第2話

  その日俺は大学に来ていた。

 大学生が大学に来るなんてのは至極当然のことだが、俺からしたらそれだけでも一大イベントなのだ。

 相変わらず大学という施設は落ち着かない仕様となっており、一匹狼にはとことん優しくないようだ。

 カッコつけて一匹狼なんて言い方をしたが、ただ友達がいない人間がごく僅かだけ残った自尊心を保つためのセーフティ機能が働いただけだ。


 講義の教室に入ってまずは3秒以内に人が少ない場所を探す。ここで遅れを取るといつまでも教室をさまよう羽目になるのでこの能力はボッチにとっては必須となってくる。

 今日も見事前後左右に人がいないオアシスを見つけることができたので助かった。

 オアシスは冷房の風が直接当たってくるのが少し辛かったが、見知らぬ人間の冷酷さに比べればそんなものは温風だ。

 

 講義は特に問題なく終わった。講義中に憑依されたことも今まで何回かあったので、講義のたびに精神をすり減らしているのだが、これがかなり心臓に悪い。

 とにかくやるべきことが終わったら後は我が家に帰るだけだ。

 あらゆるところで女子のグループが固まっていて、最短で教室を出るルート取りが少し難しかったが、そこは長年の経験を生かして無事教室を後にする。


 外に出て、帰りはスーパーで買い物でもしていこうかなどと考えていたその時、また面倒くさい奴に絡まれてしまった。

「お前は誰だ」

「僕の名前はどうでもいいんだ。それより最近幽霊生活にも飽きてきてね、そろそろ新しい人生を始めるのもいいかなって思ってるんだ。手伝ってもらってもいいかな?」


 今度の幽霊は金髪、ピアス、胸元にかけられたサングラスと、今にもウェーイと言い出しそうな、こってこてのパリピだった。死んだ後も装飾品の類は引き継がれるのか、また要らない知識が増えてしまった。

「わかった。どうせ断ったって聞きやしないんだろ」

「理解が早くて助かるな。それじゃあちょっとお邪魔しまーす」


 部屋に入ってくるような気軽さで人の体に入ってくる幽霊。これに慣れてしまっている自分もどうかと思う。

(おい、今ここで入る必要はないだろ)

「まあまあ、一人で誰かと会話してるように見られるのは嫌でしょ」

(それはお前が入ってきても変わらないんだけどな)

「まさかそんなわけ……ほんとだね」

(はあ……もう何でもいいわ)

「じゃあさっそく僕の願いを聞いてもらってもいいかな」

(ああ待ってくれ、とりあえずいったんここから出て家に帰りたい。話はそこで聞くから今は言うことを聞いてくれ)

「分かった。言うことを聞いてもらえるなら僕は何でもいいからね。でも君の家は分からないから案内はたのm……痛ったぁぁぁぁ!」


 あまりに突然の出来事だったので驚いたが、それまで普通に会話をしていた幽霊が、突然大きな声で叫びながら後ろに倒れこんだのだ。

 あと少しで校門を抜けて構内から出られたというのに、足でもくじいたんだろうか。幽霊に憑依されている間は痛覚も触覚もすべての感覚を幽霊が食らうので、今の俺は痛みも何も感じない。

 痛覚がないというのは意外と良いことのように見えるかもしれないが、幽霊が憑依をやめた瞬間に突然痛みが降ってくるような感覚は、とてもじゃないがあまり気持ちのいいものではない。

 

 周りにいる大学生たちは突然倒れこんだ俺に驚いて目を向けてきたが、突然倒れられて一番驚いているのは俺自身だ。

 まあ久しぶりに生身の体を操縦しようとして慣れなくて今のように足をくじいたり、生きていたころの体と俺の体のサイズが違うために歩くだけで車酔いのような感覚に襲われていた幽霊は意外と少なくない。

(おい、大丈夫か?久しぶりに歩いたんだろうからまあしょうがないとは思うが、気を付けてくれよ?)

