ゆめうつつ

赫深ゆらん

ゆめうつつ

 自分の頭をカチ割ろうと思ったのは昨夜のことだった。


 学校の友人とDMでくだらない会話をしていると、ふと彼がこんなことを言い出したのだ。


「お前ってさ、よく頭切れるじゃん。テスト勉強しなくても平均以上は確実に取ってくるし、頭の回転力が半端ねぇんだろう。羨ましいよ」


 謙遜をする間柄でもなかったので、適当に「いいだろ、お前みたいなバカとはニューロンの構造から違ってるのさ」とか返信した気がする。


「言うね。まぁ確かにお前の脳みそはまるで『AI(人工知能)』みたいだし、俺をバカ扱いするのも仕方ねぇな」


 その、彼が発した『AIみたい』という言葉に、僕は何故かすこぶる気分を害した。


「おいおい、AIはないだろ。僕はAIじゃねぇよ」


「そりゃオメーはAIじゃねぇよ。お前の脳みそがAIだっつってんの」


「脳がAIならその個体もAI判定だろ。どんだけ体が生身でも、脳が電子回路でできてちゃあ、そりゃAIだよ」


「…まぁ一理あるな」


 そこまで言って自分で気がついた。


 僕が言った通り、AIと人間の違いが脳が細胞で出来ているか機械で出来ているか、というものならば今の僕はAIではないと言い切れるのだろうか。


 それに気づいた途端、背筋を這い上がってくる寒気。

 脊髄が突然機能しなくなったかのように僕の時間は止まった。


 いやいや、僕はAIじゃない。多少人より頭が回るだけで、多分脳の出来が良いだけだ。


 友人も、お前はAIじゃない、言ってくれたし…。


「なぁ、僕ってAIじゃないよな…?」


「決まってんだろ。何心配してんだよ」


 いつも通りの彼の声が、ぼくの不安を少し軽減した。


 彼とのやりとりが終わった後でも、僕は自分の脳について考えていた。


 明日も学校があるにも関わらず、全く眠れなかった。それぐらい必死に、自分がAIではないと証明しようとしていた。


 そしてやはり、人間の脳と人工知能の違いは感情ではないか、という部分に重きを置いて、僕は調べ始めた。


 しかし喜怒哀楽を主とする感情の類はドーパミンとかの物質でできているらしい。

 感情の代表とも言える『愛』も、オキシトシンという物質で感じることができる。


 結局唯物論だ。感情が唯物的なら人間の技術でも再現できてしまうのではないか。

 ならば、それは人間の脳とAIを隔てる概念たりえない。


 と思ったのも束の間、ドーパミンとかオキシトシンが分泌されたとして、それを感覚として感じることができるのは「人間の意識」だと分かった。


 人間とAIの違いは意識があるかないか。


 つまりこうして「意識」がある僕は人間だ。

 Q.E.D.


 …いや待て。そもそも「意識」ってなんだ。


 僕は何かよく分からないものに縋り付いて、それを根拠に自分を人間だと証明しているのか?


 気付きたくなかった。意識の正体に疑問を持たなければ、今頃ゆっくりと寝て、明日に備えてたに違いない。


 自分の中のモヤモヤが消えない。僕はもう一度意識を調べるために、インターネットの海を漂い始めた。


 「メアリーの部屋」「中国語の部屋」「ラプラスの悪魔」「逆転クオリア」「哲学的ゾンビ」などなど。


 有名どころを調べていくうちに僕は「自由意志」という存在に辿り着いた。


 なんか変な教授や博士曰く、人間が何か行動しようと思う意思を立てるほんの少し前に、実は脳が電気信号を既に組み立てているらしい。


 要するに、意識するより先に、無意識的に信号が出されているらしい。


 これは人間に自分の行動を決定しているのは自分の意識ではないというものだ。


 脳とかが反射的に、意識とは関係なく、必要な信号を発してそれを受信した神経が運動する。


 これだけ聞くと本当にロボットと大差ない。


 意識があるとかないとか関わらず、本質的には一緒じゃないか。

 見える部分で何も分からないのなら、もう証明のしようがないのか?


