第19話 巨人の島 その2
地震と津波に遭ったはずだが、侍女らしき人間の女性が温かいお茶を出す。不審だと思ったエイルの眉が少し動く。
「そう不審に思うのも無理はないさ」
胡坐をかいているオリーブが言った。最初から予想していたといった反応である。
「元々山にある祭壇には神に捧げる物として、収穫した作物などを出す習慣があってね。供える期間が終わったら、備蓄に回してたり、民に渡したりしてるのさ。たまたま行き渡る前に来たから、ある程度食物の余裕があるんだよ」
理解は出来る。だが供え物以外に何かありそうだと感じる。移動中、外に置いてある穀物類や干し肉などをたまたま見てのことだ。祭壇に置く物をある程度蓄えていると言っても、民を賄えるほどの量があるとは思えない。エイルは目の前にいる老婆に聞く。
「他にも何かあるのではないんですか」
「何故そう思うのだね」
「食料の量ですね。偶然ここに入る前に、穀物などを見ました。供え物をするには多過ぎます。とは言え、俺はここの風習を詳しく知っているわけではないのですが」
最初はオリーブの目がパチパチと開けたり閉じたりしていた。ニヤリと口元が上がり、ガシガシとエイルの頭を撫でる。
「察しの良い坊やは嫌いじゃないよ」
髪の毛を乱すレベルで豪快にかき乱す。それだけならまだ良かったが、彼女は巨人だ。力がめちゃくちゃある。そう言うこともあり、加減をしているとは言え、普通に痛かった。
「いだだだ! その姿で馬鹿力を発揮しないでください!」
「おっとすまんな」
エイルの抗議に巨人族の老婆はパッと手を離す。
「確かにお前さんの言う通り、もう1つ理由がある。いやむしろそっちが本当だと言った方が良い。今から300年ほど前、似たような事が起こったんだよ」
「地震と津波がですか」
オリーブは静かにコクリと頷く。
「ああ。普通の地震なら問題はなかったんだよ。小さい津波ぐらい、巨人は耐えられるからね。脆い人間を守り切る事が出来れば、それで良かったのさ」
津波の大きさがそこまでなくても、普通の人間なら流されてしまう。1Mの時点でほぼ死亡すると予想される。ただし、巨人は別だ。頑丈だし、小さくとも3Mはあるからだ。人間を守り切れればそれでよしというのがどの部族の巨人たちの共通見解だった。
「だけどあの時は通用しなかった。私らよりも遥かに高い波がこっちに来てね。飲み込まれて亡くなる奴が多かった。まだ子供だったし、小さいから、安全なとこにいて、私は無事だったんだけど、そうじゃない奴は運が良くない限り、全員あの世行きさ。それに食料が少なかったから、その後も死んでしまった人もいる」
300年前に覆された。目の前にいる彼女は子供で無事だったが、守る役割の人たちは流されたりして、亡くなっていったのだろう。幼くとも、記憶に残っているのか、悲しそうな顔つきだ。
「だからというのもあるのかね。地震があったら、大きくて頑丈でも、避難するようにしたのさ。蓄えもある程度、高いとこに置くようになった。二度と悲劇が起きないようにね」
老婆は両手で自分の頬を叩いた。急な行動だったので、エイルは困惑する。
「さて。切り替えておかないとね。何処まで知っとるのか、私らに教えてくれないか」
「分かりました。巨人の王から、拠点にするなら、ティタンの領土に行けとこちらに書かれていました」
エイルは見晴らしの良い小山から眺めた時、何故この場を指定したのかと疑問を持っていた。だが今は違う。教訓を生かして、実行している事を何かの手段を用いて知っていたからだと推測できる。
「確かにここを拠点にして、活動していくのが理に適っているね。流石は千里眼の巫女と王だ。ただ強いだけの時代は終わったか」
老婆は楽しそうな笑みをする。これから好敵手と戦うのではないかと感じるものがあった。巨人の王は強者から選ばれるという話なので、あれはごく自然な表情であることが分かる。
「いやー彼奴、強かった。ほんと。我が夫と協力しても、手も足も出なかったわ」