「違う!今なんか壁みたいなものにぶつかったんだよ!」

(壁?そんなもんないけど)

「あったんだって!僕だって信じられないよ!」

(待て、あんまり大きな声を出すな。目立つから)


 案の定、一人で、しかも大きな声で騒ぎだした俺の方を、道行く大学生たちがチラチラと見てくる。これはさすがにイヤホン越しの通話という体でごまかせる声量ではなさそうだ。

 

(話は後だ、とにかく早く帰ろう)

「分かった」

 

 とにかくこの場所から離れたい一心で必死に校門を抜けようとダッシュで走っていき、

「痛ったぁぁぁぁ!」


 幽霊はまた何かに激突しまったようで、再び倒れ込んでしまう。

「やっぱり見えない壁みたいなものがあるよ!どうするんだこれ⁉︎」

(分かった、分かったから一旦落ち着いてくれ、次は走らないで行けば抜けられるかもしれない。とにかく冷静になってくれ)


 なんとか幽霊をなだめて、校門の見えない壁があると言う場所を今度はゆっくり歩いて通ってみる。

 こうしている間にも冷たい目線を向けてくるオーディエンス達は、当然のように校門を抜けていく。まさか俺の体だけ通れなくなることなんてあるわけないと思っていたのだが、

「ええ……。本当にあるよ、見えない壁が」

(足を前に進められないのか?ちょっとその壁とやらを触ってみてくれ)

 

 腕が動き、校門の方に手をやると、まるで熟練のパントマイム師かの如く、そこにはあたかも本当に壁があるかのように、手が前に進まないのだ。

 その手捌きは見事なもので、あっという間に周りにいた大学生達がこちらに目線を向けてくる。

「なになに?今度はパントマイム?」

「いやでもこれはすげーな、まるで本当に壁があるみたいだ」

「ちゃんと手のひらが圧迫されてるみたいに見える……どうなってるの?」

 

 周りの人達はあまりにもリアルなパントマイムに息を呑まれている。

 これはもしかして、生まれて初めて良い目立ち方をしているのではないだろうか。


 彼らの反応からも、校門に見えない壁があるというのは本当のことのようだ。

 それか取り憑いてきた幽霊が生前はパントマイム師だったという可能性もなくはないのかもしれない。

  

 そんなことを思いながらも、やはり大学から出られないという状況に陥ってしまっていることは確定しているようだ。

 

(一旦ここから離れよう、人気のないところまで移動する)

「そうだね、作戦を練らないと」

(一応聞いておくが、お前は生きている頃にパントマイムとかやってたりするか?)

「まさか、僕はただ友達と遊んで、彼女ともどこかに出かけるくらいの普通の大学生だったよ」

(……そうか。普通か)

 

 どうやら普通の大学生とは友達と遊び、彼女とお出かけをするものらしい。

 これは初耳だ。


 思わぬ角度から生傷を抉られた数十分後、俺の体は人気のない建物の中にいた。

 

 入学初日、誰に話しかけられるわけもなく、一人で彷徨っていた時に見つけたのがこの建物だった。

 小さなコンサートホールのような場所で、小さなステージと少ない観客席があり、キャパこそ小さいものの、誰かが使っていてもおかしくはないくらい普通のコンサートホールなのだが、何故かここには誰もこない。

「こんな場所があったんだ、知らなかったな」

(お前もしかしてここの学生だったのか?)

「ああ、そうだよ。言ってなかったっけ。生きていれば今頃三回生だったかな。二回生に上がる頃に事故で死んじゃったんだけどね」

(なるほど、お前のことは分かった。というかお前の話を聞いてる限りじゃとても未練があるようには思えないが、とにかく俺はいち早く大学から出たい。なぜ出られないのか、普通に考えれば原因はお前にあるだろう。何か心当たりはないのか?)

