Ⅲ.雪丸 ⑨
「これは……さくどんさん、またしても撮影が難しいお題を出してきましたね。二本目の内容は『水泳』です。」
どうにか警察官の誤解を解いてから約二時間後。昼食と後半のゲーム勝負を終えた俺たちは、次なる対決内容の抽選を撮影していた。フォーラムの時にも使った抽選箱から、今回の対決に惜しくも敗れた雪丸さんが一枚の紙を引いたわけだが……また夏目さんが書いたお題だったのか。ゲームの次は水泳がテーマになるらしい。
雪丸さんの困ったような声を受けて、夏目さんは大慌てで手を振りながら弁明を放つ。水泳はまあ、確かに撮影が難しいな。プールは撮影禁止の場所が多いし、海だと単純に撮り難い。中々悩ましいお題だぞ。
「いやその、夏だからプールかなと思って……あの時の私、焦ってたんです。それでパッと思い浮かんだのを書いちゃいました。すみません。」
「夏らしくて良いとは思いますが……まあ、場所に関しては相談して決めましょうか。私は泳ぎが結構得意ですから、後が無い状況としては助かるお題です。ここに書いたということは、さくどんさんもそうなんでしょう? 次も接戦になりそうですね。」
「いえ、普通です。泳げはしますけど、得意ではありません。」
「……なのに書いてしまったんですか。」
困惑気味に呟いた雪丸さんへと、夏目さんが目を逸らして応答した。
「焦ってたんですってば。……とにかく、次も勝ちますから! 今回は運だけで勝ったみたいな感じでしたし、次こそ実力で戦って勝利してみせます!」
「私はもう企画的にも心情的にも負けるわけにはいきませんからね。次回も全力でお相手させていただきますよ! ……ということで今回はオチ無し! 以上! 水泳対決に続く!」
おー、ばっさり締めたな。平時の雪丸スタジオは軽いオチと同時に動画が唐突に終了するという構成なのだが、今回はやや特殊な形で終わったらしい。俺が構えているカメラに向けての雪丸さんの発言の後で、事態を見守っていた朝希さんがきょとんと小首を傾げる。
「……あれ、もう終わっちゃったんですか?」
「おや、言いたいことがあるなら言っても構いませんよ。」
「えと、じゃあ……今回の撮影のお昼休憩の時のトークを上げる予定なので、モノクロシスターズの動画もよろしくお願いします! 雪丸さんが猫になって職務質問されてますから、きっと雪丸スタジオのリスナーさんたちも楽しめるはずです!」
「私が『猫になって職務質問をされた』という表現はセンスがありますね。素晴らしい宣伝文句です。……では、今度こそ以上! 終わり!」
いいのか、それで。朝希さんが魅力的な宣伝を捻じ込んだところで、改めて動画が終了した。一応『天丼』を警戒して喋らないようにカメラを構え続けていると、雪丸さんが苦笑しながら俺に声をかけてくる。
「本当に終わりですよ、駒場さん。録画を止めて大丈夫です。」
「分かりました、切りますね。……皆さん、お疲れ様でした。」
俺の呼びかけを切っ掛けに『お疲れ様合戦』が勃発した後、夏目さんが申し訳なさそうな顔で雪丸さんに話しかけた。
「あの、雪丸さん。……やれますか? 水泳勝負。場所の確保がちょっと、厳しいかもって思うんですけど。」
「何一つアイディアは浮かびませんが、何とかしましょう。水着姿のさくどんさんは私も見てみたいですしね。」
「あっ、そっか。水着。」
どうして俺を見たんだ? カメラを置いている俺の方を横目にしながらの夏目さんの言葉に、疲れた様子でソファに座っている朝希さんが反応する。ちなみに小夜さんはパソコンの録画データを確認中だ。彼女は機材面で頑張ってくれたし、朝希さんは積極的に場を盛り上げてくれた。モノクロシスターズの協力はやはり大きかったな。
「プール、羨ましいです。夏だから、私たちも『水系』の動画はどうかって小夜ちと相談してたんですけど……お姉ちゃんに絶対ダメだって言われちゃいました。私たちの水着の動画は、変な人たちが変なことに使うからって。」
「……そうなんですか。」
何とも言えない面持ちで無難な相槌を打った夏目さんへと、朝希さんが眉根を寄せながら質問を飛ばす。
「でも、『変なこと』って何ですか? お姉ちゃんも小夜ちも教えてくれなかったんです。」
「えぁ、え? ……えーっとですね、雪丸さんは分かりますか?」
「さっぱり分かりませんね! ……小夜さん、録画データと音声データをいただけますか? 今USBメモリを準備します。」
「ちょっ、あっ……こま、駒場さん! 朝希ちゃんに教えてあげてください。私もあの、分からないので。全然分かんないです。全然。」
それはあんまりじゃないかな。何故この場で一番説明に適していない人物に話を振るんだ。堂々と嘘を吐いて逃げた雪丸さんと、キーボードを弄りながら聞こえない振りをしている小夜さんと、容赦なくぶん投げてきた夏目さん。無慈悲な三人に抗議の視線を向けた後で、答えを待つ朝希さんにその場凌ぎの回答を送った。
「……朝希さん、そういうことはお姉さんから教えてもらうべきです。私からは説明できません。」
「……何で隠すんですか? 駒場さん、いつもなら優しく教えてくれるのに。意地悪です。」
「私が教えるとですね、法に触れかねないんです。しかしこの場の三人が教えた場合はそうならないので、どうしても今知りたいなら私以外の誰かに尋ねてください。」
