ちいさなちいさな物語

梛宮

1.王女と護衛騎士の口に出せない想い

「私は……っ」


護衛騎士である彼が壁を背にする自らが護衛する王女に迫る姿を誰かに見られれば到底ただではすまないだろう。

だが護衛騎士は決して王女には触れず、苦しげな声を絞り出し、切なげな表情を浮かべて彼女を見つめるだけだ。その瞳には護衛騎士の溢れんばかりの想いが揺らめき、王女の心は期待と戸惑いに揺れた。


「私……俺、は……貴女が……」


護衛騎士はそこまで口にすると唇を噛むようにして言葉を飲み込み、王女から1歩距離を取った。


「申し訳、ありません……」


そう言って護衛騎士が浮かべた笑みは王女が見た事のない程に苦しく切なげで、無意識に伸ばした王女の手が護衛騎士に触れそうになって止まる。彼らの関係性を思えば決して気軽に触れられるものではない。


(でも、私は……)


伸ばした手をなかなか下げることが出来ず、苦悩を滲ませた表情を隠すように俯いた王女はやがて力なく手を下ろした。王女である彼女には例え彼女がどんな想いを秘めていようとそれを口にすることは出来ない。

それでももしも、と考えてしまうのは。


(もしも私が王女でなかったのなら、貴方はさっきの言葉の続きを伝えてくれたのかしら)


そしてその想いに応えることが出来たのだろうか。

詮無きことと理解していても考えずにはいられない。


「……参りましょう」

「えぇ……そうね」


いつか身分の壁を乗り超えてその秘めた想いを口にできる日が訪れたならば、王女は何の躊躇いもなく護衛騎士に手を伸ばすことが出来るのにと、そんな想いに胸を締め付けられる。

だが今の王女にできるのは護衛騎士の言葉に何事も無かったかのように言葉を返し、彼の言葉に頷いて1歩踏み出すことだけだった。

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