「残念ながらないね。大学にそこまでの思い残しもないし。でも幽霊になって気づいたら大学にいたんだ、大学から出ようなんて思ったこともなかったからまさか出られなくなってたなんて思わなかったよ」

 

 本当にこいつの未練というものが一切想像できない。友人も豊富にいて、彼女までいて、そんな華のような大学生活を送っていた人間がなんの未練があるというのか。

 

 人生が楽しすぎて未練が残ったなんて言われた日には、俺はどうにかなってしまうかもしれない。

(じゃあ一旦俺から出てくれ、もう帰りたいんだが)

「それなんだけど、さっきから離れようとしてるけど出来ないんだ。君に悪いことをしているのは分かっているんだけど、僕にもどうしようもないんだ」

(嘘をつくな。幽霊が自らの意思で離れられないなんてことはない。バレバレの嘘はやめろ)

「まあとにかく頑張ろう!」

 

 開き直りやがった。


 大学から出ようと思ったこともないとこの幽霊は言っていた。長年幽霊と関わってきてしまった弊害で、幽霊にはそこそこ詳しくなっているのだが、このタイプの幽霊はいわゆる地縛霊というものに分類される。

 一つの場所や施設から出られないし、出ようとも思わないというのは、いささか普通の幽霊と考えるのは難しい。

 幽霊に普通もクソもない気もするが。


 地縛霊が生まれてしまう理由は単純で、その場所に強い未練や思い入れがある状態のまま死んでしまった人間が、このように死してなお人に迷惑をかけるような面倒くさい幽霊として爆誕してしまうのだ。


 だから問題を解決するための手掛かりは絶対にこの大学内にあることになる。あとは簡単、この幽霊の友達に聞き込みをして回ればいいのだが。

「どうした?黙りこくっちゃって。どう行動すればいいのかわからないのか?」

(いや、やるべき行動は分かっているんだ。ただ覚悟ができないだけでな)

「覚悟?」

(知らないかもしれないが、俺は初対面の人間が何より怖いんだ。特に集団だとその怖さは何倍にも跳ね上がる)

「いやまあ幽霊界隈では割とみんな知ってると思うけど、それと僕を成仏させることに何か関係があるのか?」

(関係がないならそれまでだ。とりあえずお前の友達を探して話を聞いて回りたい。やることは以上。後は頼んだ、俺は知らん)

「別にわざわざ僕の友達に聞かなくても僕に関することなら僕に聞けばいいんじゃないか?」

(なら聞くがお前はお前自身がなんでこの大学に未練タラタラで地縛霊として存在しているのかわかるのか?)

「まあそれがわかれば苦労しないよね……」

(自分から見た自分と他人から見た自分ってのは結構違うもんだ。他人の言うことはそれなりに聞いておいた方がいい。せっかく覚悟したんだから早く行動に移してくれ)

「分かったよ、なるべく君の今後の学生生活に支障をきたさない範囲で頑張るよ」


 上級生の集団に話しかけるなんて芸当、幽霊に体を乗っ取られでもしていなければ絶対にできない芸当だ。後のことはどうでもいいので早く家に帰りたい。

「すいませーん。ちょっとお伺いしたいんですけど、時間あります~?」

「なんだおm……ああ、うん。なんか用か?」

「どうした?タケシ?だれだよそいt……ああ」


 俺の体が声をかけたのは男三人集団だった。さらに困ったことに、彼らはどこからどう見てもいわゆるリア充というやつだった。髪色はとてもカラフルで、ピアスもいくつか空いている。

 そのうち二人は、突然声をかけてきたのが大学内でのちょっとした有名人(もちろん悪い意味で)だったので声色が警戒から驚きに代わっているのがよく分かった。同学年だけでなく上級生にまで悪名が知れ渡っているとは、幽霊の恐ろしさというのは本当に計り知れない。

「ちょっと聞きたいんですけど、あなた達のお友達で最近亡くなった人いるじゃないですか。その人についていくつか聞きたいことがあるんですが」

「いるじゃないですかって、なんでそんなことお前が知ってるんだ。お前には関係ないだろ。もう行くぞ」

(おい、さっそく失敗してるじゃないか。まあこの後もなんか話の種があるんだろうが)

「…………ないよ」

「あ?なんか言ったか?」

「……………………」

「なんだよ、噂通りおかしな奴だな。じゃあな」

(どういうことだよ?行っちゃうぞ。引き止めろって、友達なんだろ?)


