第72話 勇者と魔王と力関係

 俺とマオは立ち止まり、倒れた巨狼の方を見る。


「まだ、生きているみたいですね」


 そう言って俺が剣を抜くと、マオがそれを制止する。


「……なんですか? 今更、殺すなと言いたいのですか?」


「違う……アイツが何を言おうとしているのか……聞いてくるだけじゃ」


 そう言ってマオは巨狼に近づいていく。俺は剣を収めたが、すぐに剣を抜けるような状態のままに巨狼に近づいていく。


「……先程……ナント言ッタ?」


 巨狼が苦しそうな声で、俺とマオに視線だけ向けてそう尋ねる。


「……これは、村の人間からの依頼だったのじゃ。お主らが村の者を襲ったり、畑を荒らしたりするから、退治してほしい、と……」


「……クッ……クック……ソウカ……」


 巨狼は苦しそうにしながら、自嘲気味に笑う。


「……人間。オ前ハナンダ? ソノ強サ……普通ノ人間デハナイダロウ?」


「……だから、言ったじゃないですか。俺は勇者ですよ」


「ソウカ……ドオリデ歯ガ立タヌワケダ……」


 そう言ってから巨狼は今一度ニヤリと巨大な歯を見せて嘲笑う。


「ダガ……人間ノ嘘ハ……見抜ケナイヨウダナ……」


「……はい? なんですって?」


「……我ラハ人間ヲ襲ッテナドイナイ。奴ラニ抵抗シタダケダ……」


 そう意味深な言葉を俺に告げてから、巨狼は悲しそうに目を細める。


「……魔王様ガ勇者ニ討チ取ラレタトトイウ話ハ、既ニヒロガッテイル……コノ先ハ人間ト魔物、魔族ノ力関係ガ崩レルダロウ……」


 すでに力尽きそうな巨狼は今度はマオの事を見る。


「……魔王ヲ騙ル哀レナ者ヨ……オマエモ魔族ナラバ……覚悟……シテオクンダナ……」


 そう言って、巨狼はそれきり、黙ってしまった。


 正確には、もう巨狼は、動かなくなったのであった。

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