこくりと頷いただけだった。


あたしは911に電話した。


「父さんが拳銃自殺したので直ぐに来てください」


あたしはクレーバーで電話の口調も冷淡だったと思う。


エイドリアンやご両親の前で辱められてそんな態度を取ってしまったのかも知れない。


警察が来て事情聴取が行われ父さんと思っていた人の精神科の受診歴なども明らかになり自殺と断定された。


あたしは、あの時感じていた。


銃口を口内に捩じ込まれあたしのあそこは確かに疼いていた。


そう、あたしは、あの人が言っていたように生粋の淫売の売女なんだわ。


婚約も破談になった。


今思えばエイドリアンを愛していたかと聞かれればあたしはNoと答えるだろう。


あたしは、あの人が言っていたようにペニスと快楽だけを欲していた。


私は「これ、やると感度も良くなるわよ」と聞いてコカインにも手を出していた。


そして、ヤクのお金が払えなくなるとポン引きのプレドに言われてヤクと引き換えの代償に街角に立って客を引くようになった。


そう、ここが、あたしのお似合いの場所。


母さんもあの人がいなくなってから男を取っ替え引っ替えして夜のアバンチュールを満喫している。


あたしは客のあれを口に含む時、コルトM1855の銃口を口内に捩じ込まれた時の興奮と狂気が身体じゅうに駆け巡る。


そう、非情な笑みを湛えながらあたしを辱めた父さんを感じながら。


あの日はスリリングで背筋がゾクゾクした1日だった。


あのオーガズムを超えるオーガズムにはあたしはもう遭遇しないだろう…

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