 幽霊は何も言わないまま、結局友達集団から話を聞くことはできなかった。


(なんですごすご引きかえってきたんだよ)


 俺の体は再び誰もいないコンサートホールにあった。見た目だけ見て勝手にパリピだなんだと言ってしまったが、根本は案外俺と変わらないのかもしれない。

「僕は知らなかったんだ、あいつらのことを」

(知らなかったって、あいつらは友達なんだろ?)

「いや、友達だったからこそ知らなかったんだ。あいつらが他人に向ける目線を。見知った人達から向けられる冷たい目線ほど辛いものはないね。少し怖くなってしまった」

(なるほど、まあその原因の一端が俺にある気がしなくもないが、まあ友達だった奴に全くの他人として接されるのは辛いわな。どうするんだ?このまま俺は大学から出られないままか?)

「いや、次は別の人に話を聞きに行くことにするよ」

(どうでもいいがさっきみたいなのはもうやめてくれよ)

「ああ、今度の人なら大丈夫だと信じたい。行こうか僕の彼女だった人のところに」


 これで再び失敗したらこの幽霊は悪霊化するんじゃないだろうか。


「すいませーん。ちょっとお時間良いですか?」

「はい、なんでしょうか」


 俺が声をかけたのは薄いロングスカートにカーディガンを羽織った、普通の女の子だった。

 俺の顔を見ても特に動揺した様子がないというのは逆にこっちが驚いてしまう。

 

 こいつの彼女というからとんでもないギャルみたいな人物を想像していたが、その予想は全くの大外れで、どちらかと言えば大人しそうな女性だった。

「あなたの彼氏さん最近亡くなられたじゃないですか。ちょっと彼のことについて聞きたいことがいくつかあるんですけど」

「……あなたには関係ないと思います。用がそれだけならもういいですか」

 

 早速とりつく島もない様子の彼女。

 よく考えたら、最近恋人を亡くした人に対してあんな真正面からそのことを思い出させるようなことを聞くというのは、かなり残酷なことなのではないかと思う。

 ここで泣き出されないだけラッキーだったんだろうか。

 しかしここで諦めていてはさっきの二の舞になるだけだ。

「関係ならあります!僕は彼の友人だったんですから」

「本当ですか?あなたと知り合いだったなんて彼から聞いたことなかったですけど。あなた結構有名人ですよね?」

「そ、そうらしいですね。でも本当なんです、信じてください!」

「じゃあ彼とどこで知り合ったんですか。そもそも学年違いますよね」

「あ、えっと、それは……ですね」

「なんですか、言えないんですか。やっぱり嘘ついてたんですね」

「いや、そういうことじゃなくですねー。なんと言いましょうか……」

「はあ、じゃあ彼の誕生日は言えますか?」

「それはもちろん、7月13日です!」

「まあこれくらいは当たり前かな。じゃあ彼の一番好きな食べ物知ってますか?」

「はい、西京焼きですね!」

(意外と趣向が渋いんだな。とにかくいいぞ!この調子で頑張れ!)

「じゃあ彼の両親の名前言えますか?」

「それはもちろん母親が……」

(おい!一旦落ち着け。友達の両親の名前なんて知ってる方が珍しいくらいだろ。もちろんお前の親の名前だから知ってはいると思うが、これにスラスラ答えてたら逆に怪しまれるぞ!)

「っ………ごめんなさい、ちょっとそれは分からないですね」

「そうですか、まあ一応は信用できるみたいですね。それじゃ、最後の質問です」


 ここまでは何とかうまくいっているように見えるが、いつボロが出るかわからない、早くこの質問攻め地獄から抜け出したいところだが。

「彼は、私のことについて何か話してましたか?」

「(へ?)」

「ほら、彼って凄い目立つから女の子のお友達多かったんですよ。だからもしかしたら私、遊ばれてただけなんじゃないかなとか思っちゃって」

「ああ……そう、ですね」


 なんだかとても悪いことをしている気分になってきた。

 もちろんこの行動は俺が家に帰るためには必要なことなんだろうが、その影響で最近彼氏を失くした女性の心にズケズケ入っていくことが果たして許されることなんだろうか。

 

