第5話 相場師の朝

 僕はゲルハルトに起こされて目を覚ました。

 ローエンシュタイン家の食事は家族一緒にという訳にはいかない。

 父は現在王都に行っており、この屋敷にはいない。

 長男は父の代わりにここに残り領地を取り仕切っているが、次男は王都の学園に在籍しており普段は王都にいる。

 母は父と一緒に王都に同行。

 長男と一緒に食事を摂ることも可能なのだが、向こうがこちらを相手にしていないので呼ばれる事もない。

 使用人達もそれは判っているので、敢えて僕を呼びに来るような事はしない。

 ゲルハルトは僕が起きたのを確認すると、メイドを呼びつけてこの部屋に朝食を持ってくるように指示を出した。


「ゲルハルト、昨日はありがとう。調べ物は終わったから、悪いんだけど書庫の資料を元の場所に片付けておいて」


「承知いたしました。もうよろしいのですか?」


「うん。昨日調べたことと今起ことの差を確認するために、今日は金融商品取引所に行ってくるね」


「かしこまりました」


 そこで朝食が運び込まれてきたので、ゲルハルトは退室していった。

 代わりに朝食を運んできたメイドが部屋に残り、僕の世話をしてくれる。

 といっても、食事は自分でとって食べるので、おかわりとか片付けの指示を待っているだけだ。

 たまに溢すこともあるので、そういう時は拭いてもらうのだけど。


 今ここにいるマルガレータは30代半ばの細身の女性だ。

 茶色い髪の毛をアップにしている。

 年齢のせいか髪の艶はなくなってきたが、整った顔立ちは今でも男性の目を惹きつけるのではないだろうか。

 体型は痩せ型で、ほっそりとしている。

 出るべきところが出て、引っ込むべきところが引っ込むという体型が好きな男性は多いだろうが、僕は寧ろこういう痩せ型の女性が好みだ。

 前世の自分なら間違いなくお付き合いしたいぞ。


 そんな彼女は男爵家の令嬢なのだが、一度ローエンシュタイン家の寄り子である子爵に後妻として嫁いでいた。

 子爵は高齢であったために、マルガレータと結婚して直ぐに亡くなってしまったのだが、跡を継いだ子爵の子供との折り合いが悪く、かといって実家にも帰りづらいのでローエンシュタイン家で雇ったのだ。

 子爵との間に子供が居なかったから話がすんなりとついたのだとゲルハルトから聞いたことがある。


「マルガレータ、食べ終わったから片付けておいて」


「はい」


 朝は軽くパンとスープで済ます。

 あまり食べすぎると頭の回転が鈍くなるので、そんなに多くは食べないのは前世からの癖だな。

 特にアメリカ市場で日本時間の夜中に重要な指標が発表される時には、ずっと起きている。

 それも、日本市場が開くまで起きていなければならない。

 満腹になると眠くなることもあるので、朝はコーヒーだけの時も多かった。


 尚、知り合いになった外資系証券会社のディーラーは、本社からの指示で24時間海外市場の株価指数を支えたりしていた事もあるのだとか。

 オプション取引や先物取引の精算に絡んだ激しい値動きがある場合は、常に相場を監視しなければならないからそうなる。

 今ではそれをコンピューターがやってくれるから、かなり楽になったのだが、その分人も不要になってしまった。


 話がそれたけれど、そういう背景があって相場師は睡眠時間が短い人が多い。

 トレードする時に、脳から興奮する物質が分泌されるからかもしれないけれどね。


 食事が終わったので屋敷から出て、金融商品取引所へと向かった。

 時刻は朝の9時。

 地球と同じ1日が24時間となっているので、その点は戸惑うことがなくて良かった。

 そして、この時間になると人々は働いており、通りにある屋台では商人たちが様々な物を売っていた。


 マクシミリアンの記憶を辿ってみると、それらの商品の価格はいつもと変わらなかった。

 つまり、全体的なインフレーションが起きている訳ではないようだ。


 市中の物価の確認ができたところで、金融商品取引所に到着した。

 中に入ろうとしたら入口で会員でないと入る事が出来ないと言われたので諦める。

 さて、これからヨーナスの事務所にでも行こうか。

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