第三話 【帝国】派遣部隊
「殿下!殿下!」
「なんだ!俺は、今、魔王討伐の兵を編成するのに忙しい。くだらない話なら、お前を処断するぞ」
豪華な部屋に、装飾が施された机に、御前会議で、魔王討伐を言い渡された男が手元に視線を落としながら、部屋に入ってきた男に答える。
「いえ、その”魔王討伐”の任に、是非、我ら、第七番隊に参戦の許可を・・・。お願いいたします」
部屋に入ってきた男は、床に頭が付くのではないかと思うくらいに、殿下と呼びかけた男の前で、頭を下げる。
「そうか、貴様の部隊か・・・」
殿下と呼ばれた男は、考えるフリをしながら、指で机を弾いている。
部屋に、机を弾く音が静かに響いている。
10を数えるほど、音が響いてから、殿下と呼ばれる男が、立ち上がった。
「座れ」
「いえ、殿下。この場所で」
「いいから、座れ」
「はっ」
二度目の指示で、
座ったのを確認して、殿下が机から持ってきたのだろう、一枚の資料を渡す。
「読め」
「はっ」
「殿下。これは?」
「前魔王の情報だ」
「・・・」
「貴様は、こんな愚かな魔王に、第七番隊が必要だと言うのか?」
「殿下。殿下。この魔王は、たしかに愚かですが、次の魔王も愚かだと決まったわけではございません。何卒、斥候を専門とする、我が部隊を、殿下の討伐軍の末席にお加えください」
「ならぬ。貴様は、継承権第一位の俺に、卑怯者と、陰口を叩かせたいのか?」
「殿下。斥候は、卑怯ではありません。殿下も、ご存知のことだと思います」
「・・・。解っておる。解っているが、俺の継承に文句を言いそうな奴らに、付け入る口実を与えるのはまずい」
「・・・。殿下」
「貴様の懸案もわかる。わかるが、実績を積み重ねなければならない。連中が押している、弟が勢いづくのは、問題だ」
「殿下。わかりました。しかし、罠の発見が出来る者が居ないのは、問題です」
「大丈夫だ。1,000の奴隷兵を連れて行く、」
「奴隷兵ですか?」
「陛下からの命令だ。使い潰しても問題がない兵に先行させて、罠を潰していく、魔王は直轄の騎士100で叩く、過去の事例を調べても、魔王が”武”を示したことはない。魔王までたどり着ければ、簡単に討伐できる」
「しかし・・・。奴隷兵を使うのは」
「わかっている。犯罪奴隷を中心に編成をさせた」
「第15ですか?」
「そうだ」
殿下は、隊長の懸念を示す発言を肯定した。
帝国には、貴族の私兵を除くと、皇帝直轄の部隊が15まで存在する。それぞれに役割がある。役割分担が出来ていると言えば聞こえはいいが、実際は足の引っ張り合いが発生している。帝国が、最大の国なのも影響している。外に向けて部隊を派遣することが少なく、貴族の私兵との共闘が多くなる。近衛兵は、皇帝の家族を守るという役割があり、外に向けての武を示す必要はないが、各部隊は、部隊ごとの特色もあり、外に向けてのアピールが必要になっている。
「殿下。それは・・・」
「わかっている。部隊長が、宰相派閥の人間だと言うのだろう?」
「・・・。恐れながら・・・」
「貴様は、何を心配している?」
殿下は、隊長を激しく睨みつける。
10以上も年齢が下の殿下に睨まれて、隊長は萎縮しないように気を張りながら答えを考える。
「はい。15番隊が奴隷兵を扱っているのは存じております」
「・・・。続けろ」
「はっ。部下が調べてきた情報では、違法な奴隷を数多く取り扱っております」
「違法?」
「はい。殿下に、今更、奴隷の解釈は必要ないと思いますが、15番隊が取り扱う奴隷は、犯罪奴隷と戦争奴隷に限られます」
「そうだ。借金奴隷は、解放の可能性があり、戦奴として使い潰せない」
「はい。しかし、15番隊は、奴隷商や金貸しと手を組んで・・・」
「・・・。本当なのか?」
「はい。それだけではなく、まだ証拠を掴むまでは至っておりませんが、神聖国から奴隷を購入しているという噂もあります」