 急激に自分が恥ずかしい人間のように思えてきた、思えば俺に友達がいないのは幽霊のせいなんかではなく、ただただ性格に難ありなだけなのかもしれない。

「彼は、」

 

 この幽霊はどれだけ今から言う言葉を自分の声で、姿で、伝えたかっただろうか。

 

 しかしそれはどうしたって叶わない。これが唯一と言える最終手段だが、果たしてこの形で彼が、彼女が、心の底から満足できるのだろうか。

「彼はあなたのことをとても大事にしていたよ。会うたびにあなたの話を聞かされてうんざりしてたくらいだ」

「……そうですか。まああなたの言うことを全部信じたわけじゃないですけど、嘘はついてないんだと思います。ごめんなさい、うんざりさせてしまって」

「あ、ああ。信じてくれるのか?」

「ちょっとだけですけどね。それで?聞きたいことがあったんじゃないんですか?」

「そ、そうだった。えーっと、あなたから見た彼はどんな人物だったか。それを聞きたい」

「そんなことですか。そうですねー、嘘つき……かな?」

「え?」

(おい!嘘だろお前!ここにきて彼女のこと裏切ってたのか!ちょっと泣きそうになったの返せよ!)

「ああ、言葉が足りなかったかですね。正確には、優しい嘘つきです」

「それって褒めてる?」

「この上ない大絶賛です」


(なあ、お前どんな嘘ついてたんだよ)

 

 俺の体は再びあのコンサートホールに来ていた。

 映画一本撮れそうなくらいの良い話の結果、大した情報が得られず、なすすべなく引き返してきたのだ。

 思い返せば俺は、激甘青春ストーリーにヤジを飛ばしていただけのような気もするが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「嘘なんかついた覚えないけどなぁ。もう成仏とかどうでも良くなってきた。彼女の発言の真意が知りたいよ」

(流石にもう一回行っても大した情報は得られそうにないしな。八方塞がりじゃないか)

「今日は大学に潜伏することになりそうだね、ドンマイ」

(ドンマイじゃないんだよドンマイじゃ。誰のせいだと思ってやがる)

「でももう日も落ちてきたしねぇ。ここなら特に人が来そうな事もないし一晩くらい可哀想な幽霊に付き合ってくれても良いじゃないか」

(判断が冷静すぎて逆に腹立つな。それにこのままじゃ一晩で帰れる補償なんてどこにもないぞ)

「まあまあ、お話でもしてればあっという間だって」

(お話ったって俺とお前の趣味がどう考えても合いそうにないんだが)

「そう?じゃあ君の好きなことは?」

(うーん、まあアニメ見たりライトノベル読んだり、そんな感じかな)

 

 ライトノベルに関しては読むだけでなく書いたこともあったが、それは黙っておこう。

「ほんとに?僕も好きだよ!アニメとか」

(へえ、好きなアニメとかあるのか?)

「いっぱいあるよ!まず最近ので言うと……」

 

 それが始まりの合図だった。驚いたことにこのパリピ幽霊、アニメの趣味が俺とめちゃくちゃ合っていたのだ。

 一昔前にやっていた名作から、最近話題になった新作、俺はまだ知らなかったが、とても面白いと幽霊から太鼓判を貰った過去作、あまり知られてはいないが俺が個人的に大好きだった隠れた名作など、そのマッチ度は、まるで自分と会話してるんじゃないかと思えてくるほどだった。

 会話は熱中し、気づけば空が白み始めていた。

(いやー、お前がこんなにアニメを語れるやつだとは思ってなかったよ。アニメは昔から見てたのか?)

「そうだね、まあ見てる歴は大学生の中なら長い方だと思う。それにしてもこんなにおもいっきりアニメのことが話せたのは君が初めてだよ」

(そうなのか?俺もまあ一人で楽しんでたから誰かとこんなに語り合ったことはなかったが、お前は友達がたくさんいただろ)

「あいつらは僕がアニメを好きだってことは知らないと思うよ。言ってないからね」

(なんでだ?友達なんだろ?)

