第21話 巨人の島 その4
山を下りて調査していた者達が戻り、情報共有が始まった。巨人で空間が圧迫されているような気がしなくもないが慣れるしかないだろう。
「えっと。見せます」
ストリア大陸で良く使われる言語に慣れていない巨人の島の人間の女性が魔術でスクリーンを作る。記憶を元としているため、あやふやなものが多いが、彼女は記憶力が高いのか、はっきりとしている。
「霜の村の居住区か」
土や木で出来た建物が跡形もない。漁業や運搬で使われる船が流れ着いている。本当に住んでいたとは思えない光景だった。
「はい。畑もあったのですが」
畑だったものが映し出される。普通に泥や丸太などをどかせばいい話ではない。土壌に含まれる塩もどうにかしないと生活が出来ない。
「その辺りは魔術師でやる必要がありますね」
「はい。ですので私達がどうにかする予定です。やり方などは分かっております。問題は
食料についてですが、王から直轄領の物資を受け取ることでどうにかなりそうです」
情報共有の前にエイルは巨人の王と会っていた。現在は右隣にいる。こちらの王は冠など派手な装飾はなく、周りの人と似たような恰好だ。そして物静かで何も読めない。今も
どう考えているのかさっぱりだ。
「探索の報告は私からやっておこう」
王が静かに言った。ただ強いだけの王ではない。威厳がある。オーラが何か違うのだろう。
「途中から協力者と共に探索を行った。死体ばかりだった。膨らんでおるし、体の一部しか残ってなかったりもするから、身元の判明は難しいだろうよ」
覚悟はしていた。共有が始まる前、探索として活動をしていた仲間からは様々な事を聞いていた。
「岩だと思って触れたら巨人の死体だった」
「離れまいと紐で結んでいた夫婦がいた」
「腕だけだった」
「自分達と同じように生活してた者がこうなるなんて」
暗い顔で語っていた。見つけた人すべてが亡くなっていたからだろう。既に数日以上経っている。可能性として、生きている人を探し出す方が低い。あの様子だ。精神的なダメージは相当のはずだ。実際、嘔吐や身体の震えが止まらないという報告を受けている。
「それでもまだマシだろう」
王も似たようなものを見ているはずだが、顔に何も出ていない。
「数えているが、未だに合致しない。海の方にも範囲を広げないと難しいな。霜の村の長よ。ここからは其方に譲っても良いか」
「ええ」
短く切りそろえている黒髪に緑色の瞳をしてる中性的な顔で、水晶のイヤリングを付けている巨人が村の長だ。
「此度の件は自然災害でもあり、人災でもあります。長として、過去の経験を活かしきれなかった。原因を調査しても、収穫は得られなかった」
確かに対策を取っていなかった時点で人災とも言えるだろう。長として動けなかったのか、泣きそうな顔になっている。
「霜の村の長、気持ちは分からなくもないですが、懺悔してる暇はないですよ。現実は常に動いてます。途中で何か気になることとかはありましたか。小さなことでもいい」
救助団体の長として、気持ちは分かる。しかし立ち止まるわけにはいかない。発破をかけながら、情報を求めていく。
「避難してる時に変な魔術師がいましたね」
「変?」
「ええ。俺達より小さいのは当たり前として。人間よりも小さかった。膝ぐらいでローブを被ってた。小さいってだけで記憶に残りやすいけど、知らない恰好だった。多分あれは他所から来た者でしょう。お前たちもどうだ。見覚えあったか?」
霜の村の長は住民に聞く。
「俺達も小さいの見かけたぞ。骸骨ですごい不気味だった。しかも俺ら避難してる最中に、彼奴ら攻撃してきやがった。どうにか倒して、人間も無事だったが、長引いたらヤバかったかもな」
「お前もか。俺らはすぐ倒したぜ。でも妙だったな。感触が」
「そうそう。スカッて空振りした感じだった」
「妙な術使ってたな。呪いって奴。俺達でも苦労したな」
次々と教えてくれた。骸骨。ローブ。他所から来た者。妙な感触。呪い。治癒魔術師として、1番最後の部分が気になる。
「呪いと言いましたよね」
エイルは彼らに話しかける。
「ああ。初めてだったよ。巨人は気合でどうとでもなっちまうもんだが……おいまさか、人間にも」
ひょうきんな巨人の顔がみるみる青くなる。察したのだろう。
「そのまさかですよ。人間にも呪いがかかっていました。こちらで解呪出来たから無事ですよ。今思うと、先に伝えておくべきでしたね。この件」
「あーお嬢さん、謝らなくても」
巨人が慌てながら言った。村の長が困ったような顔をしている。正面の位置で見えやすいため、ひょうきんな彼は周囲の巨人に確認をしているみたいだ。事実を聞いたのか、ひょうきんな巨人は申し訳なさそうな顔になっている。