「・・・。そうか、貴様が懸念しているのは解るが、奴隷は奴隷だ」
「・・・」
隊長は、黙って、殿下に頭を下げる。
これ以上は、何を言っても聞き入れてくれないのはわかっている。
それにこの時点では、奴隷兵と直属の騎士だけで、十分に魔王を討伐出来るだろうと、殿下も隊長も、そして魔王討伐に向かう誰もが信じて疑わなかった。
白い箱が消える二日前に、部隊編成を終えた殿下は、皇城のテラスから、編成された部隊を見ている。
皇帝からの勅命を受けて、魔王討伐に向かうことが発表された。
継承権第一位で、継承を確実にする。箔付けのために、出兵するのだ。
「殿下」
騎士の一人が、殿下の前に進み出て、剣をうやうやしく渡す。
殿下は、騎士から剣を受け取って、高々と剣を掲げて、宣言を行った。
テラスから、階段を降りて、兵たちが並ぶ場所に移動して、従者が用意していた魔馬に跨る。通常の馬の1.5倍ほど大きな黒い魔馬は、殿下が乗るにはふさわしい威圧感を持っている。
魔馬が動き出す。
ゆっくりとした動きだが、見ていた民衆からは大きな歓声があがる。魔馬の威圧感は、味方と考えれば頼もしい。あの魔馬に乗るのは、帝国の次期皇帝だ。そして、その後ろに従う騎士たちも、揃いの銀色に輝く、ミスリルの鎧に身を包んでいる。魔馬には劣るが、立派な体躯をしている馬に跨っている。
騎士の後ろには粗末な衣服を身につけて、首輪や腕輪をしている。1,000の奴隷兵が続く。
奴隷兵の後ろには、同じような衣類を来た、10の馬車や荷車を牽いた500の奴隷が続いている。
第七番隊の隊長は、輜重兵を率いる者に、部下を潜り込ませることに成功している。知っているのは、殿下と殿下の副官だけだ。輜重兵の隊長として用いることで、殿下の側で控えていても不自然ではない状況を作り出した。
行軍速度は、輜重兵に合わせられている。討伐部隊が、帝都を出たのは昼過ぎだ。
「殿下。予定通り、進んでおります」
「わかった。何人か連れて、野営の予定地を確認してこい。奴隷を連れて行け、場所の確保くらいには使えるだろう」
「はっ輜重兵からも連れて、殿下のお休みになられる場所を確保いたします」
「貴様に任せる」
討伐部隊を率いている殿下の頭の中には、魔王を討伐して、凱旋する自分を賛美する者たちと、皇帝となる自分の未来しか考えていない。
騎士たちも、同じように栄達するための一つの簡単なステップ程度にしか思えていない。
魔王を討ち取った者は、殿下の最側近になれる栄華だけではなく、帝都に屋敷が下賜される。陛下も殿下もはっきりと明言している。
最側近になれるのは、もちろん騎士としての目標でもあるが、帝都の屋敷が、騎士たちのやる気を引き上げている。
帝都の屋敷とは、帝国が滅ぼした小国の王族を住まわせたり、反乱や不正を行った貴族の令嬢や奥方を住まわせたり、綺麗所の奴隷を住まわせている。それを下賜するのは、住んでいる女性を好きにしてよいという意味が含まれる。
自分の伴侶として扱うのも、性奴隷として扱うのも、奴隷に落として売るのも、下賜された者の自由なのだ。
騎士たちは、殿下のためという建前の下、自らの欲求を満たすために、魔王を討伐したいと考えているのだ。
野営地で、休んだ討伐部隊は、余裕を持って、魔王が待つ魔王城に向かった。
白い箱は、通常よりも大きくなっている。通常は、部屋の2-3倍程度なのだが、今回の白い箱は、皇帝の住まいである。皇城と同等か、それ以上の大きさになっていた。
扉の場所を確認するために、奴隷兵たちを白い箱の周りに配置して、白い箱が消えるのを、用意された野営地でワインを注がせながら待っていた。
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