戦った事があったようで、当時の事を懐かしそうに言った。
「おっと。余談は止めておくか。何処まで書いてるのかね」
咳払いをして誤魔化し、話題を元に戻す。エイルは静かに巨人の王が書いた手紙を彼女に渡す。人間でも女性として大きい手で受け取り、右手で茶を飲みながら、静かに読む。そっとお椀を地面に置き、ノーボーダーズの長の顔を見る。
「なるほど。大体は理解した。かなりの被害が出てるのは確かなようだね。近くの村の連絡が無いのも頷けるってもんよ。こっちにも犠牲者がいるぐらいだしね。てんやわんやしてるのは何処も同じか」
何人かはここも災害に巻き込まれた者がいるようだ。人を助ける仕事をして、途中で亡くなるケースが多そうだとエイルは考える。
「オリーブ様、お話している時に申し訳ございません」
外から少女の声が聞こえてくる。恐る恐るといった感じだ。
「見習いの者か。用件を言え。緊急性が高いのだろ?」
「使いの鳥がこちらに来ました。巨人の王からの文があります」
オリーブはアルケミラに目配せする。アルケミラは静かに頷き、外に出向き、文を受け取った。
「こちらをどうぞ」
「ああ。まさかあっちから連絡が来るとはな」
片手で貰い、手早く読み終わり、文をアルケミラに渡す。エイルは尋ねる。
「どう書いているのでしょうか」
「王も現地に行ってるよ。かなり深刻なとこにいるようでね。その報告がある」
被害規模が最も大きいところだと思い、エイルは聞き漏らさないように集中する。
「壊滅的だと。ここと違って、何も対策をしておらんかったらしくてな。人間だけじゃなく、巨人も流されておる。行方不明者、死亡者共に数えとる最中。食料不足で、暖すら取れないのが原因で亡くなる人もいるらしいね」
エイルの両方の拳に力が入る。
「支援の物資不足、人員不足が否めないと書かれてるね。それ以外だと。他のとこの調査の依頼があった。まあ大体はこんなもんかね。っとこらこら力を入れ過ぎない」
下手したら血が出そうだったので、オリーブはエイルの握っている両手をほぐす。
「こうなったのは私ら現地民のせいでもあるんだよ。自分を責めることはしない方がよい」
「しかし……もう少し早くにこちらに駆けつける事が出来ていたら」
巨人の島の王が周辺国家に支援要請したのはすぐだったが、全てが拒否していた。更に遠い国に送るにはまる1日かかる。実際、遠い方にあるドラグ王国に届くまで、地震と津波発生から2日かかっている。更にノーボーダーズが到着するまでに3日かかっている。これでも最短で済んでいるが、生きている確率が下がっているのも事実だ。
あの光景を見てしまっており、更に被害の規模を聞き、自分に対して、苛立ちを感じていた。スタート地点に立ったばかりとはいえ、どうにかなるものだと思っていたのだ。どれだけ救う力があっても、すぐに駆け付ける事が出来なかったら意味が無い。甘い考えを持っていたと実感する。
「私としては来てくれるだけでもありがたいんだけどねぇ。種族関係なく、来てくれるだけでも十分さ。それにだ。焦っては本来の力を発揮できないぞ? 気持ちは分からんでもないがね」
オリーブは祖母のようにエイルの頭を撫で始めた。普段なら拒否しようとするが、反省気味になっているのか、やや大人しい。
「すみません。もう少し冷静になっておくべきでした」
エイルは大きく吸って、出来る限り肺の中から空気を吐き出す。3回やって、頭を冷やし、気持ちを切り替える。
「他に何か書かれている事はありましたか」
「こちらを渡そうかね」
地図が渡された。南にストリア地方北部の海岸がある。その北に東西が長く、大きい島がある。巨人の島と呼ばれるものだ。エイルが持つ地図と同じだが、島の北部の海岸沿いのほとんどが水色で塗られている。比較的標高が高い地域に赤い点がちらほらとある。ティタンから黒い矢印の線が引かれており、霜の村と書かれた所で止まっている。
「現状把握してる最新のものだそうだ。とは言え、細かいとこは全くらしいがな。彼奴のいる、つまり最も被害が大きいとこは、私達の間では霜の村と呼ばれていてね。黒い線のあれは行き方を示したものさ」
