第六話 ギルドvsギルド


 ボイドは悩んでいた。


 ギルド本部に反旗を翻したのは後悔していない。必要なことだと本気で思っていた。昨今のギルドは、あまりにも二つの国家に近づきすぎている。それに、ギルドと神聖国には、秘密があり、その秘密をボイドたち情報部はしっかりと握っている。


「君が、今代のボイドなのか?」


「そうです。情報部の取りまとめをしております」


 今日のボイドは、朝から客人との打ち合わせを行っている。

 帝国の上級貴族に連なる者との面談や、帝国だけではなく、大陸に根を張る商家との面談を行っていた。そして、今日の最後に面談が、目の前に座っている男だ。護衛も連れていない。


 ボイドは、目の前に座る男を観察している。

 胸板だけではなく、腕にも、この男が死線を潜り抜けてきた証が刻まれている。


「本部のギルド長が、新しいギルド支部に足を運んで、よろしいのですか?」


「俺は、ギルド長を辞任してきた」


「・・・」


 ボイドは、既にその情報を掴んでいたが、情報の到着と同時に、当人が来てしまって、頭を抱えている状況なのだ。


「単刀直入に言おう。ボイド。俺は、今のギルドのやり方が気に入らない」


「は?」


「だから、貴殿たちに協力をすることにした。俺と同じ考えの者たちだ。賛同者と考えてもらって問題はない。リストを持ってきた。好きに使ってくれ」


「ちょっと、ちょっと待ってください。どういうことですか?」


「お前たち、情報部は、今のギルドのやり方に反対なのだろう?」


「えぇ」


 既に、ギルド本部で禁止とまでは言われていないが、禁止に近い命令を伝えられた人族以外の採用を行っている。それだけではなく、報酬額も同額になるようにしている。ギルド長に知られていて、その件を咎めに来たのだと思っていた。

 言い訳をするつもりはなく、ギルドのやり方を公然と批判するつもりで居たのだ。


「俺も、俺たちも、同じだ。人族だけが、優遇されるのは、ギルドの設立理念から考えても間違っている。俺たちがいくら正そうとしても、連合国や神聖国と結びついた理事たちが許さない」