「……じゃあ小夜ち、教えてよ! お姉ちゃんから言われた時、すぐ納得してたじゃん。何でなの? ねえ、何で?」
危機は去ったな。『何で攻撃』の標的にされた小夜さんが恨めしそうにこちらを睨んでくる中、すたこらさっさと事務所スペースに移動する。投げ返されないうちに安全地帯に逃げてしまおう。俺にだってそのくらいの知恵はあるぞ。
「社長、終わりました。」
撮影部屋よりも少しだけ涼しい事務所スペース……エアコンがこっちにある所為で、ドアを閉じると室温に差が出てしまうのだ。に入りながら報告してやれば、香月社長は食べていたチョコレートをバッと隠して応じてきた。動作が遅すぎてバレバレだぞ。
「そうか、無事に終わって何よりだよ。……ちょっと休憩していただけだからね? 決してサボっていたわけではないんだ。」
「いやいや、別に何とも思いませんよ。私だってグミとかをよく食べていますしね。……どうしてそんなにビクビクするんですか?」
「何となくだよ。社員に範を示すべき立場の私が、他の全員が働いている時にお菓子を食べるのは……ほら、あれだろう? 宜しくないだろう?」
「そんなことを気にするのは社長だけですよ。お菓子くらい好きに食べてください。……それより次の対決の題目が『水泳』になったんですが、どうしましょう?」
何だってこういう部分だけ気が小さいんだろう? 基本的には豪気そのものなのに。香月社長の不思議に首を捻りつつ問いかけると、彼女はデスクの下に隠した板チョコを出して返事をしてくる。
「水泳? 季節感があって良いと思うよ。……ああ、場所を『どうしましょう?』という意味か。そこは確かに問題かもしれないね。」
「前職の経験からするに、都営や区営プールの撮影許可を取るのはかなり難しいはずなので……一時間か三十分単位で貸し切りをやっている、民間のジムやスポーツクラブのプールが狙い目だと思います。貸し切りにすれば他のお客さんにも気を使わずに済みますしね。知り合いで頼めそうな人は居ませんか?」
「残念ながら思い浮かばないよ。ただ、『ジムのプール』というのは良い案だね。あまり聞かない話だし、営業時間外を狙うのかい?」
「場合によりけりですね。普通に営業時間中の貸し切りを行っているところも案外多いので、ちょうど良い広さの施設を探してみます。見つからないって事態にはならないはずですから、経費面と相談して候補を絞ることにしましょう。」
芸能マネージャー時代にそういう場所での撮影に何度か同行したので、パッと浮かんでくる候補もあるにはあるのだが……広いプールは相応に高いんだよな。夏目さんと雪丸さんだけで使うならコース数は少なくていいわけだし、狭くて綺麗で安い施設を虱潰しに探してみよう。郊外や隣県まで手を広げれば良い条件のプールが見つかってくれるはずだ。
考えながらパソコンの電源を入れた俺へと、香月社長が今更な疑問を寄越してきた。
「ちなみに、ゲーム対決に勝ったのはどっちなんだい? 休憩の時点では伯仲していたようだが。」
「夏目さんです。ずっと僅差の四位だったんですが、最後の最後で逆転しました。朝希さんが一位、小夜さんが二位、雪丸さんが四位ですね。」
「……つまり、メインの二人は熾烈な最下位争いをしていたわけか。」
「朝希さんと小夜さんの一位争いも激しかったですし、これはこれで良い形になったんだと思いますよ。後半戦は大分打ち解けた雰囲気でやれていましたから、面白い動画になってくれるはずです。」
ゲームを間に挟むと会話が途切れ難いし、モノクロシスターズの二人が良い潤滑油になってくれたから……まあ、思っていたよりも和気藹々とした撮影になったな。対決っぽくはないかもしれないが、コラボ動画としては一つの成功だと言えるはずだ。
起動したパソコンにログインしながら答えたところで、夏目さんと雪丸さんが撮影部屋から出てくる。
「駒場さん、雪丸さんが帰るそうです。」
「っと、もうですか? それなら車を出しますが。」
「必要ありませんよ。去り際は潔くが私の信条でしてね。『敵地』に長居するのは良くありませんし、送ってもらうなど以ての外です。さっさと一人で帰ることにします。……香月社長、今日は助かりました。モノクロシスターズさんや貴女には、そのうち借りを返させていただきましょう。」
「期待しておくよ、雪丸君。」
雪丸さんの大仰な台詞に香月社長がくつくつと喉を鳴らして返した後、ストロベリーブロンドの友人どのは席を立った俺にスッと歩み寄ってきたかと思えば、壁際に誘導しつつ口元を隠して囁きかけてきた。お手本のような『密談』だな。政治家がよくやっているやつだ。
「駒場さん、しつこいようですが……私たちの関係については、余人には内緒にしてくださいね。」
「雪丸さんがそう言うならそうしますが……しかし、社長もさくどんさんも気にしないと思いますよ?」
職務質問の後にもこうして口止めされたのだが、別に隠すような関係ではないはずだぞ。単に連絡先を交換して、『友達』になっただけなんだから。釣られて声を潜めて応答すると、雪丸さんは夏目さんの方をちらりと見ながら否定を口にする。ちなみに夏目さんは……ほら、何かちょっと怪しんでいるじゃないか。こういうことをしていると逆効果だと思うんだけどな。
