第12話 空間転移陣設置

 魔術師であるヴィクトリアは徒歩で川原に向かう。ようやく転移陣の設定する数値を定める事が出来、試験段階に入ったのだ。羊皮紙と片手サイズの水晶玉など軽いものしか持って来ていないため、水汲みしている人よりも早く辿り着く。


「この辺りね」


川原と言ったが、草が豊富にあるため、黄緑色の草原に近い。目の前に穏やかな川がある。透明で魚や川エビなど様々な生き物が生存している。向こう側にいる鮮やかな青い鳥が小魚を捕らえ、何処かへ飛び去って行く。


別の所を見ると、2つの角を持つ魔獣のバイコーンが水を飲んで休んでいる。彼女が見たものは自然豊かなフィー公国の日常風景のようなものだろう。


「ドラグ王国も森とかあるけど……ここまでないわね。しょうがないとこあるし」


感想を言った後、少女は準備に取り掛かる。腰に付けている鞄から片手サイズの連絡用の水晶玉を取り出し、小石をかき集めて固定化させる。


魔法陣が書かれている丸めた羊皮紙を広げ、飛ばされないように大きめの石を文鎮代わりに紙の上に置く。麻の袋を取り出し、紐を緩め、赤い粉が出て来る。魔術を使って、魔法陣を描いていく。


「ふう」


一息ついて、しゃがむ。地面に置いていた水晶玉に手をかざす。魔力を込める。仄かに白い光が灯る。


「先生。魔法陣の設置、完了しました」


誰かに話しかけるように声を出す。


「はーい。こっちも終わったところよ」


水晶玉からルーシーの声が聞こえてくる。


「やっていきましょうか。まず私の方から送るからちょっと待ってね」


空間転移、テレポートとも言う。重かろうと多かろうと特定の位置に送る事が出来る便利な魔法である。


ただ欠点としては空間転移陣と呼ばれるものの設置に時間がかかり、定期的なメンテナンスが必要ということ。更に優秀な魔術師が必須で、色々な面で手間がかかるため、今も運搬が一般的だったりする。


「分かりました」


空間転移は試行を繰り返して、修正をしていく。最初は軽くて壊れても問題のない物

を送る。ヴィクトリアの目の前にある仮の魔法陣に転送されてきた。魔法の羽ペンだ。それを手に取る。


「損傷とかないかしら」


観察する。新品の羽ペンだ。傷ひとつない。


「ええ。ありません」


「良かった。今度はそちら側から送っていただけるかしら」


「分かりました。数秒後に送ります」


すぐに送り返す事が出来るわけではない。多少のラグがあるし、魔法陣の維持にも魔力を使う。そのため、ヴィクトリアは先程のように言ったのだ。再びキャンプ地に送る。魔法陣が光り、物が消える。