「君は友達という存在に少々期待しすぎるきらいがあるね。なんでも話せる友達なんて持ってる人の方が少ないと思うよ。古い考え方だと思われるかもしれないけど、いまだにアニメが好きだって言うのは少し怖くてね」

 

 パリピもパリピで大変そうだ、俺には想像もできない苦労を経て、この幽霊はパリピとして生きていたんだろう。

(ふーん、なんか大変なんだな。ダメだ、めちゃくちゃ眠い。もう寝るわ。明日こそ有益な情報掴もうな)

「そうだね。僕も寝ようかな。いやぁ、寝るなんて久しぶりだから緊張で寝られないなぁ」

(まあ最悪明日もアニメの話でもしようぜ。いくらでも付き合えるからさ)

「それもいいね、まだ成仏しないでおこうかな」

(んじゃ、おやすみ)

「ん、おやすみ」


 目が覚めると幽霊は俺の中からいなくなっていた。

 大体の予想はついていたが、恐らくあいつの未練はアニメが好きな自分を友人や彼女に見せられなかったことなんじゃないかと思う。

 大学から離れられなくなったのはきっと、友人達と多くの時間を過ごしたのが大学のキャンパスだったとかそんなことだ。 

 彼らの前でキラキラした自分を見せるのに必死で、本当の自分を分かってもらえない歯痒さがあいつの未練だったんだろう。

 

 しかしそれも別に悪いことではないんじゃないかと思う。

 パリピ達と上手くやっていた一面だってあいつの内の一つであり、アニメが好きだという一面だってあいつの内の一つなのだ。そこに本当も偽物もあったもんじゃない。

 それと恐らくだが……


「あれ、おはようございます。ていうか昨日と服変わってなくないですか?」

「お、同じ服をいくつか持ってるだけですよ」

「なんか昨日と雰囲気違いません?」

「き、気のせいじゃないですかねー」

「まあ良いですけど」

「そういえば聞きたいことがあって、昨日言ってたことってどういう意味だったんですか?」

「ああ、あれですか。あなたは知ってそうですけど彼ってアニメとかすごい好きじゃないですか。なのにそのことを私に隠してたから嘘つきなんです。でも私に彼の嘘はバレバレだったから嘘をつくのが苦手な優しい人なんだなーって思ったんです。だから優しい嘘つき」

 

 昨日の自信なさげな様子からは一転、今日の彼女はとても力強く見えた。

 しかし彼氏が亡くなって、まだそこまで日が経ったわけでもないというのにこの立ち直りようだったり、俺のことを変なやつだと認識しつつも、別に変わったリアクションを見せなかったりと、最初から彼女は力強い女性なんだろう。

「やっぱり知ってたんですね。アニメ好きのこと。彼は必死に隠してたみたいですけど」

「彼の友達もみんな知ってると思いますよ?それにあなたとも恐らくそれ繋がりで知り合ったんじゃないですか?」

「ああ、まあそんな感じですね。はい」

 

 ここで否定して本当のことを話しても面倒くさいだけなので今は話に乗っておくのが得策だろう。

 しかしあいつは嘘をつくのが本当に下手くそなようだ。

 彼女にバレているんじゃないかということはなんとなく予想していたが、友達にまでバレているんじゃあどうしようもない。

「昨日はあんなこと言いましたけど、実は私本気で彼に遊ばれてるなんて思ってなかったんです。だって彼が嘘ついてるとすぐ分かるんですもん」

「へ?じゃあなんであんな質問を?」

「なんか昨日は彼が近くにいる気がしたんですよねー。だからああ言えば訂正するために出てきてくれるかと思ったんです。おかしいですよね」


 愛のパワーは幽霊だの人間だのの壁なんていとも簡単に突破してしまうらしい。


 無事校門から出られて、そっと胸を撫で下ろす。

 帰りの道すがら、帰ったらあいつがオススメしていたアニメでも見ようかなどと思いつつ、愛しの我が家へ歩みを進めた。

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