第6話 初めての注文

「こんにちは」


「ようこそ」


 いつものようにヨーナスの事務所につくと、入口には従業員がいて応接室に案内される。

 しばらくしてヨーナスがやってきた。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


「先物の注文を受けてもらおうと思ってね」


「承知いたしました。どの商品にいたしますか」


「塩の期近(きじか)を買いで5枚。建玉の総数と現物の取引量はわかるかな?」


 期近とは一番清算日が近い限月のことだ。

 証拠金が預けてある分だけでは不足するので、追加で4百万マルクをヨーナスに手渡した。

 ヨーナスは金を受け取ると、僕を別室に案内してくれる。

 そこは金融商品取引所と繋がっている端末が置いてある部屋だった。


「建玉の総数は503枚ですね。現物の取引量はうちの商会ではいつもよりも少ないですね。よその商会も同じでしょう」


「建玉は多いの?少ないの?」


「いつもこれくらいですね」


 そうか、そうなると仕掛けるのは期先だな。

 現物の取引量が少ないという事は、誰かがひそかに買い占めているからだろう。

 一気に買い占めたらばれるだろうから、徐々に徐々に集めているのだと思う。

 ただ、塩を保存するのは大変なので、それなりに資金力がある本尊じゃないだろうか。


 因みに、ローエンシュタイン辺境伯領では戦略物資としての塩の保管は魔法を使っている。

 常に湿度を除去して乾燥させた倉庫にしまってあるのだ。

 塩には賞味期限はないのだが、湿気で固まってしまう事がある。

 これを火であぶれば元通りになるのだが、販売する塩の量をそうするとなると大変だ。

 火力が強いと焦げてしまうし。

 それさえなければ安い夏に仕入れて、冬に売れば差額で利益が出るのだが、それが出来ないのは保管が大変だからである。


「清算日は1週間後ですよ。清算方法はどうしますか?」


 ヨーナスがそう訊ねてくる。


「差金決済でお願い」


 先物取引の清算方法は2種類あって、現引き現渡しか差金決済となる。

 自分で塩を作ることが出来るし、商売で使う訳でもないので建値と清算価格の差金決済とした。


「日歩(ひぶ)は決済時にいただきますからね」


 とヨーナスに説明される。

 日歩とは金利のことだ。

 買い方は金利を払い、売り方は金利を受け取る。

 株取引で逆日歩というのがあるが、あれは本来金利を受け取る側の売り方が、品薄の株を金を払って借りるので、その分の金を払うことになるから、支払いと受け取りが逆になるので逆日歩という。

 なお、日歩は休日にも発生するのだが、フィエルテ王国の休日は土曜日日曜日のような週休が無く、国王と教会が決めた数日のみとなっている。


 今回は買い方なので、僕が金利を払うことになる。

 ただ、1週間だけなので微々たるものではあるけど。


 こうして初めての注文を出した僕は、ヨーナスが操作する端末で注文が約定(やくじょう)するのを見せてもらった。

 マーケットメーカーがいないので、向かい玉を建ててくれる相手が出てくるまで注文が成立しないのだ。

 これは前世の金融商品でもあった。

 注文を成立させたい顧客の為に、証券会社が向かい玉を建てるなんて事もあるのだが、そういう場合は大体顧客が損をするように仕組まれている。


 注文はこの時期の平均的な価格よりも少し高い54,000マルクとなった。

 なお、呼び値は100マルク単位である。


 僕はそれを確認すると用事が済んだので、ヨーナスの事務所を後にした。

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