「新しい情報を教えてくれるだけでもありがたいです。地図に関して、質問したい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「ああ。答えられる範囲でなら」
エイルは思った事を口に出す。
「転移陣の設置はどうなっているのでしょうか。地図にはなかったので」
空間転移は30年も前に生み出された画期的なものだ。ストリア大陸の国家なら、何ヶ所も設置しており、国家が設置したものの場合、地図に場所まで明記されている。これがエイル達にとっての常識だが、巨人の島は特殊で、王が国を治めているわけではない。把握していないだけで、転移陣が設置されている可能性は十分にある。
「転移陣はあるにはあるんだが」
オリーブは困った顔になる。
「かなり限定的なんだよ。居住地から祭壇までしか飛ばせない。短縮出来るようなものはこの島には存在しないんだ。かなり閉鎖的だからね。領主同士の付き合いでも、巨人の王が決まる時以外はあまり交流せん。頻繁にやるのは、せいぜい隣の領地とぐらいだね。普通の住人なんてもっと交流せんよ」
頭を抱えたい事実だった。険しい山の道を歩くしかない。物資を持って、霧の村に向かうため、体力がないとキツイ。どう編成していこうかとエイルが考えていた時だ。
「心配はいらん。あとで夫に相談して許可を取ろう」
生活について全く情報を持っていないため、想像がつかず、エイルは傾げる。
「何の許可……なんですか」
「神獣様と伝えられている猪さ」
とんでもない言葉が耳に入った。運が悪かったのか、エイルがむせた。
「ゴホ。ゴッホ。し……神獣様と言いました?」
「おう。言った言った。空飛べるし、何処でも行けるから、使えるぞ」
オリーブはエイルの反応を面白がっていた……ように思える声だった。ペースに持っていかれるわけにはいかないと、咳払いをする。
「ごほん。とりあえず移動はどうにかなると捉えてもよろしいでしょうか」
「そうだね。今の内に編成を考えておきたい。こちら側からも何人か入れておこう。獣使いが必須だからね」
神獣といっても、猪と言っていたため、若干の不安があった。獣使いの存在を聞いて、エイルはホッとする。
「助かります。どれだけ借りられるのでしょうか」
「全部だと20頭ぐらいかね。台車もつけておけば、物資の運搬も可能だ。あそこはかなり頻拍してるからね。出来るだけ持ってった方がいい」
災害に遭い、居住区にある分の物は濡れたり、流されたりして、使えないはずだ。蓄えがあると聞いてはいるものの、限りがあるため、躊躇したくなる。
「しかしそれだとここの方は」
「薬に関しては使わない分は、山で貯蔵するのが常識さ。数か月分は問題ない。足りない分があったら、持ってっても良いからな」
遠慮なく持っていって良いと聞き、エイルは思わず頭を下げる。ある程度自分達も用意はしているが、足りない可能性は十分にある。補充が出来るだけ、ありがたい。
「ありがとうございます」
「頭を下げなくてよい。むしろこちら側が感謝したいとこなのだが。次は派遣人数を考えておこうかね。2人ほど、治癒魔術師を置いてもらえると助かるが」
2人の会議は夜になるまで続いた。外にいる侍女らしき茶髪の女性が夕食だと呼んでくれた。
「腹が減っては何とやらだ。食べようではないか」
「はい」
色々と行動したいのが山々だが、既に夜になっており、これ以上は動けなさそうだ。初日である程度情報が手に入り、地元の人と協力できるだけでも良しとしようと思った。
「夕食後、明日のことを話すからな! 食べ終わっても、その場から移動するなよ!」
「はい!」
被害が最も大きいと聞く霜の村に行く。ここ以上に覚悟をしないといけない。エイルは一瞬だけ夜空を見て、仲間達が集まっているところに行くのだった。
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