「え?しかし」


「あぁ俺たちも表面的には、人族の優遇を続けてきた」


「表面的?」


「情報部の目を誤魔化すのに、いろいろ細工は必要だったが、カプレカの魔王ルブランのような者が出てくるのを待っていた」


「それは・・・」


「わかっている。これ以上は、貴殿が相手でも言わない」


「ご配慮。ありがとうございます」


「連合国も、神聖国も、本当は解っている。人族だけで国家の運営が不可能だと・・・」


「・・・」


「おっと、言っても意味がないことだな」


「・・・。はい」


「しかし・・・。ならば、認めればいい。奴らが選んだのは、愚かな選択肢だ」


「ギルド長。話は、わかりました。しかし・・・」


 ボイドが聞きたいのは、現状の考察ではない。

 ギルド長が、ギルドの現体制を批判している理由を知りたい。


「そうだな。俺には、ドワーフの血が入っている。1/16だけどな」


 ギルド長は、ボイドの”しかし”を遮る形で、理由を説明した。


「・・・」


 明かされる秘密だが、理由にしては弱いとボイドは感じている。


「俺は、じいさまが好きだ。それが理由だ」


 しかし、ギルド長が示した”理由”はそれだけだ。

 他にも、なにかあるのかもしれないが、これ以上は話をしてくれないだろうと、ボイドは考えた。


「わかりました。信頼は出来ませんが、話を伺います」


 ボイドは、姿勢を正して、ギルド長を正面から見つめる。


「ありがたい。リストは、情報部が掴んでいるだろう内容と違いはないだろう」


 ボイドは、資料をパラパラと見ながら頷く。大きな違いはない。知らない名前や支部があるが、それは急遽立ち上がった支部のようだ。


「ギルド長。この支部は?」


「反対派の奴らを黙らせるために作った」


「?」


「新しい支部には、本部に批判的な考えを持つ者たちを集めた。いつでも切り離せるように・・・。な」


「そういうことですか・・・。しかし、これは・・・」


 ボイドは、ギルドで配布されている地図を持ち出して、新たに作られた支部を確認する。

 新しく作られた支部は、各国の辺境と呼ばれる場所に多く配置されている。しかし、その支部は、連合国と神聖国を取り囲むような位置にも思える。


「そうだ。各国の辺境にギルドを作った」


「確かに、辺境ですね。しかし・・・」


「新しいギルドは、本部の意向に従わずに、人族の優遇を行っていない」


「そうですか・・・。わかりました。それで?ギルド長は、何をお望みなのですか?」


「そうだな。こちらの、魔王・・・。ルブランと言ったか?魔王ルブランとの橋渡しだな。あとは、出来たら、辺境のギルドを繋ぐ方法が欲しい」


「魔王ルブランとの橋渡しは・・・。ギルド長の肩書では難しいと思います」


「それは大丈夫だ。もう俺は、ギルド長ではない。奴らに投げつけてきた」


「はぁ・・・。それでは、なんとお呼びしたら?」


「ん?そうだな。メルヒオールでよい」


「ありがとうございます。メルヒオール様を、当ギルドの顧問に登録します」


「そうか、そんな制度が残っていたな」


「はい。今回は、使える制度だと思います」


「貴殿に任せる」


 メルヒオールがボイドの部屋から出ていくのを見送ってから、奥の部屋から二人の男が出てくる。


「魔王ルブランに接触は可能か?」


「可能です」


「頼む」


「はっ」


 一人の男が、入ってきた扉から出ていく。

 話を聞いていたので、状況は把握しているのだろう、余計な話はしなくても、自分のやるべきことは解っている。


「それでは、私は、ギルド本部に潜り込みます」


「頼む、無理はしないで欲しい。危ないと思ったら、引き上げてきてくれ」


「かしこまりました」


 もう一人の男も、ボイドから、命令を告げられるまでもなく、自分がすべき内容は把握している。


 ボイドは、自分が動けなくなり、部下を使うことが多くなった。

 帝国とカプレカ島と魔王城との微妙なバランスの上に、城塞街は成り立っている。成り立ちを考えれば当然のことなのだが、ボイドは、この城塞街と新しい魔王である魔王ルブランが作るカプレカ島が、自分たちギルドを本来の役目に戻してくれるのではないかと密かに考えている。


 ギルドは、ギルドを取り戻す必要がある。

 人族主義に染まった上層部ではなく、連合国や神聖国に毒された上層部を一掃して、ギルドを本来の役目に戻す。ボイドたち、情報部が命がけで各地から集めた情報を、上層部は連合国や神聖国に渡していた。この事実だけでも、情報部はギルドに裏切られたのだ。


 ボイドたちは、魔王ルブランのような規格外の魔王の誕生を心待ちにしていた。


 力を持ち、聞く耳を持つ魔王の出現を・・・。

 ギルド本部からの命令は、”魔王の支配”だった。支配が不可能な場合には、抹殺を指示されていた。ボイドたちは、慎重にことを運んだ。


 帝国にギルドからの情報だとわからないようにして、連合国や神聖国に繋がりを持つ者たちの情報を流した。7番隊にはバレていたのだが、帝国はボイドたちが考えた通りに動いた。帝国の上層部とボイドたちの思惑が一致した。


 魔王ルブランは、帝国の上層部とボイドたちにとって理想的な魔王だ。

 剣を向けなければ、剣を向けない。

 会話には会話で返してくれる。


 それだけではなく、人種に差別意識を持っていない。ボイドたちにとっては、力を持ち、人種差別もなく、そして、ギルドや帝国に一定の距離感を持って接している。国を退ける力を持つ魔王なのに、力を行使しない。

 実際に、魔王城の内部は、いまだに不明な状態だ。


 ボイドは、城塞街に設置されたギルドから、カプラン島とその先に見える魔王城を眺める。

 白い四角い建物が、朝になったら魔王城に相応しい出で立ちに変わっていた。本当に、魔王ルブランは、ボイドたちを持ってしても、底がしれない魔王だ。歴代で最も素晴らしい魔王なのかもしれない。ボイドは、敵対しない方向に舵を切った自分たちの選択が間違っていないと、魔王城を眺めながら考えていた。

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