第十六話 【神聖国】戦線


 カンウとヒアが王国のダンジョンの攻略を始めている頃・・・。


 神聖国では、カミドネ・ダンジョンから選出された者たちが、神聖国の軍と戦端を開いていた。

 当初は、有利に進めていたが、神聖国の中央部隊が瓦解してから、陣形がカミドネ・ダンジョン側に不利な状況になってしまって、膠着状態になっている。


 カミドネ・ダンジョン神聖国遠征部隊。

 トレスマリアスたちが、各部隊から上がってきた情報を精査していた。膠着状態になってしまったので、距離を開けて、相手を牽制している。既に、3日が過ぎて、新しい動きを考え始めていた。


「魔王様への報告は?」


「必要ありません。カミドネ様にご連絡を・・・。フォリ様が、”魔王様に報告をあげる”とおっしゃっていました」


 最前線では、カミドネの眷属たちが召喚した魔物と一緒に先頭に参加している。


「アンデッドは?」


「まだ大丈夫ですわ。左翼から崩します」


「左翼は、獣人たちですよ?」


「獣人たちが、”自分たちにも”とおっしゃっていまして」


「アンデッドだけでは、怖いですわ。イドラ殿に助勢をお願いしましょう」


「イドラ殿は、右翼の牽制をしています」


「右翼を自由にさせるのは、全体を危険に晒します。中央が再編を完了する前に、攻勢に出たいですね」


 戦線は、トレスマリアスの3姉妹が構築して維持している。


 長女のマリアが全体を把握して、魔王カミドネに逐次報告を上げている。

 戦力の投入を仕切るのも、マリアの役割だ。


 マルタは、戦線の状態を監視するのは同じだけど、相手側の陣地を見て突撃などのタイミングを見計らっている。


 マルゴットは、忙しく陣地を往来している。

 戦力の状態を確認しているのだ。


 戦線は、小競り合いは頻繁に発生しているが、攻勢に移るタイミングが掴めない。


 神聖国側は、アンデッドだけだと思って甘く見ていた。奴隷にした獣人を肉壁にしながらスキルで攻撃をすればアンデッドだけの軍なら瓦解すると考えていた。獣人たちが無力化され、スキル攻撃が思っていた以上に効果が発揮されなく、攻勢に出るタイミングを逸してしまった。

 右翼は、少しだけ高い場所に陣地を形成した。遠距離からスキルや弓で攻撃を行っている。左翼は、神官が少ないのか、動きが鈍くなっている。奴隷兵が多かった中央は、既に瓦解して、後方に下がっている。


 マルタは、中央が下がるのに合わせて、戦闘をしつつ中央を攻撃し続けようと考えたが、中央の瓦解と同じくらいにほぼ無傷だった右翼が後方に下がらずに、そのまま左側に展開を開始して、丘になっている部分に陣地の構築を成功させていた。


 神聖国の右翼は、アンデッドで攻めるには、スキルが厄介だ。

 獣人では、近づくのも難しい。


 今は、イドラが牽制の役割を担って、丘の上から降りられないようにしている。


 ここで、神聖国の左翼が瓦解すれば、一気に情勢が変わるのだが、神聖国も解っているのだろう。陣地に籠って出てこない。

 陣地に押し込めて、通過する案もあったのだが、アンデッドだけでは難しく、獣人族では被害が出てしまう。


 獣人は、被害は想定していると言っているが、魔王カミドネからの命令は、”召喚する魔物以外の被害は出すな”という無茶な物だ。

 眷属は、魔王カミドネの命令は厳守しなければならない。その為に、考えられる全ての事柄を実行しなければならない。


 中途半端は許されない。徹底的に、神聖国を叩くのが、魔王カミドネと魔王からの命令だ。


「マリア!マリア!」


 後方で、伝令役をお願いしていたキャロが本陣に駆け込んできた。


「キャロ殿?何か、問題でも?」


「違う。増援が来た」


「増援?カミドネ様が?」


「違う。魔王様。カンウ殿とヒア殿が率いていた者たちが、こちらに加勢する。と、言っている」


「え?すぐに、会いましょう」


 人族の青年というには若い者が、マリアの前で頭を下げた。


「ヒカと言います。マリア殿。カンウ。ヒア。および、モミジ。ミア。ルブランからの許可を得て加勢に来た。俺たち、カプレカ島の混成部隊、総勢2,500。マリア殿の指揮下に入ります」


