第8話 暁はただ灰色 Part2 

「まだ調子、良くないのか。さっきから一口も食べてないだろ。」徹夜での修祓を終えた翌朝、沙耶子は体形に似合わない健啖家ぶりを見せるのが常だった。それが今日は好物のパンケーキをフォークで突くだけで一向にその量は減っていなかった。「ねぇ、躓(まが)ひの巫女って聞いたことある。」沙耶子は光時に視線を向けず、ぼんやりと昏い海面を見ながら呟いた。「穢れ払いに失敗し、市民に被害を出してしまった巫女のことだろ。」流石に食欲のない相方を気遣い、3皿目のポークチャップを切り分けようとしていたナイフとフォークを置いて光時は沙耶子に向き合う。「えぇ、でも今は一人もいないわ。」「待てよ、巫女と鬼士の共(むた:チーム)では年に1件は民間の被害がでているはずじゃなかったか。鬼士単独庸ではほぼ毎月何らかの被害が出ている。」「えぇ、定期的に民間への被害は出ているけど、それを起こした巫女は今は一人もいないのよ。・・・いなくなるの。」「それって」「消えるの。躓うと、誰にも、何処へとも告げずに消えていなくなるの、去年は私に舞を教えてくれて人が消えたの。・・・今日、修祓が終わった後、穢れが漏出したのを思い出したら、私のせいで誰かが傷ついたかもしれないって思いが湧き上がってきて、たった一人で消えていなくなる巫女の気持ちが分かってしまって、そうしたら、なんだか私も消えてしまいそうな気がして、・・・。」

大声を上げて泣きわめくようなことはしないが、必死に何かを堪えようとする沙耶子を見て光時は静かに沙耶子の隣に移ると光時と比べるとあまりに小さな肩をそっと抱いた。沙耶子は光時の胸に顔をうずめ、必死で嗚咽を漏らさないように耐えていた。いつの間にかFMから流れる曲はジャズピアノから女性ボーカルへと変わっていた。「カモミールティです。心が落ち着きますよ。」沙耶子の涙が引く絶妙のタイミングで柔らかい笑顔と共に店のマスターがティカップをテーブルに置き、ティポットから心地好く香るカモミールティを注いだ。「よろしければ蜂蜜をいれてみてください。」小さなポットを横に沿える。「ありがとう。マスター。」光時の腕を少し緩めるとストレートで二口、その後蜂蜜を入れ目を閉じて一口ゆっくりと味わった。カップをソーサーに戻しながら「美味しい。」目を開きシンプルで偽りのない感想をマスターに伝えると光時に視線を巡らし、その瞳をしっかりと見つめ、にっこりとほほ笑みながら右掌を光時の腹に這わせた。なんの予備動作もなく0距離から座位で身体の捻りだけで寸勁を水月に叩き込む。「いつまで人に触れているの。気安く触らないで。」この理不尽な仕打ちに何か言い返そうと沙耶子を見つめた光時は彼女の口元が笑っていることを、その瞳が甘えを含んでいることを見て取ると、少し肩をすくめてポークチャップの残りを片付けることにした。この後沙耶子は追加を含めて6枚のパンケーキを平らげた。

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