「先生。届きましたか」


「ええ。ばっちりよ。どれぐらい調整出来そう?」


転送出来る事を確認し終え、次の段階に進んでいく。


「バケツ1つぐらいまで出来たらと思うのですが」


「そうね。今日の目標はそれにしましょうか。でも魔獣がいたら、即中断する事。分かった?」


彼女は周辺を見渡す。今の所、魔獣がいないようだ。だが油断出来ないのも事実である。


「分かりました。身の危険を感じたら、中断します。それでは数値を少しずつ上げていきます」


この後、予め持ってきた軽食を口にしながら、空が橙色になるまで調整を続けた。身の危険に及ぶ事もなく、この日は順調に終わった。


「ただいま戻り……」


ヴィクトリアは徒歩でキャンプ地に戻り、帰還の報告を食堂に当たるテントにいるラークスパーに伝える。視界にうつぶせ状態のエイルが入ったため、言い終わってはいないが。


「あまりやってない事を引き受けてくれましたからね。そっとしておいてください」


察した彼は軽く教えた。


「はあ……」


事情をあまり知らない彼女は傾げながら、お茶とサンドイッチを貰い、静かにエイルの右隣に置き、夕食をいただく。


「……お疲れ様」


やっと彼が話してくれた。ぼそぼそと小声気味で聞こえづらい。


「相当疲れてるみたいね。何したのよ」


「カウンセラーをやった。彼奴に押し付けられた。慣れてもいないのにクソが」


「あーそれはまあドンマイ」


慣れていない事を急にやれと言われたら、誰だって疲れるだろう。


「ゆっくり休みなさいよ。明日に支障出たらシャレにならないし」


「そうだな。そうしておくよ」


しっかりと睡眠を取り、翌日も現場に行って、細かく調整を繰り返す。地道で大変な作業で、魔獣の襲来が来てもおかしくない。それでも数時間も出来たのは幸運だっ

た。


「明日から本格的に設置が出来るわね」


「はい!」


結果として、予定より2日ほど早く、川原に転移陣の設置が開始される。


「かんぱーい」


目途が立ってきたため、テントの下でちょっとした祝会だ。木のコップがぶつかり、反動でぶどうジュースが少しだけ飛び出る。


「2人とも嬉しそうだな」


偶然通りかかったマチルダはルーシーの隣に座る。


「そりゃそうさ。いよいよ設置出来そうだからね」


いつの間にか、ヴィクトリアの右隣に、ダンデがいた。気付いていなかった彼女はびくりと体が反応する。


「あらー知ってたのね。ラークスパーさんから聞いたのかしら」


向かい側にいるルーシーはいつも通り、のんびりと尋ねていた。


「ああ。手伝いをしてくれと頼まれたよ」


ダンデの答えで、ヴィクトリアは報告時に聞いたことを思い浮かぶ。


「2人ぐらい助手させてもらうって聞いてたけど、まさかあなた達なの?」


「そうだね」


すぐに肯定。


「あなた達なら任せられるわね。よろしく」


「こちらこそ」


そして本格的に転移陣設置が開始される。荷物を川原に置く。最初は魔力の流れを観測し、一番良い位置に結界を作る。


「結界と言う割には……入れるな?」


マチルダの疑問は最もだ。結界と書いているが、ただのマーキングにしかすぎない。


「印として付けてるだけなのよ。結界が便利ってだけで、正直なんでもいいの」


「なんでも……いいのか。これを置いておけば良いのか」


力のある彼女は軽々と大きい板を持ち上げ、結界のある場所へ持っていく。


「ありがとう。……今派手な音、しなかった?」


木々の上から土煙が見えている。


「あっちに大蛇がいたからな。それを追い払うため、ダンデが戦っているのだろう」


「あなたも戦闘に入らなくてもいいの? ほら。相性だってあるじゃない」


丸めている雨宿りの設計図を広げながら、ルーシーは心配そうに森を見る。


「心配はいらない。森の中での戦闘なら、私よりも得意だ。実際にキャンプ地近くで

やったから分かる」


ヴィクトリアはダンデとマチルダの戦闘を思い出す。


「やってみる事で分かる事もあるわよね。でも音聞こえなかったわよ?」


「そのですね。私が音を消す魔術を使ってて」


元生徒はルーシーから視線を逸らしながら言った。申し訳なさがにじみ出ている。


「鍛錬としてやってたわけね」


「そうだ。鈍った体で戦うわけにはいかないからな。定期的にやっている」


「大体は夜なんで、私が色々と補助してる形ですね」


定期的に2人は近くの森で模擬戦闘を行っている。騒音地が近所迷惑レベル以上なの

で、魔術師の彼女が音を消しているのだ。


「あらまあ。次やる機会があれば、私も呼んでね。どう戦うのか興味あるわー」


「ダンデと話してみよう」


話を交えながらも、作業は着実に進んでいく。魔術を使って、時間短縮をしているため、昼前には雨宿りを完成する事が出来た。


「次はどのような事をやる」


「魔獣が来ないか見てくれると助かるわ。先生、これ」


次は魔術師が転移陣を設置する。今まで設計したものと睨めっこしながらなので、周

囲の警戒が出来なくなる。そのための警備である。


「何をやっているのかさっぱりだな」


「俺もだ」


空間転移などの魔術の素人にとって、到底理解出来ないものだ。座り込んで魔力を込めているようにしか見えない。


「ただこういうのは相当な集中力が必要だってのは分かるね。向こう側に何かいるし、ちょっと追い払っておくよ」


「そうだな。ああ。頼む。2人の事は私に任せてくれ」


作業に没頭している2人を守るため、ダンデとマチルダは定期的に魔獣を追い払いながら、時間が経過していく。


「終わったー!」


日が暮れる頃だった。2人の叫び声が耳に届く。貴族の女性とは思えない寝転び方で

ある。優雅さがひとつもない。


「お疲れ様。これで完成かい?」