「私はですね、駒場さん。さくどんさんに嫌われたくないんですよ。さくどんさんは貴方を頼っているようですから、その貴方が私と『親密』だと知れば良い気はしないはずです。周りには秘密にして、こっそり友達付き合いをしていきましょう。」
「まあ、はい。了解しました。……本当に送らなくて大丈夫ですか? 特に手間ではありませんし、外は暑いですよ?」
「そんなことをして勘繰られたらどうするんですか。一人で帰れますよ。さくどんさんたちの前では、なるべく素っ気無い態度で接してください。……では、後でメールをします。さくどんさんが居ない場所で読んでくださいね。」
幾ら何でも警戒しすぎだぞ。浮気相手とのやり取りみたいじゃないか。真面目な表情に流されて頷いてしまった俺に、雪丸さんは満足そうに一つ首肯してから夏目さんへと言葉を飛ばす。
「さくどんさん、今日の撮影は随分と和やかなムードで終わりましたが……私は貴女とただ仲良くなりたいわけではありません。意味は分かりますね?」
「……分かってます。私もそうですから。」
「ならば結構。フォーラムでの問答に決着が付いていないことを、決して忘れないようにしてください。今日は色々と手伝ってくれたモノクロシスターズさんの顔を立てるために、場の空気を壊すような発言をあえて避けましたが……残りの対決企画中に方を付けさせていただきますからね。」
「はい、私も今度こそしっかりと答えます。」
夏目さんが言い放った返答を耳にすると、雪丸さんはニヤリと強気に笑いながら麦わら帽子を被った。今回の撮影は通過点に過ぎないということか。本番はこれかららしい。
「期待させてもらいますよ、さくどんさん。私は貴女の本心が知りたくて、こんな勝負を吹っ掛けたんですから。……それではさようなら、ホワイトノーツの皆さん! またお会いしましょう!」
撮影部屋からひょっこり顔を出したモノクロシスターズの二人と、俺と香月社長と、そして夏目さんに対して大声で別れを告げた雪丸さんは、そのまま颯爽と事務所を出て行く。去り際まで派手だったな。プールの件、言い出す暇もなかったぞ。
まあうん、どうにでもなるか。夏目さん経由で伝えればいいだけだし、何なら直接連絡することだって可能なのだから。それなら調べるのは後回しでいいかと思い直して、先に片付けを手伝おうと撮影部屋へと歩き出したタイミングで──
「……リュックを忘れました。」
フッと笑っている雪丸さんが事務所に舞い戻ってきた。短い別れだったな。ドアを抜けた瞬間に忘れ物に気付いたらしい。俺たちの微妙な目線を物ともせずに、悠々とリュックを回収した雪丸さんは……改めて挨拶をした後で、再度事務所から去っていく。
「今度こそさらば、ホワイトノーツ! また会う日まで!」
「……雪丸さんって、面白いね。」
「……そうね。」
朝希さんと小夜さんの会話がどこか虚しく響く中、苦笑いで撮影部屋に入って片付けを始めた。兎にも角にも、これにて一本目の勝負は終了だ。コラボレーション動画としても、大人数での撮影としても、コンシューマー機でのゲーム実況としても良い経験になったぞ。どれもホワイトノーツとしては初めての試みだったし、上手く今後に活用させてもらおう。
───
そしてゲーム対決の撮影から四日が過ぎた火曜日の午後。俺は訪れた夏目家の前に駐車した軽自動車の運転席で、雪丸さん……というか『秋山深雪さん』から送られてきたメールを確認していた。どうせバレているんだし、友達という関係なら本名の方がやり易いと以前のメールにあったため、それ以降秋山さんと呼ぶようにしているのだ。
ちなみにメールの本文は『今日の昼食は即席麺でした。私は魚介系が苦手なんですが、駒場さんはどうですか? 好きなラーメンがあったら教えて欲しいです。』というもので、小鍋に入った状態の醤油ラーメンの画像が添付されてあるわけだが……うーむ、よく分からんな。さすがは秋山さんだけあって、友達向けのメールの内容もちょびっとだけ独特だぞ。
秋山さんは割と筆まめな人物らしく、こういうメールを一日に二、三回のペースで送ってくるのだ。短めのブログみたいな文章で日常を知らせてくるから、俺も同じような内容を都度返しているわけだが、ライフストリームの話は未だ一切出てきていない。普通の『文通』になってしまっているな。
けどまあ、それなりに楽しめているぞ。きちんと一定の距離感があるあたりが、正に『メール友達』って感じだ。折角だからライフストリームのことも話してみたいものの、秋山さんが日常的な話題を寄越してくるのにその話ばかりを振るのは変だし……ここは俺も昨日の夜に観た映画についてを書いておくか。
魚介系は特に苦手ではないこと、むしろ豚骨が苦手なこと、味噌ラーメンが好きなこと、昨日の夜にちょっと古めの映画を観たこと、その映画が面白かったこと。それらを打ち込んだメールを送信した後、車を降りて夏目家の玄関へと歩を進める。規則正しく送られてきているし、恐らく夜にまた返信が来るはずだ。
奇妙な文通のことを思案しながらインターホンのボタンを押してみれば、すぐに夏目さんが開いたドアの隙間から顔を覗かせてきた。何故か少しだけ赤い顔でだ。どうしたんだろう?
