第34話

遠い記憶なので、思い出してもらうために準備したのだ。



「突然でもうしわけないんですが、この生徒を覚えていますか?」



梓が聞くと、小池先生は胸ポケットから老眼鏡を取り出してかけた。



「これは当時のバスケ部の生徒の写真かい?」



「そうです」



玲子が問いかけにうなずく。



「う~ん……なんせ15年も顧問をしていたからなぁ」



そう言って苦笑する小池先生。



「この生徒は今から25年前にバスケ部に所属していた人です」



梓が説明をした瞬間、小池先生の手が止まった。



「なんだって?」



途端に険しい表情になり、梓と玲子を見つめる。



その目は鋭く、睨まれているような気分になった。



小池先生の視線に一瞬たじろぐが、これで先生に25年前の記憶があることがわかった。



普通のバスケ部の記憶ではない。



特別ななにかがだ。



「25年前のバスケ部になにかがあったんですか?」



玲子がゴクリと唾を飲み込んで聞いた。



あるいは、25年前ユキオさんになにかがあったのか。



それは話を聞いてみないとわからない。



「君たちはあの時のことを記事にするつもりなのか?」



小池先生は険しい表情を崩さずに言う。



「あの時のこと……?」



梓は首をかしげる。



「先生が記事にするなと言うならしません。ですが、何があったのか知りたいと思っています」



玲子は更に食い下がる。



そんな中、梓は一抹の不安を感じていた。



本当にこのまま取材を続けて大丈夫だろうか?



自分たちは今、大きな過去を掘り起こしてしまおうとしているんじゃないだろうか?



「あの時のことを忘れたことは1度もない。ニュースにもなったしな」



小池先生はメガネをはずし、目頭を押さえて行った。



目がつかれたのかと思ってみていたが、うっすらと涙が浮かんでいるのがわかった。



「ニュースになったということは、あたしたちでも調べればわかるってことですよね?」



玲子が言う。



確かにその通りだ。



それなら、歴代のバスケ部の顧問に合うような、回りくどいことはしなくてよかったことになる。



小池先生は玲子の言葉に頷くだけだった。



過去の出来事を思い出し、喉を詰まらせているのがわかった。



「この人になにが起こったんですか?」



玲子は更に質問を重ねる。



「その子だけじゃない。25年前のバスケ部は、6人が死んだ」



(え……?)



小池先生の言葉に時間が停止したような気がした。



(今、6人が死んだって言った?)



唖然として小池先生を見つめる。



玲子も驚いて口をポカンと開けている。



「バスケ部の合宿に行く途中、生徒たちを乗せたバスが横転した。その事故が原因だ」



小池先生は苦しそうに当時の出来事を語る。



「そんな……」



梓は思わず呟いていた。



そんな大きな事故が起こっていたなんて、初耳だ。



25年も昔の出来事だから知らなくて当然なのだけど、自分たちが通う高校で起こっていた事故を知らなかったというのが、ショックだった。



でも、そこで疑問が浮かんだ。



小池先生の言うことが真実なら、魂は6つあってもおかしくないはずだ。



だけど、バスケ部の部室ですすり泣いている霊はユキオさん1人だけだ。



これはどういうことなんだろう?



厚彦も疑問を感じているようで、真剣な表情で腕組みをしている。



「あ、あの。このユキオさんはどんな生徒さんだったか、覚えていますか?」



昔のことだから忘れているかもしれない。



そう思いながらも、梓は質問をした。



「あぁ……。この子は練習熱心な子だったよ。授業態度も良かったみたいで、他の先生からの評判も悪くなかった」



小池先生は過去を振り返り、懐かしむような口調になった。



無理やり思い出そうとしている雰囲気ではないから、本当に思い出してくれたんだろう。



「他に、なにかありませんでしたか?」



梓の問いかけに小池先生は首をかしげた。



「この子は目立つ生徒じゃなかったからね。特に問題児でもなかったし……」



「そうですか」



良くも悪くも、ユキオさんへの印象はそれほど強いものじゃなかったみたいだ。



結局、小池先生から聞き出すことができた情報は25年前のバス事故のことだけだった。



ユキオさん本人に関する情報は、勉強も練習も頑張っていたということくらい。



「今日はありがとうございました」



ファミレスを出る前に梓と玲子、ついでに厚彦は小池先生に礼を言った。



小池先生は来たときと同じような優しい笑みを浮かべて「またいつでも呼んでいいから。今日は楽しかったよ」と、言ってくれたのだった。

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