第53話

そう言い、厚彦はカーテンを大きく開いた。



外にはサッカー部含めて多数の部活動が行われている。



5年前の事件のせいか、サッカー部の練習場所はここから遠く離れているけれど、あの時と近い環境ができあがっていた。



「そっか、描き残しの絵がないから、最初から描いてもらうんだね」



梓はようやく厚彦がすることの意図が読めて呟いた。



時間はかかるかもしれないけれど、確実に心残りを解消する方法だ。



「幽霊って絵が描けるの?」



玲子に言われて梓は頷いた。



「厚彦だって、普通に物を持ったりしてるでしょ?」



「あ、そっか」



玲子は納得して何度も頷いた。



「あれ? でもそれだと変だよね?」



「変ってなにが?」



梓は首を傾げている玲子に聞く。



「だって、物を持つことができるなら、美術室から道具を運ぶことだってできるよね? あたしたちが来る前に絵を描いて、成仏することってできたんじゃない?」



玲子の言葉に梓は目をパチクリさせた。



そう言われたらそうかもしれない。



「び、美術室が開いている間にカンバスを移動させると、誰かに気がつかれるからじゃないかな?」



だから遠慮して描けずにいた。



というのがもっともらしい答えだと思った。



しかし、筆は一向に動かない。



白いカンバスはいつまで待っても白いままだった……。


☆☆☆


もしかしたら、人に見られていると描けないのかも。



そう思った梓たちは一旦倉庫から出た。



食堂へ向かい、おにぎりやサンドイッチで軽くお腹をふくらませて、再び倉庫へと戻る。



太陽はすでに沈みかけているけれどカンバスはまだ白いままだ。



(やっぱり、違ったのかな……)



ここまでリュウヤさんからの反応がないとなると、見当違いのことをしているのではないかと思い始めてしまう。



リュウヤさんの心残りは絵じゃないのかもしれない。



だとしたら、なに?



その答えはまだ見つかっていない。



「そろそろ帰ろうか」



玲子があくびをかみ殺して言った。



お腹が膨らんで眠くなってきたみたいだ。



「そうだね。あまり遅くなってもダメだしね」



今日のところはお開きにした方がいいかもしれない。



どうせ、リュウヤさんは害のない幽霊なんだし。



厚彦もしぶしぶ諦めてカーテンを閉めようとした、その時だった。



突然強い風が吹き、窓がガタガタガタッ!!と音を立て揺れた。



大きな窓だからか、その揺れは地震が来たのかと見間違うようなものだった。



「うわ、びっくりした……」



梓が呟いたとき、厚彦が目を丸くして窓を見つめ、硬直していた。



(いや、確かに驚いたけれど、固まるほどじゃなくない?)



以外とビビリなのかもしれないと思ってニヤついていると、「動いた」と、厚彦が呟いた。



「え?」



「リュウヤさんが動いた!」



「えぇ!?」



梓は目を見開いて窓へ視線を向ける。



しかし、なにかが見えるわけでもない。



「なになに? なにか変化あり!?」



「リュウヤさんが動いたんだって!」



「嘘、今どこにいるの!?」



玲子の言葉には厚彦が返事をした。



「窓を押さえてる」



「え……?」



「両手で、必死に……」



その光景が目に浮かんでくるようだった。



追体験をしたからわかる。



リュウヤさんはこの窓が風で揺れたとき、また割れるかもしれないと思ったんだ。



「まさか、リュウヤさんの心残りって、この窓?」



梓はそっと窓に近づき、手を触れた。



今は風も止んで、少しも揺れていない。



「窓?」



玲子が首を傾げている。



1人だけおいてけぼりにされて、少しむくれているようだ。



「そうだよ、窓がこのままになっているから気になってるんだよ!」



梓は思わず大きな声を上げていた。



あんな事故が起こったのにこの窓は今でも封鎖されていない。



代わりに教室が倉庫になったから、それでいいと放置されているのだ。



でもそれじゃあ、窓はまたいつ割れるかわからない。



万が一生徒がここにいるとき、窓が割れたら?



5年前の悲劇が繰り返されたら?



そう懸念しているのだ。



「玲子、この窓にベニヤ板を打ち付けよう!」



「え、う、うん。わかった!」



理解しているのかいないのか、玲子は大きく頷き、道具を準備するために倉庫から飛び出して行ったのだった。

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