第64話 キリナさまはいい人

 何も考えずに来てしまった……。


 と、思わず後悔し始めている私を椅子に座るよう促し、受付のお姉さんは真面目な表情で訊ねてくる。


「膨大な報酬金に見合う依頼……いったいどんなものなのかお聞かせ願えますか?」


「え、えっと、あー……」


 私は目を泳がせる。


 エルバルク家には、冒険者を必要とする騒動はほとんど起きない。


 なぜなら、騒動の予兆を見つけ次第、私が潰して回っているからだ。


 お父様は「昔はもっと荒事も多かったのだが……」と最近つぶやいているが、まさか娘が力で解決しているとは思わないだろう。


「そうね……うーん」


 私がなかなか話し出さないことを、深刻な問題を抱えているのだと捉えたお姉さんは、


「大丈夫です。うちのギルドにはたくさんの信頼できる冒険者たちがいます。きっと、エルバルク家の問題も解決できるはずです」


 と勇気づけるように言ってきた。


 ……だんだん、心苦しくなってきた。


 依頼はない。ただイタズラするためにやってきて、お姉さんに気を遣わせてしまっている……。


 これはちょっと思っていたのと違う。


 だから、私はせめてもの償いをすることにした。


 私は金貨の袋を机にドスッと置く。


 そして言った。


「さ、さっきは依頼って言いましたけど……実はこれ、冒険者ギルドに寄付しにきたんです。私の友人たちが、ほらその、赤フードの冒険者さんに助けられたというお話を聞きましたので」


「寄付!?」


「このお金は好きなように使ってください。冒険者ギルドの設備が強化されることで、城下町の皆さんの問題がさらに解決されることを願っています」


 私が罪悪感を覚えながらそう言うと。


 お姉さんは少しの間、下を向いてプルプルと震えてから、勢いよく顔をあげた。


「キリナさまっ! 本当に感謝いたします!! 労っていただき、とても嬉しいです!! 私たちのギルドはキリナさまへの恩を忘れずに、更なる発展を遂げてみせます!!」


 心の底から感謝されてしまった。


 これはこれであまり良くない……というか、こっちの姿で距離を詰めるのはマズいと思いつつも、感謝の言葉をむげにすることはできない。


「これからもよろしくお願いしますね」


 私が愛想笑いを浮かべると、お姉さんは完全に私を尊敬するような瞳で見つめ、


「はい、精進します!!!」


 と大きな声で叫んだのだった。

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