「お疲れ様です、駒場さん。……えと、どうぞ。入ってください。」
「おはようございます、夏目さん。失礼しま……まさか、お風呂に入っていたんですか?」
えぇ、凄い格好だな。バスタオルを巻いているだけじゃないか。ドアを抜けた途端に夏目さんの姿が視界に映って、慌てて目を背けながら尋ねてやれば、彼女は大焦りの声色で勢いよく釈明してくる。
「ちっ、違います違います! 水着です! ネットで買った水着を着てみてただけですから! タオルの下、裸じゃないです!」
「あー、そういうことでしたか。」
なるほど、水着か。そういえば一昨日の夜に、水泳対決用の水着を注文したと電話で話していたっけ。……にしても、その格好は誤解されると思うぞ。首元まですっぽり包まっているから肩すら見えないし、一見しただけでは完全に『裸にバスタオル』だ。
ただまあ、あまり色っぽくはないかもしれない。ありがちな胸の上ではなく、首元で巻いているからなんだろうな。小学生がプールの授業の着替えでよく使っているあれ……確か、ラップタオルだったか? あれを被っている状態に近いぞ。
何にせよ事情に納得して靴を脱いでいる俺へと、夏目さんはずり落ちたバスタオルを器用に上げながら話を続けてきた。白いタオルなのも相俟って、てるてる坊主みたいだ。夏目家ではバスタオルをこうやって巻くんだろうか? 余所の家のルールは不思議だな。
「念のためその、駒場さんにもチェックしてもらおうかなと思いまして。それで来る前に着てみてたんですけど……ちょっとあの、ダメみたいです。着替えてきます。」
「『ダメ』? ……ひょっとして、サイズが合わなかったんですか?」
「えーっとですね……まあはい、そんなところです。」
何故か曖昧に答えてきた夏目さんが、てるてる坊主状態のままで上階に行こうとしたところで……おや、妹さんも居たのか。居間から現れた涼しげな格好の叶さんが声を投げてくる。ミディアムの黒髪を高い位置でポニーテールにしており、ノースリーブのシャツにショートパンツ姿だ。暑苦しいスーツ姿の俺からすると羨ましい限りだぞ。
「こんにちは、駒場さん。……お姉、見せなよ。駒場さんにも問題を把握してもらわないとでしょ? マネージャーなんだから。」
「い、いいよ。大丈夫。新しいの買うから。……あれ、叶? 何で通せんぼするの? お姉ちゃん、部屋に戻りたいんだけど。」
「いいから見せてみなよ。さっきまで私の勉強の邪魔しながら騒いでたのに、何で急に大人しくなっちゃったの?」
『問題』? 廊下に上がった俺が首を傾げているのを他所に、夏目さんはじりじりと後退りながら叶さんに言葉を返す。拒絶の言葉をだ。
「……叶、やめてね? お姉ちゃん、怒るよ? 本当に怒るから。」
「恥ずかしがってないで見せなって。」
「叶、ダメ。ダメだから。やめっ、あっ──」
迫り来る妹を止めようとした夏目さんだったが、するりと接近した叶さんにバスタオルを剥ぎ取られてしまう。そしてタオルの下にあったのは……まあ、水着だな。控え目なフリルが付いている、ハイネックビキニの白い水着だ。可愛いし、似合っているじゃないか。
「うあ、駒場さん……み、見ないでください。」
「いや、よく似合っていると思うんですが……何が『問題』なんですか?」
背中を向けてしゃがみ込んでしまった夏目さんに問いかけてみれば、そんな姉を見てほんの少しだけ楽しげな雰囲気になっている叶さんが口を開いた。いつも無表情な彼女にしては珍しく、口角が僅かに上がっているぞ。
「お姉、言いなよ。何が問題なんだっけ?」
「……問題なんてないです。」
「へぇ? 私に対してはどうしようどうしようって煩かったのに、駒場さんの前では言いたくないんだ? あれ、お姉? お姉ったら。どうして黙ってるの? ……駒場さんにお尻、ジッと見られちゃってるよ?」
「あっ、見ちゃダメです!」
見ていないぞ。冤罪だ。しゃがんだまま両手でお尻を隠した夏目さんは、真っ赤な顔で振り返って弁解してくる。……そこまで恥ずかしがられると、こっちも変な気分になってくるな。どういう状況なんだ? これは。特に違和感のない水着姿だと思うんだが。
「……あのですね、大した問題じゃないんです。ただその、私──」
「太ったんです。」
「叶!」