 驚いたのは、マリアたちだ。

 本家奔流のカプレカ島の部隊だ。主筋である魔王の配下だ。

 身分的には、ヒカのほうが上だ。


「指揮下?私たちの?」


「はい。この場所はマリア殿たちの戦場です」


 マリアは、納得した。

 カミドネ・ダンジョンに任された戦場だ。加勢が来ても、主で戦うのは”カミドネ・ダンジョン”でなければならない。


「わかりました。ヒカ殿たちは、右翼・・・。丘の上に展開している部隊の牽制をお願いします。右翼が抑えられている間に、左翼に圧力をかけます」


「わかりました。相手次第ですが、牽制だけで良いのですか?恥ずかしい話、私たちは、王国で戦うことを考えていたのですが、王国兵は戦う前に逃げてしまって、ダンジョンが主戦場になってしまって、活躍の場が無くなってしまいました。野戦用の部隊なので・・・。後ろから来る部隊が、ダンジョン攻略部隊です」


「そうなのですか・・・」


「それでは、右翼部隊を殲滅・・・。いや、牽制します。ご武運を!」


「ご武運を」


 マリアは、ヒカを見送ったが、武運を祈る必要があるとは思えなかった。


 丘の上に展開している部隊は、神官が中心になっている10,000名程だ。陣の造営が行われていると言っても簡易な物だ。そして、神聖国の右翼は、カミドネ・ダンジョンの部隊と対峙していると考えている。

 神聖国の聖王ルドルフから、陣営の死守を厳命されている。ルドルフの命令に従う義理はないと思っている者も多い。推されているが、対峙しているのがアンデッドなので、神聖国の武器やスキルが有効なのが解っている。有効な攻撃があるために、神聖国の右翼は楽観的に考えていた。


 ”自分たちは、無事にやり過ごす事ができると・・・”


 ヒカは、まずは牽制していたイドラと合流して、神聖国の右翼に関しての大まかな情報を収集した。


 情報は、分析するまでもなく、”守”に徹して、外に出てこない。

 安全な位置から、アンデッドに有効なスキルを使うか、弓で近づかせないようにしている。


 ヒカの作戦は単純だ。

 神聖国の戦力とこれまでの戦い方を聞いて、作戦を皆に伝える。


 中央を一点突破して、後方に抜ける。後方を遮断して森に逃げられないようにしてから、半包囲を行う。連合国を相手に、採用した作戦だ。ヒカは、神聖国の意思に統一性がないことを見抜いていた。まとまっているのは、戦いを有利に進める為ではなく、自分が死なないための方法だと考えた。

 ヒカたちの戦力は、2,500。それに、カミドネ・ダンジョンから借りた召喚されたアンデッドだ。アンデッドは、数だけは多い。ほぼ無限に使える戦力だ。包囲戦には向いている。

 一点突破が失敗した場合でも、左右に陣地を半包囲することで、中央や左翼への救援に行かないようにできる。


 ヒカは、右翼に王国軍との戦いで活躍ができなかった者たちに戦闘の機会を与えようと思っている。


 そして、すさまじい速度で右翼に肉薄して、中央を食い破ったヒカに率いられた混成部隊は、楽々後方に抜けて、展開する。半包囲を完成させてしまった。一人の犠牲も出さずに、神聖国の右翼を無力化してしまった。


「ヒカ!」


「ベクか?どうした?」


「このまま包囲するだけでいいのか?もし・・・」


「わかっている。次に敵陣に突撃する時には、熊人の分隊に任せる」


「助かる」


 中央突破作戦は、機動力を重視して戦力が中心になっていた。熊人は、機動力はそれほど高くない。

 そのために、半包囲作成では活躍の場が限られてしまっている。


 ヒカは、最後の一撃を熊人族に頼むことでバランスを取った。


 実際に、対峙した神聖国の右翼は、どの分隊が突撃しても、一息に飲み超える程度の練度だ。


 ヒカが右翼を担当した事で、自由になったイドラが左翼を牽制することが可能になった。

 膠着していた戦線に変化が訪れた。


 イドラに率いられた魔物たちは、左翼の陣地を急襲した。

 浮足立った左翼に、アンデッドの集団が連続で襲い掛かる。


 堅牢な左翼だったが、一つが崩れれば早かった。2度の攻勢で、アンデッドの圧力を逸らすことに失敗した左翼は、一部の将校が逃走した。敗走になるまで、もう一度の攻勢しか必要がなかった。


 こうして、神聖国の遠征軍5万で戦力の形で残っているのは中央の2万弱だけになった。

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