ダンデはしゃがんで、優しく微笑む。


「せっかちな紳士様、実はまだよ。何回か試して、微調整しないといけないの。大幅なズレがあるだけで、不備が出ちゃうから」


「難易度が高いのも納得がいくね。ただもう疲れただろ。それに直に日が落ちる。帰ろうか。疲れてるのなら、姫様抱っこでも」


ルーシーの答えを聞き、ダンデは空間転移の難しさを知った。さらっと抱っこして帰る提案をしているが、ただのノリだろう。多分だが。


「遠慮するわ」


ヴィクトリアが即拒否した。


「冗談だよ」


「分かってるわよ」


互いに笑いながら、キャンプ地に戻る。到着した時、やたらと騒がしい事に気付く。


「何かあったのかしら」


「さあ」


何も知らない彼女たちは疑問を持ちながらも、ラークスパーがいるはずのテントに向かおうとする。周りがお祭り状態だ。


「まるで祝い事が始まるような雰囲気だな」


マチルダの言葉通り、明るくて、楽しい空気が漂っている。


「確かこの時期に祭りが行われてると聞いていたけど……何だったかな」


彼は何か知っている様子だが、思い出せないのか、悶々としている。ヴィクトリアは

顔を左右に動かし、周辺を観察しながら言う。


「確かに祭りっぽいわね」


大多数が浮かれていた。主にキャンプ地で生活している猫耳や透明の羽を持つ女性達だ。踊っている人もいる。偶然、目が合った女性が教えてくれる。


「おかえりなさい。今日は妖精踊りなんです。女王ティターニア様に捧げる日。だか

らこうして踊りの衣装を着て、楽しんでるわけで」


事情を知った後、辺りをぐるりと見る。花や蝶などの刺繍が施されているドレスがちらほらと。普段の質素な恰好ではない。祭りのために用意された伝統衣装という奴なのだろう。


「あなたたちもぜひ、ご参加くださればと思いますが、ラークスパーさんの報告とかありますもんね」


「そうね。でも報告とかは私とヴィクトリアだけだし……ダンデとマチルダはどうするつもりかしら」


ルーシーの言う通り、彼への報告は魔術師2人で十分だ。助手2人は既に自由の身だ。


「そうだね。俺達も参加しようか。体力は大丈夫かい」


「当たり前だ」


ここからフリーの2人は踊りに参加するみたいだ。


「何で2人とも魔獣追っ払ったりとかしてるのにまだ平気な訳?」


ヴィクトリアは感心しているような、呆れているような、よく分からない顔になっていた。


「慣れって奴かな」


2人が同時にさらりと答える辺り、流石と言うべきだろうか。


「あーはいはい。私達は報告してから、見させてもらうわ。正直踊る元気がないのよね」


「それじゃ。楽しんでいってねー」


魔術師2人は彼らと一旦別れ、ラークスパーがいる所に行く。報告会だが、淡々とやっているだけなので、割愛させていただく。彼に伝えた後、テントから出て、ルーシーは背伸びをする。


「終わったことだし、ご飯でも食べながら見ましょうか」


「そうですね」


本日の仕事がやっと終わり、ゆっくりする時間になる。踊りを見ながら、食事をするのも楽しいものだ。


「あら。エイルが踊ってるわ」


「あ。ほんとですね。違和感ないのが恐ろしい……」


誰かから借りてきた踊りの服を着たエイルが広場でグルグルと回って、リズムを取って、踊っていた。化粧などは嫌がったはずだが、今の顔はそうと見受けられない。踊り自体は嫌いではないのだろう。


「本格的に転移出来るようになったら、こういうのやるのでしょうか」


「さあ。それはその時になってみないと分からないわね」


のんびりと祭りを見て楽しんだ次の日、2人は転移陣の微調整に取り掛かる。数値がズレる事で、体の上下がバラバラになるのはシャレにならないため、やっておく必要がある。これが時間のかかる1番の理由だったりする。


「終わったー!」


最初の値よりも変更点があったため、3日ほどかかった。最後のテストで四肢の無事と木のバケツの無事を確認し、転移陣の設置が終わった。明日から本格的に使える。


「明日から使えると!?」


ラークスパーに報告をし終えると同時に、忍び込んでいた治癒魔術師達が一斉に出て来る。暇ではないはずだが、その辺りの言及はよしておこう。


「やったー! これで仕事が減る!」


「重い肉体労働が終わった! 女神ありがとー!」


「よーし! 今夜は祝いだ! 果実酒持ってこーい!」


テンションの上がりが凄い。場酔いしちゃっている人もいる。はしゃぐほど、嬉しいのだろう。


「あなたたちのお陰で、1つの問題を解決する事が出来ました。ありがとうございます」


治癒魔術師の代表から感謝の言葉を送られ、ヴィクトリアとルーシーは笑顔になる。


「力になれて良かったです。定期的に検査を行ってください。フィー公国ならここが応じてくれますから」


ヴィクトリアは転移陣のプロがいる組織名を書いた紙を代表に渡す。


「わざわざ教えてくれるとは……本当にありがとうございます。今夜はあなた達が主

役です。ご要望があれば、言ってください」


「そっそこまでやらなくても」


少女は狼狽えてしまう。


「じゃあいつもより豪華な食事をよろしくお願いします」


元先生はにこにこと素早く要望を出した。経験の回数で出てきた反応の違いなのかもしれない。


「分かりました。思い切り楽しんでください」


空間転移陣の設置が終わり、水のやりくりは楽になった。彼女達が纏めた書物はやがて、大陸中にマニュアルとして伝えられる事になるのだが、それはまだ遠い話だ。


「はい」


「うふふ。思い切り楽しみます」


今は終わったあとのお楽しみを満喫する魔術師2人だった。

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