話の途中でストレートに報告してきた叶さんのことを、夏目さんが涙目で睨み付けているが……いやいや、太っていないぞ。これで太っているなら、他の人たちはどうなってしまうんだ。むしろ『痩せている』と評価すべき体格じゃないか。
「あーあ、お姉。駒場さんにバレちゃったね。太ったって思われてるよ? 今どういう気持ち? ……顔、見せてよ。ほら、どんな顔してるのか見せて。」
「……何で言うの? お姉ちゃん、やめてって言ったのに。」
叶さんが愉悦の表情で嫌がる姉の顔を覗き込む中、落ち込んでいる夏目さんへと声をかけた。まあ、痩せた太ったは俺からすれば『慣れている問題』だぞ。芸能マネージャー時代に担当アイドルと同じやり取りを何度もしたっけ。何度も、何度も、何度もだ。
「夏目さん、問題ありませんよ。太っていません。どう見ても痩せています。」
「……でもあの、お腹が摘めるんです。ぷにって。」
「十七歳の女性の平均体重は、私の記憶が確かなら五十二、三キロほどだったはずです。夏目さんはもっと軽いですよね?」
「ぁ……はい、四十キロ代後半です。」
だろうな。そもそも夏目さんは平均より身長が若干低いので、うろ覚えの年齢別平均体重と比較しても仕方がないわけだが……ここは強引に押し切らせてもらおう。全力で『問題ない』と主張する。それこそが年頃の担当から体重の相談をされた時のマネージャーが取るべき行動なのだ。
「では、平均より明確に痩せているということになります。前が痩せ過ぎだったので、比較すると太ったように思えてしまうだけですよ。単純に『健康的』になってきただけじゃないでしょうか? だったら何一つ問題はないはずです。」
「そ、そうですかね? ……じゃあ、駒場さんはどう思いますか? つまりあの、駒場さん個人の意見としてはどうでしょう?」
恐る恐るという様子で立ち上がって、恥ずかしそうに目を逸らしつつ正面から水着姿を見せてきた夏目さんへと、笑顔で褒め言葉を口にした。
「とても似合っていますし、素晴らしいプロポーションだと思いますよ。私個人としては理想的な体型ですね。これまで見てきたアイドルたちと何ら遜色ない水着姿です。」
「うぁ……あっ、ありがとうございます。嬉しい、です。」
よしよし、自信が出てきたらしい。もじもじしながらふにゃんと笑う夏目さんを目にして、どうにかなったなと安心していると……そんな俺たちをジト目で眺めていた叶さんが、嬉しそうにしている姉へと指摘を飛ばす。ほんのり不機嫌さを感じる無表情でだ。
「……お姉、乳首透けてるよ。」
「えっ、嘘。」
「嘘だよ。パッド入ってるんだから透けるわけないでしょ。」
バッと胸を隠して縮こまる夏目さんへと、叶さんは小さく鼻を鳴らして言い放った後、今度は姉の下半身を指して警告する。
「けど白だし、下は濡れると透けるよ。インナーショーツ、ちゃんと穿きなね。私、全世界に身内の恥を晒すのなんて嫌だから。」
「……それも嘘?」
「これは本当。……何なら確かめてみる? 今濡らしてあげるよ。透けるかどうか駒場さんに見てもらえば?」
「いっ、いいよ! しなくていい! もう着替えてくるから!」
叶さんが再びにんまりし出したのにビクッとした夏目さんは、大慌てでバスタオルを持って二階へと駆け上がっていく。すると姉を見送った妹が、残された俺にポツリと呟きを寄越してきた。
「夏期講習でストレスが溜まっていたので、良い気晴らしになりました。……駒場さんは興奮しましたか? 姉が恥ずかしがってる姿に。」
「興奮? ……いいえ、しませんでした。可哀想だとは思いましたが。」
「嘘が上手ですね。私はゾクゾクしましたよ。必死にお尻を隠そうとしてる姿なんてもう、間抜けすぎて最高でした。本当は剥ぎ取ったりずり下ろしたりしたかったんですけど、そこまでやると本気で落ち込みそうなのでやめたんです。」
「それはまた、思い止まってくれて何よりです。……ちなみにあの、嘘ではありませんよ?」
別に興奮はしていない……はずだ。多分。名誉のために一言付け加えてやれば、叶さんはやれやれと首を振って居間へと先導してくる。何だかこの子との距離が縮まっている気がするな。期待していた縮まり方とは全然違うけど、いきなり感情を見せてくるようになったぞ。前に来た時の会話が原因なんだろうか?