「すまん。色々と」
「いえ。性別を間違えられるのはいつものことですし」
エイルは慣れたように冷静に言い、巨人の島の地図を見る。海近くにも高い所がある。ティタンの領土では、被害が大きいとこに行けというぐらいしか聞かされていない。村の長から確認しておくべきだろうと質問する。
「ここ以外にも津波から逃れられるとこがありますか」
「霜の村にもいくつか安全なところがあります。規模としては小さいですが、同胞が何人かおります。念のため、連絡を入れておきましょう」
「お願いします」
これ以上被害者を増やすわけにはいかない。出来るだけ先手を打つべきだと思い、エイルは仲間達にも指示を出す。
「君たちも呪いに警戒しろ。活動中に受けたり、ここの住民が呪われたりした場合、すぐに報告だ。その後は解呪出来るイザベラ達に頼め。いいな」
「はい」
仲間達が返事をする。特に疑問点を持っている者がいなさそうなので、エイルは霜の村の長に報告する。
「こちらも呪いに関して警戒しておきます。他に何か気になる点があったりはしますか。ない場合は、今後について、話し合っておきたいのですが」
「ええ。伝えておくべきとこはもうありませんし、明日以降について話し合いをしておきたいですね」
多少明るかったのにいつの間にか焚火が灯り代わりになっている。上を見ると、星が散りばめられた夜空となっている。情報共有が始まる時は茜色の空だったが、短い時間で急激に変化するようなものなのだろうかと思う。
「寒い季節となると、早いものですね。ヴオッコ。夕食の支度を」
霜の村の長は夜空を見上げながら、命令を出す。
「はい」
ヴオッコと呼ばれた人間の女性は返事をし、足音を立てずに調理場へ行った。
「話を続けていこうか。直轄のとこから持ってきたが、似たような場所はどのくらいある」
「3カ所あります。定期的に連絡を取っています。人数はこのような感じです」
巨人の王が統治してるところからある程度補給出来るとは言え、限界がある。他の地域も被害があり、どう分けていくのかと運搬方法はどうするのかを考えた方が良いだろう。
「人数に合わせて、配分した方が良さそうだな。海岸部の方が少ないのだろ」
「ええ。10人にも満たないと聞いております。当分はこの量でも問題ないでしょう」
「部下に任せておこう。力のある者ばかりだ。距離は遠くても問題はあるまい」
食料など物資の不足については、当面は問題なさそうだ。
「エインゲルベルト・リンナエウスよ」
巨人の王がエイルに話しかけた。
「はい」
「人を救う団体の長として、どう動く」
今まで見てきたことを思い出し、どう動くべきかを考える。助けようと来たが、間に合わなかったのは事実だ。それでもまだ役目は残されている。エイルは未来を見据える。巨人の島が立ち直り、穏やかな日々を過ごすものを。
「俺達がいなくても、暮らしていけるように築いていきたいと思います。食料と衣服と水があるだけではやっていけないでしょう。安全な家と治癒魔術師が必要かと思います。更に災害への備えの見直しも必要だと考えています。滞在できる期間内で体制を作ることが出来たらと思いますが」
「そうだな。私も似たような考えだ。だが今回の件で人材の損失が激しい。他の村も要となっている人が亡くなっておる。他国への要請をもう1度やってみよう。長年の誤解を解くのはちと難しいが、やってみないと変わらぬからな」
何故か王はエイルの頭をガシガシと撫でる。ぼさぼさになるぐらい、かき回している。
「名ばかりの王ではあるが、今回ばかりは統率をしてみる。どの領土も立て直すのに必死だろうしな。その前に飯だ。腹が減っては動けまい」
巨人の王が立ち上がり、食事するところへ行ってしまった。従えている者2人が慌てて、彼に付いて行く。
「名ばかりだって言ってますけど、すごいですよね。経験したことないのに、あそこまで動いてくれて。前代未聞のことですよ」
霜の村の長が弱弱しい笑顔で言った。
「そうですね」
「俺なんてまだなったばっかりで、上手くやれてませんよ。怖くて動けなかったし。同胞を守れなかったし。情けないよね」
まだ遊び足りない年齢の村の長にとって、ハードルが高かった。指示すら出せず、同胞をたくさん失ってしまった。
「気持ちは分かりますよ。俺だって内心、これで合っているのだろうかという不安がある。それでもこの気持ちに屈せず、やるしかないですよ。まだ俺達にはこれからがあります」
「そうですね。ええ。やりましょう」
生き残った者として、支援をする者として、出来る限りやるだけだ。小さい拳と大きい拳がコツンと触れた。
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