第63話 エルバルク家のご令嬢

 たまにはこんなイタズラもいいだろう。


 私は冒険者ギルドの建物の前に立っていた。


 だが、いつもの赤フード姿じゃない。


 近くを通りすぎていく商人や冒険者が振り返る。


 私は綺麗なドレス姿でギルドを訪れたのだった。


 特に用事があるわけじゃない。


 ただ最近の深刻な事件の息抜きに、受付のお姉さんにこの姿で構ってもらおうと思っただけだった。


 赤フードの時は強引に会話に付き合わされることも多い。


 このくらいのイタズラは許容範囲だろう。


 ということで、私はいつもの慣れ親しんだ木製のドアを開ける。


「こんにちはーーって、エルバルク家のご令嬢さま!?」


 受付のお姉さんは運良く手が空いていたようだ。


 入ってきた私を見ると、血相を変えて飛んでくる。


「キリナ・エルバルク様ですよね! 冒険者ギルドにご用ですか!? 何かのご依頼とか!?」


「ええ。まぁ、そんなところよ。ほら、依頼の報酬金も持ってきているわ」


 そうやって取り出したのは、膨大な量の金貨が詰まった袋。


 ……実はこれ、今までの冒険者報酬の一部である。バレないように、袋だけ家にあったものと変えておいた。


「そ、そんなに報酬が必要な依頼……! 成功したら、うちのギルドにもかなりの利益が……!」


 いつも思うが、お姉さんは邪念が口に出すぎだ。


「あ、赤フードさーーん!! 来てくださーーい!!」


 受付のお姉さんは混乱して私の名を呼ぶが、残念ながらすでにここにいるし、彼女の望んだ姿では現れない。


 というか、私がいない時も毎回叫んでたりしないよね……。


「と、とりあえず、奥の部屋でお話をうかがいます! さぁ、こちらへどうぞ!!!」


 そうして、私は奥の部屋へと通されたのだった。


 しかし、そこで私は気づく。


 ……依頼内容、まだ決めてない。

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