「興奮してあげてくださいよ。水着姿に一切興味を持たれないとなると、さすがに姉が哀れになってきます。それは私も笑えません。」
「いやまあ、綺麗だとは思いました。肌も白いですし、スタイルも良いので……興奮というか、感動はしましたよ。」
「『感動した』? そんなのまるで、美術品に対する感想じゃないですか。枯れ果てたおじいちゃんみたいな台詞です。……駒場さん、まさか性欲が無いんですか? そういう病気だとか?」
「……性欲はありますよ。ただ私は、理性を大切にしているんです。」
担当の妹の中学生の女性と『性欲』の話はしたくないぞ。やはりこの子はちょっと苦手だなと思っている俺に、叶さんは座布団を勧めてから返答を送ってきた。……こんな性格の子だったのか。今の彼女に比べれば、口数が少なかった頃の方がまだやり易かったかもしれないな。
「そこに座ってください。……駒場さんは少し頭がおかしいんですね。姉の話を聞くに『滅私奉公』を実行しているみたいですし、おまけに理性過多で本能が薄れています。メンタルクリニックに行くべきですよ。」
「……そこまでではないと思うんですが。」
「自覚がないのが致命的ですね。……まあ、私としては好都合です。駒場さんを使うと、
姉が『いい顔』をしてくれますから。貴方が安全な人なら多少やり過ぎても大丈夫そうですし、色々試してみることにします。」
俺、嫌われているのか? 『頭がおかしい』とまで言われるのは心外だぞ。辛辣な診断を下してきた叶さんに怯みつつ、指定された座布団に腰を下ろすと……彼女はすぐ隣に座って会話を継続してくる。どうしてこんなに近くに座るんだ? 訳が分からん。誰か助けてくれ。
「ちなみに駒場さん、今付き合っている女性は居ますか?」
「……居ません。」
「へぇ? 意外ですね。扱い易そうですし、優良物件だと思うんですけど。……それなら、恋愛の対象は何歳から何歳までですか?」
「……あまり意識したことはありませんが、成人かつ近い世代だと思います。」
この子、怖いぞ。無表情でジッと俺の顔を見つめながら尋問してくる叶さんに、ごくりと喉を鳴らして答えてみると、彼女は僅かにだけ面白がっているような面持ちで質問を重ねてきた。
「ということは、未成年はダメですか?」
「もちろんです。」
「『もちろん』? どうしてですか? 法律的な問題があるから? 身体的に魅力が無いから? 社会的な都合? それとも道徳的な理由?」
「……一番は道徳的な理由です。」
夏目さんが早く戻ってくることを祈りつつ回答してやれば、叶さんは薄っすらと笑って囁きかけてくる。緩い弧を描いている唇を、真っ赤な舌でぺろりと舐めながらだ。
「ふぅん? 駒場さんは随分と常識的な人なんですね。私が嫌いなタイプです。」
「……すみません。」
「あれ? どうして謝るんですか? こんな小娘に好き勝手言われてるんだから、怒ればいいのに。……あ、その顔。その顔は好きです。駒場さん、困り顔が似合いますね。お姉ほどじゃないですけど、中々唆られる表情ですよ。じゃあ、こういうことをするとどうなりますか?」
「叶さん、何を──」
一体全体何を考えているんだ。俺の太ももに手を置いてぐいと顔を近付けてきた叶さんを、慌てて制止しようとしたところで……ぴたりと動きを止めた彼女が、超至近距離で笑いかけてきた。吐息の温かさを感じるな。鼻の先がくっ付きそうな距離だぞ。
「待ってください、このままで。」
「しかしですね、こんな体勢は──」
「いいから、このまま止まっていてください。今来ますから。」
来る? どういう意味なのかと困惑していると、居間の襖が開いて私服姿の夏目さんが戻ってくる。……なるほど、そういうことか。
「駒場さん、お待たせしま……え?」
「ああ、姉が来ちゃいましたね。続きはまた今度、二人っきりの時にしましょう。」
「えっ。……え?」
思考停止状態に陥っている夏目さんを見て口の端を吊り上げた叶さんは、俺から身を離してスタスタと廊下に歩き去っていく。要するに、俺は姉をからかうための道具にされたらしい。
「か、叶? 何を……えぇ? 駒場さんと何してたの?」
「お姉には内緒。私、部屋に戻るから。じゃあね。」
居間に呆然としている夏目さんと、してやられたと額を押さえている俺が取り残されたところで……ようやく再起動を果たした夏目さんがおずおずと問いかけてくる。
「今のって……つまり、叶が無理やりやったんですよね?」
「そうです。……分かってくれて助かりました。」
「まあ、いつものことですから。……昔は可愛い『お姉ちゃんっ子』だったのに、小学校高学年になった頃から悪戯ばっかりやるようになっちゃって。嫌われてるんです、私。色々あったので、当然といえば当然なんですけど。」
