黄の林檎の実の

始めは皆も青

神様はいると思いますか?

「僕の夏休みの自由研究テーマは『神様はいるのか』です。

 いろんな人にインタビューしました」


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「は?知らね」


 彼の後ろで、青葉がさらさら揺れた。木洩れ日が眩しい。


「あ〜、『神は死んだ』んじゃねーの?

 なんか、昔の偉い人が言ってたって」


「神はいましぇ〜ん!!」


 別の男の子がふざけた声をあげると、それにつられたように、周りの木々もざわざわわらう。


「あはは、俺もいないと思いまぁーす!

 悪いことしても、バチなんて当たんないし…」


 風に吹かれて、葉がこすれた。枝はきしめど、樹は揺れない。


 木々の隙間に青い空。肥えた羊がポヨポヨ進む。

 どんな鮮やかに晴れた日も、地面に影はちゃんとある。強い日射しを青葉が遮る。


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「神様?ん〜別に信じてないかな?

 あ、初詣は毎年行くけど…」

「あたしもー!」


 トンっとふたりの女性の肩がぶつかりあう。まるで身体を寄せあうように。


「苦しいときにも『神様ー!』ってやるよねー」

「それな!!

 あと、結婚式は神前式もありかなって」


 人が行き交う砂利の上。薄く漂う砂埃。明るい声は交わるように。


「えー!あたしはウェディングドレス一択!!

 あと、『誓います』のヤツがやりたい!『健やかなるときも』のヤツー!!」

「あ〜!!」

「「『死がふたりを分かつまで』!」」


 弾む声はぶつかることなく、乾いた色が二重に響く。軽く輝くすぐ側を。


 足下の砂利が遠くへ跳ねた。靴が軽く当たったから。砂塵さじんを被ったあかい靴。気づかぬままに、知られぬままに。踊れ乙女よ、先は長い。


 雲に隠れた太陽は、まだまだ顔を出さぬまま。


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「ウチは仏教だから…。

 …え?仏様は神様じゃないよ」


 柄杓ひしゃくの水がポツンと落ちた。もうすぐ夕暮れ。日が沈む。


「仏様は死んだ人。いやいや、幽霊はこの世に未練がある人よ」


 ジーっと響くは虫の声。茂みの陰から泣き叫ぶ。オケラじゃなくて、クビキリギス。


「あら、仏様に成れるのは修行してる人だけじゃないの?」

「そうなの?宗派に依るのかしら?ウチは念仏を唱えれば、みんな仏様になれるって…」


 首を傾げる隣人も、ともに涼しく過ごせるように。気持ちだけでも涼めるように。自分のために水を撒く。

 だけど、他人は濡らさぬように。白い道をバシャッと濡らす。見えるとこだけ、届くとこだけ。


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「ん〜…。わからん!!

 でも、神さまってクリスマスが誕生日なんやろぉ?お母さんが言ってた!!」


 無邪気な声が真っ直ぐ響く。夜も明るい駅の前。


ちゃう違うでー。

 クリスマスはイエスさまのお誕生日!」

「誰それー?」

「神さまの子ども」

「ふぅーん?ほな、悪魔の子どもはノーさま?」

「…知らん。でも、そうかもしれへんな…」

【※イエスのスペルは『Yes』ではなく、『Jesus(ジーザス)』です。】


 ひとり紛れた年少の子。尖った口で側でモジモジ。


「ん?どうしたん?」


 それに気づいて、しゃがみこむ。柔らかな黒髪がふわりと揺れた。丸い頭の兄弟ふたり。


「…あんなあのね、神さまの子どもがな…イエスさまやったらな…天皇さまもイエスさまなん…?」

「え?何で?」


 風がぴゅーうっと通り抜けた。慌てた落ち葉は行ったり来たり。


「…おばあちゃんが『天皇さまは神さまから生まれたおうち』って…言ってた」

「へー…ほな、そうかもしれへんな。

 そういえば、お父さんが『昔の天皇誕生日は12/23やった』って言ってた」

「やっぱり天皇さまもイエスさまやったんか…」


 丸い瞳がパチパチ瞬く、夜空に負けじとキラキラ光る。小さな可愛いお星さま。


「神さまはいるわ!だって、天皇さまのこと昨日テレビ見たもん!!」


 困った笑みを夜風が撫でる。黒い空にも星はある。


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 本棚から溢れ落ちた夏休みの自由研究を、僕は思わず破り捨てた。同時に、僕の中の何かが壊れたような気がして、そのままビリビリになるまで、破り続けた。

 部屋の温度が僕の周りだけ、下がったみたいな気がして、僕はゆっくり膝をつく。ダンゴムシみたいに丸まると、少し僕はホッとしてしまった。

 神様がいても、いなくても、今の僕は苦しいし、僕はただただひとりぼっちだ。

 声をあげるのも、苦しくて、僕はこっそり膝を濡らした。丸くなれば、ひとりぼっちでも、暖かかった。

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