 僕は考え続けたが、いつまで経っても思考は同じところを通って戻ってを繰り返すばかりだった。


 答えが出ない。

 自分がAIなのか、人間なのか。


 自分の脳が金属でできているところを想像すると、頭が重くなったような気がして首が疲れ始めた。


 モヤモヤする。イライラする。


 誰か、頼む。僕がAIじゃないことを今すぐ証明してくれ。



 そして夜が明けた。


 夜間、勉強机に向き合って考え続けていたが、その思考も遂には境地へ辿り着いた。


 僕曰く、頭をかち割ればいい。


 頭を割れば、中身が曝け出される。


 当然死ぬだろうが、そんなことはどうでも良かった。ただ自分の存在が何であるかを確かめたいという一心で、僕は金槌を手に取る。


 死ぬのが怖いという、この感情もただの反応なのだと思えば、変に納得できた。


 今は自分の正体を暴くだけでいい。


 僕が人間ならば、僕は死ぬが、脳みその中を家族の誰かが見て、僕が人間であったことを証明してくれるだろう。


 僕がAIならば、脳は普通の人間ではないはずだ。そして家族がそれを見て僕がAIだったことを証明してくれるだろう。


 もしかするとAIだったら、壊れても直してもらえるかもしれない。記憶装置に欠如が残るかもしれないが、今の僕に戻るかもしれない。きっと直してもらえる。


 さぁ、僕はドッチなんだ。


 そして、自分の存在証明のために、金槌で頭を割って、その瞬間僕は意識を失った。


***************


 という夢を、私は、見たのです。


 その奇妙な夢の話を夜遅く、友人と電話でしていました。


「なにその夢。ていうか舞花、男になってたの?」


「そう。その男を一人称目線で見てたんだけど、なんか私が夢で作り上げたって考えるには、結構おかしかったんだよね」


「まぁ、確かに舞花があんな哲学めいたこと知ってるわけないよね。馬鹿だし」


「うるさいなぁ」


 でも友人の言う通り、夢では私の知らない知識が繰り広げられており、それがなんとも現実世界の私を酔った感覚にさせるのでした。


 そもそも自分の存在証明なんて考える必要もないというのが、その夢の、私の感想です。私は私なんだからそれでいいと思うのですが。


「ていうかその夢、結構支離滅裂じゃない?」


「多分、私ところどころ忘れちゃってると思うから、あんまりちゃんと伝えられてないかも知んない」


「ふーん。まぁ、夢ってよく分かんないよね」


「ね」


 その時、携帯からバイブレーションが聞こえました。

 私に通知が来たと思いましたが、どうやら友人の方だったようです。


「うわ、また来たよ」


 友人がドン引いている様子の声色でそう言いました。


「どうしたの?」


「なんかさぁ、一ヶ月ぐらいから、変な文章が届くの。誰が出してるかも分かんないし…文章内容も気持ち悪いのよね」


「へぇ、どんなの?」


「えーっと。なんていうか。…説明しづらいから送る」


「あ、うん、わかった」


 そうして届いたのは3900文字程度の文章でした。


 私はあまり本とかを読む輩ではないので、文字列を見るだけで目眩がしました。

 当然読む気など起きません。


 しかし初めの文が「自分の頭をカチ割ろうと思ったのは昨夜のことだった」というルナティックなことを書いていることから、ヤバそうだなと、感じました。


「こんなのが送られてくるなんて災難だね」


「ほんとーだよ。初めて送られてきた時、ちょっと気になって読んじゃったんだけど、本当によく分からないんだよ。

 タイトルも「ゆめうつつ」とか何言いたいのか分かんないし、文章も叫び声で終わってるし、徹頭徹尾、人を不快にさせるのが目的みたいな文章なの」


「へぇ」


 話を聞きながら下スクロールすると、確かに最後は「ぎゃああああああぁぁぁあぁぁおあぁぁぁおあおぁぁあああ!!!」という叫び声らしきもので、随分目立つ文章でした。


「まじで怖い。ねぇ舞花、これ誰が出してるか分かったりする?」


 本当に怯えていそうな友人の様子に、私も協力してあげたかったのですが、この文章の出処は分かりませんでした。


「でもなんか、『The 人間』って感じの文章だね」


「えー? 全然でしょ、むしろ人間らしくない文章でしょうよ。だから怖いのに」


「なんで人間らしくない文章だと怖いの?」


「だって人間が人間らしくない文章送ってんの怖くない?」


「人間から人間らしくない文章送られるのと、人外から人間らしい文章送られるのどっちが怖い?」


 気になったので聞いてみると、友人は随分悩んでいました。


「うーん。難しいなー。人間から人間らしくない文章が来たら、気狂いだと思うし、人外から人間らしい文章が送られたら、なんか裏があるのかなぁって疑っちゃうね」


 そんなことを若干面白そうに彼女は話していました。


「なるほど…。私の喋り方ってどう? 人間臭い?」


「臭いってほどでもないけど、舞花は普通に人間してるよw」



「じゃあ、私の話には裏があるのかな?」



******************



 僕は、目を覚ました。


 なんだか夢を見ていた気がする。


 だけど夢を見ていたと言う事実だけしか覚えてなくて、具体的に夢の内容を思い出すことができない。


 頭が痛い。

 月曜日の朝はいつもそうだが、今日は特に痛みが酷い。


 暖かい日の光も、頭を刺すようで痛かったのでカーテンを閉じて二度寝を始める。


 なんだろうか。とても大事なことを忘れている気がする。


 僕は何かを強く願っていたはずだ。分かればスッキリすることを必死に探していた…と思う。


 思い出せない。いや…もしかするとその感覚も夢の中での出来事を現実と混同しているだけなのかもしれない。


 まあ、とりあえず寝て、また起きてから考えよう。

 そうしてゆっくりと目を閉じる。



 今日も外では、女性の叫び声が聞こえる。


「ぎゃああああああぁぁぁあぁぁおあぁぁぁおあおぁぁあああ!!!」


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