当然なのか? 安心半分気落ち半分の苦笑で言った夏目さんは、俺の対面に座りながら続けてきた。……何にせよ、変な誤解にならなくてホッとしたぞ。叶さんが『常習犯』で助かったな。
「お父さんにもお母さんにも他の子にも気遣いが出来る良い子なのに、私にだけはあんな感じなんです。叱らなきゃって思うんですけど、私は怒るのが苦手なので……すみません、駒場さんにまで迷惑かけちゃって。」
「……もしかするとあれは、叶さんなりの愛情表現なんじゃないでしょうか? 一番気を許しているからこそ、夏目さんだけにああいう姿を見せるのかもしれませんよ?」
「……そうですかね? 好きな子に意地悪したくなるあれですか?」
「……多分ですけど、無くはない話だと思います。」
自分で言っておいて何だが、ちょっと違うように思えてきたな。先日話した時に叶さんが口にしていた、『大っ嫌いで大好き』という台詞。彼女の夏目さんに対する態度を見るに、あれこそが本音なのかもしれない。……あるいはまあ、単純に嗜虐趣味を持っているだけの可能性もあるが。
それにしたって夏目さんのみがターゲットになっているのであれば、叶さんにとって姉は確かに特別な存在だということだ。愛情だとすれば若干歪んでいるなと唸りつつ、奇妙な妹さんについての話題を締める。
「何れにせよ、単に嫌われているわけではないはずです。もしそうならそもそも関わろうとしませんよ。積極的にちょっかいをかけてくる以上、夏目さんに対して一定の好意は持っているんじゃないでしょうか?」
「それならまあ、そこまで悪い気はしないですけど……でも今回は頑張って強めに叱っておきます。駒場さんにまで被害がいくのはダメですから。」
それ、逆効果だと思うぞ。夏目さんが強く反応すればするほど、叶さんは強めにからかってくるんじゃないかな。何となくそんな予感がするものの、家庭の問題に部外者たる俺が意見するのは変だし……とりあえずここで終わらせておくか。
「俺は気にしていないので、夏目さんもそんなに気にしないでください。ちょっとした悪戯だと思っておくことにします。……それより打ち合わせをしましょう。昨日電話で言った通り、安く借りられそうなプールが見つかりました。一時間あたり一万五千円で、二十五メートルが三コースある屋内プールです。」
「一万五千円ですか。」
「コース単位で借りる場合や、撮影不可の施設まで含めると更に安いところもあったんですが……一般の方が居ると気を使いますし、撮影できなければ意味がありません。綺麗でお手頃価格で撮影可能で、かつ貸し切れる近場の屋内プールとなるとここが一番だと思います。」
取り出したスマートフォンで施設のホームページを開いて渡してみると、夏目さんは施設内の写真を確認しながら相槌を打ってきた。
「……ここが一時間一万五千円で借りられちゃうんですか。安いですね。かなり意外です。」
「ただですね、ここはスポーツジムのプールでして。プールがあまり使われない時間帯にだけ貸し出しをやっているようなので、平日の八時から十二時と、十七時から二十時の間でしか予約できないんです。」
「あー、なるほど。私は時間に関しては全然平気なので、そこは雪丸さん次第ですね。……ちなみにこれ、どこにあるスポーツジムなんですか?」
「茨城県のつくば市です。ここからだと車で一時間ちょっとですね。」
つくば市ならまあ、距離的にも交通の便的にもギリギリ近場と言えるはずだ。返してもらったスマートフォンを仕舞いながら答えた俺に、夏目さんはこっくり頷いて応答してくる。
「つくばですか。学校の社会科見学で宇宙センターに行ったことがあります。雪丸さんにはメールで伝えておきますね。」
「よろしくお願いします。それで雪丸さん側も問題なさそうであれば、こちらで予約までやってしまいますね。」
「すみません、何から何までやってもらっちゃって。元はと言えば私が『水泳』なんて書いちゃうからこうなったのに。」
「こういう作業が事務所の役目なんですから、どんどん頼ってください。……季節感がある内容ですし、折角なら夏休みの期間に上げたいですね。間に合いそうですか?」
屋内の温水プールなんだから季節も何もないわけだが、水着の動画はやっぱり夏に見た方が親近感が湧くだろう。出来れば八月中がいいなと思案している俺へと、夏目さんは眉間に皺を寄せて応じてきた。
「三本目の内容にもよるんですけど、私も何とか八月中に上げたいなと思ってます。雪丸さんのメールにもそんな感じのことが書かれてありました。……今週中に水泳対決を撮って、お盆が明けたらすぐに三本目を撮るのがベストですね。それなら二十日くらいには上げられますから。」
「水泳対決はさくどんチャンネルで上げて、三本目を雪丸スタジオで出すんですよね?」
