⑦愛着のある物には名前をつける性格

「で、この死骸、どうするの…?」

血が出きり、地面の赤黒い色が黒く変色していく。元凶であるワイバーンの死骸を指さして、フラミーが恐る恐る呟いた。

「バラす? そしたら荷物に入るんじゃね?」

「バラす!? 語弊しか生まないからやめて!?」

鉈に手をかけ、エウレアが物騒なことを言う。

焦ってフラミーが制御に入った。

「いや、分解してもこれは入らないと思うぞ? まあ、マジックバッグがあったら別だが」

あきれ顔で、後ろからレオニスが2人とワイバーンを見下ろす。

「さすがに持ってる人いないでしょ、高いし」

フラミーが困り顔で言った。

「マジックバッグ? なんだそれ美味いのか?」

ワイバーンを見下ろしたまま、エウレアが聞いた。

数秒、フラミーとレオニスの口から言葉が消えた。

「嘘でしょ? あなたほんとに冒険者やってんの…?」

「ほんとだな…。冒険者にとっては絶対に欲しいアイテムだぞ…?」

「あ? 知らねえもんは知らねえんだわ。少なくとも俺は持ってねえ。で、何なんだそれ?」

通常運転のエウレアが聞く。

ため息交じりに、フラミーが説明した。

「マジックバッグって言うのは、袋の大きさとかよりずっと大きいものでも重い物でも入れられて、その重さが実際反映されないってやつ。仕組みは知らないけど。

容量はもちろんあるんだけど、それでもかなりの量を入れられるから、依頼で手に入れたアイテムとかを入れるのに重宝するの。モンスターの死骸、ものと部位によっては高額で売れるからね」

「ほえー、便利だなそれ。ていうかモンスターって売れたのか初めて知ったわ」

バカみたいに無邪気に頷くエウレア。それを見て、フラミーがもう一度ため息をついた。


「リリウム! お前、マジックバッグ持ってないか?」

レオニスが声を張る。

秘宝を抱え、その場にうずくまっていたリリウムが、ようやくこちらを向いた。

フラミーがレオニスを見上げる。

「レオニス…、それ持ってる人かなり少数だよ? そんな偶然あるわけな」

「マジックバッグ…? 持ってるけど…」

リリウムが、平然と言う。

レオニスとフラミーが、ぽかんとした顔で数秒呆気にとられた。

「「嘘!? 結構高いのに!? いつ手に入れたの!?」」

同タイミングで叫ぶ。

「母さんにもらっただけよ…? そんなに驚くことじゃないわ」

あくまで冷静な様子でリリウムはなおも言った。

「ほーん、お前便利な物持ってんだな。じゃあこのワイバーンの死骸、回収できるか?」

事態をいまいち理解していないエウレアが、呑気に聞いた。

リリウムはワイバーンを一瞥し、当たり前のように頷いた。

「このくらいなら、まあ入るでしょ。切り分けてくれるともっといいわね」

「わかった、バラせばいいんだな?」

「そうね、よろしく」

鉈を握りしめたエウレアに、リリウムは軽く手を振った。

残りの2人は、あまりの事態に固まっている。ワイバーンほどに巨大な物、普通なら入りきらないからだ。

「ずいぶん規格外なのね、それ…」

ようやく衝撃から立ち直ったフラミーが、ぽつりと呟いた。

斬撃を繰り出して、小気味良いテンポでワイバーンを切り分けていくエウレアを眺めていたリリウムが、フラミーを見る。

「エルフの魔力、なめたら駄目よ? 特に私たちの一族は、元来魔法が得意な一族だから。マジックバッグを作ることくらい容易なの」

「…なるほど、ね」

凄まじいスピードで魔力を練り上げ、放っていたのを思い出して、フラミーが空を仰いだ。確かにあれほどの力があるのなら、作るくらいは普通にできるのかもしれない。

「おいリリウム、切り分け終わったぞ!」

エウレアが叫ぶ。仕事が速い。

「ああありがとう! 今行くわ!」

優雅な仕草で立ち上がり、髪をなびかせて彼女はエウレアのもとへ向かった。

軽く広げられた袋の口へ、見る見る間にワイバーンが吸い込まれる。

キラキラした目でその様子を見るエウレアと、背中しか見えないが、母性を発動させているのが分かるフラミー。

横を見れば、レオニスがそれを無感情の目で見つめている。ピクリとも動かないその顔からは、感情は読み取れない。

「…規格外揃いじゃない、エウレアと言いリリウムと言い、レオニスは別次元だけど、このパーティー…」

その様子を眺めながら、フラミーはぽつりと呟いた。唯一のまとも担当はフラミーだけだ。


ワイバーンが全部吸い込まれて、ようやく一段落ついた頃。

「…おい、レオニス」

殺気を帯びた声で、エウレアが呟いた。

相変わらずの無表情で、レオニスが彼女を見下ろす。

「どうした、エウレア。敵襲の気配でもあるのか」

「思考が怖いわよ、レオニス。それをあなたが気づかないわけないでしょ」

エウレアの殺気に気づかないリリウムが呑気に言う。

ギラギラ光る狂気を帯びた瞳で、エウレアはレオニスを睨みつける。


刹那、2筋の光が交錯した。

全力で振り下ろされた鉈をバスターソードで受け、弾き上げる。

甲高い音が響く。空中に舞った鉈を飛び上がって取ると、重心を落として着地する。

「どうしたエウレア! 狂ったか!?」

レオニスが叫ぶ。

「強者と、猛者と、目いっぱい戦わせろ!」

獣のように犬歯を剥き出し、エウレアが言い放った。


感情に任せた高速の乱撃が繰り出される。

全て皮一枚で躱し、剣を一閃。

正確に首を狙った斬撃を、エウレアがのけぞって避ける。

その勢いのまま、空気を唸らせて拳が飛んでくる。

腹に叩きこまれたその拳の衝撃を、飛びずさって躱す。

それを追い、エウレアが距離を一気に詰める。

腰から短剣を抜き放ち、喉に向かって突き出した。

咄嗟に手の甲で守る。

純白の鱗に短剣がぶつかり、折れた。

舌打ちと共に短剣を投げ捨てる。

その隙に、レオニスが斬撃を放つ。

躱しきれずに、数回切り傷を負う。

軽い唸り声と共に、エウレアの顔がよそを向いた。

レオニスの目が、確実にエウレアの首を捉えた。


一閃。


金属同士がこすれあう、耳ざわりな音が響く。

エウレアは、鉈の刃で、レオニスの斬撃を受けた。

その衝撃を逃がしきれるわけもなく、鉈から、輝く破片が舞った。

研ぎ澄まされたはずの刃の形が、乱れた。


エウレアの目が、見開かれる。

「デリング!」

悲痛な響きを帯びた声と内容の乖離に、レオニスが手を止めて目を瞬いた。

「…デリング? まさか、その鉈の名前か?」

その問いに、エウレアは答えなかった。いやむしろ、何も聞こえていないように見える。

先ほどまで纏っていた闘気はどこへやら、戦意も敵意も消え失せていた。

原因とみられるのはどう考えても、デリングと名付けられたその鉈の刃こぼれだ。

「たったそれだけで、ここまで落ち込むものなのか…」

物や人への執着がなさそうなエウレアだけに、それほど過度に落ち込むのが不自然に感じられた。

完全に戦意を喪失したせいで、エウレアの足から力が抜ける。

それを片手で支え、小脇に抱えると、レオニスはリリウムたちの姿を探した。

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