「雪丸さんの企画だから、締めはあっちの方が良いかなと思ったんです。三本目の編集を雪丸さんが終わらせた段階で、タイミングを合わせて一気にアップロードしようってことになってます。ゲーム対決の前編、後編、水泳対決、三本目を一日一本のペースで上げる感じですね。」
四日間かけて、交互にそれぞれのチャンネルで上げていくわけか。さくどんチャンネルも雪丸スタジオも更新頻度が高めのチャンネルなので、時間を空けると間に別の動画が大量に挟まってしまう。そうなれば勢いが落ちてしまうし、一気にアップロードするのは悪くないやり方だと思うぞ。
夏目さんが提示してきた計画に納得しつつ、彼女に対して返事を返す。となるとのんびり撮るわけにはいかなさそうだな。
「分かりました、なるべく急いでいきましょう。」
「はい。……そういえば駒場さんはお盆、帰省するんですか?」
「いえ、今年はこっちに残ります。なので何かあったら遠慮なく連絡してきてください。」
母親は北海道の実家に行くらしいけど、俺はそれについて行きたくないのだ。母は九人兄妹の末っ子で、北海道の実家は歴史ある大きな家だから、お盆になると日本各地に散らばった親戚たちがわらわらと集まってくるのである。従兄弟や叔父叔母からの『瑞稀君、まだ結婚しないの?』を延々食らうのは御免だぞ。今年は参加を辞退させてもらおう。
とはいえまあ、行かなきゃ行かないで何か言われるんだろうなとうんざりしていると、夏目さんが困ったような苦笑いで口を開く。
「駒場さんが東京に居てくれるのは頼もしいですけど、きちんと休んでくださいね? ライフストリームの研究とか、動画チェックとかはやっちゃダメですよ?」
「……ダメですか。」
「お休みの日はぐでーっとすべきですよ。そういうのが苦手なのは何となく分かりますけど、せめてお盆くらいは思いっきり休んでもらわないと心配になります。」
よく分かっているじゃないか。確かに俺は『ぐでーっとする』のが苦手だぞ。何かこう、そういうことをしていると不安になってくるのだ。根っからの『労働者気質』なのかもしれない。
「……では、しっかり休むことにします。」
それもそれでちょっと悲しいなと微妙な気分になりつつ返答した俺を見て、夏目さんがホッとしたような笑顔になったところで……叶さんが再び居間に現れる。洗濯カゴらしき衣類が満載の容器を持った状態でだ。
「叶? どうしたの?」
「洗濯物を畳むの。お母さんからやっておいてって言われたでしょ。」
「そんなのお姉ちゃんが後でやるから、洗面所に置いておいて。……どうして駒場さんが居るタイミングでやろうとするの? 失礼だよ。」
何故か俺のすぐ近くに洗濯カゴを下ろした妹へと、夏目さんが注意を送るが……それを無表情で聞き流した叶さんは、容器の中から出した薄い水色の布を俺の方に突き出してきた。
「駒場さん、手伝ってください。」
「あー……はい、了解しました。」
俺もやるのか。お邪魔している身だし、やれと言うならやるけど……余所の家の洗濯物を畳むのは初めての体験だな。まさかの要望に目を瞬かせつつ、反射的に受け取ってしまった布を広げてみれば──
「こら、叶。いい加減にしなさい。何で駒場さんに畳ませようと……ちょっ、ダメです! ダメダメ! それはダメ!」
机に乗って最短距離で近付いてきた夏目さんが、真っ赤な顔で俺の手から薄水色の布を……女性物の下着を奪い取ってくる。なるほどな、これもまた叶さんの『いじわる』なわけか。勘弁して欲しいぞ。
「お姉、行儀が悪いよ。机の上に乗らないで。……はい、駒場さん。こっちがブラです。上下セットなので、一緒に纏めておいてください。」
「やめてよ、叶! いいから、もういいから持っていって!」
「よくないでしょ。早く畳まないと皺になるよ。……駒場さん、こっちもお願いします。駒場さん? ちゃんと受け取ってください。」
「やめてってば!」
スッと背を向けた俺の背後から、夏目姉妹が争っている物音が響いてくるが……今回も振り向かないぞ。こちとらモノクロシスターズ相手に同じような災難を経験済みなのだ。叶さんには悪いけど、そう易々と夏目さんをからかうための『おもちゃ』にされるつもりはない。担当との気まずい空気を避けるためにも、上手くやり過ごすことで対応させてもらおう。
「お姉、やめて。邪魔しないで。……駒場さん、投げますからね。畳んでください。」
「あああ、ダメ! 駒場さん、ダメですから! それ、ダメです!」
とはいえ、叶さん相手だとただやり過ごすのも至難の業らしい。頭上を通過してぱさりと目の前に落ちた黒いパンツから目を逸らしつつ、担当の妹が厄介な悪戯っ子であることを確信するのだった。……これまでは猫を被っていたわけか。恐ろしい子だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます