第五十話 そのころ(5)


 円香から、真子の治療が成功したと連絡が入った。


 千明と話をしたが、成功率は半々だと思っていた。実際に、真子の四肢が揃って立っている状況を見せられても、合成だと疑ってしまった。


「蒼さん。良かったですね」


「ん?なぜ?」


「え?気が付いていないのですか?涙が出ていますよ?」


 千明に言われて、頬を伝う涙の存在に気が付いた。

 孔明が真子のために隠れて何かをしているのは解っていた。俺を頼って欲しいとは思ったが、俺には何も出来ない。真子を元気づける事も、孔明の手助けをすることも・・・。俺は、無力だ。スキルを得て、なんでもできるような気持ちになっていたのだが、全てが幻想だと知らされた。


 スキルでは未来は変わらないと思い始めていた。一人の少女の出現で全てが変わった。


 そして・・・。

 真子が立って歩いている動画を最初から再生した。少女に掴まっているが、自分の足で歩いている。


 失った足が戻っている。

 切れて縫合が難しいと諦めた指が戻っている。

 消えないと言われた傷が消えている。笑顔を消していた傷跡が消えている。腕の傷も・・・。


「千明」


「何?」


「アトスが、何かを言いたいようだが?」


「へ?」


 千明の足下に、猫のアトスが来ている。

 ”みゃぁ”と鳴いている。俺では、アトスが何を言いたいのか解らない。千明なら、アトスが何を言っているのか解るようだ。


「え?アトス。本当?」


”みゅみゃみゃぁ”


「どうした?」


「主殿が・・・。貴子ちゃんが、貴子ちゃんの眷属になるのを拒否した子たちを、引き取れないかと打診してきたみたい」


「はぁ?」


 魔物になってしまった動物たちを引き取る?

 アトスみたいな動物か?


 そうすると、俺にも新しいスキルが芽生えるのか?


「スキルは?」


”みゃみゃ”


「え?本当?」


”みゃ!”


「千明?」


「うん。貴子ちゃんが、相性で確実ではないけど、調整はしてくれるみたい」


「ほぉ・・・」


 スキルは欲しい。

 千明のアトスを見ていると眷属もいいと思えてしまう。パートナーという意味では、”あり”だ。戦闘力は未知数だが、弱ければ鍛えればいいだけだ。


 孔明に・・・。円香に連絡をした。

 すぐに、円香が出て、状況を問いただした。


 帰ってから説明をしてくれると言っている。事情が少しだけ複雑だと・・・。


 どうやら、そんなことは関係なく、アトス経由で大まかな話は聞けた。

 眷属間の通信なら、盗聴の心配はないのか?


 俺と孔明と円香が眷属を持つ意味は大きい。スマホやネットでの通話も安全や盗聴には気を使っているが、俺たちは専門家ではない。狙われたら防諜は難しい。しかし、未知のスキルによる物なら盗聴は難しいだろう。


「なぁ、千明。教えて欲しいのだけど?」


「なに?」


「アトスの言葉は、頭の中に浮かんでくるのか?」


「うん。表現が難しいけど、アトスを会話をしようと考えると、頭の中に言葉が響いてくる感じかな?」


「そうか、アトスは、千明の言っていることがわかるのだよな?」


”みゃ!”


「蒼さんの言葉も解るよ。それと、私だけなら、言葉に出さなくても伝えられるよ?」


「ん?それは、眷属ならできるのか?それとも、二人が持っているスキルが関係しているのか?」


「どうだろう?アトスは解る?」


”みゃみゃみゃぁ!”


「スキルは関係ないみたい。でも、頭の中での会話ならスキルがあるみたい」


「そんなスキルがあるのか?」


”みゃ!”


「うん。あるみたい」


 考えが伝えられるスキルがあるのか?


”みゃ!”


「え?そうなの?」


「ん?」


「蒼さん。スキルではなくて、ギフトらしい」


「ギフト?」


「うん。だから、私とアトスが会話できるのは、スキルではなくて、ギフトだと言っている。それで、”スキルは解らない”という話をしてくれたみたい」


 スキルとギフトは違うものなのか?

 貴子ちゃんに効かないと解らないか?

 茜は知っているのか?

 円香は?

 孔明は?


 戦力は増すだろうけど、相手は国家権力だ。情報が勝敗を分ける。俺たちの情報は、把握しているだろう。把握しているから、ジョーカーの存在が怖いのだろう。そして、俺たちが持つだろうジョーカーは、凄まじい力を持っている。日本だけではない。世界を相手にしても勝ってしまうかもしれない。


 他国の軍隊が、オーガの進化体の討伐作戦の様子を見た。

 オーガの進化体は、1体だけだ。他には、いなかったが。


 それでも、辛勝だ。数か国の連合軍として戦った。それでも、辛うじて勝てたというのが正しい。街を一つと多くの兵士を犠牲にして、オーガを戦車で足止めして、戦車ごと倒しきった。得られたのは、廃墟だけだ。ドロップ品は何も無かった。


 貴子ちゃんは、オーガの進化体だけではなく、変異種を倒している。ドロップを持ってきている。

 天使湖の魔物の氾濫は、日本を放棄する規模の魔物が出現していた。


 天使湖のデータは、ギルド側でも保持が出来ている。

 しかし、警察と消防が持っていたデータは、奴らの手に渡ってしまっている。


 ギルド側が引いたジョーカーが大きい。

 天使湖で何が発生して、なんで、魔物たちが動き出さなかったのか?それらの答えを得られる可能性がある。貴子ちゃんが全部を知っているとは思えないが、少しだけだが俺たちが持っている情報や、他のギルドと繋がっているデータを、貴子ちゃんに提供すれば、推測ができる可能性がある。


 ”世界平和を!”とか、”日本のために!”とか、そんなことは、正直、トイレに流してしまえばいいと思っている。

 俺たちは・・・。俺は、俺が知らない所で、俺の好きな奴らが傷ついて死んでいくのがたまらなく怖い。魔物は、俺から大事な物を奪った。だから、魔物を根絶する。その為なら、魔物さえも利用する。


「蒼さん?」


「あぁスマン。千明。検証を続けよう」


「それもだけど、オークションの準備をした方がいいのでは?」


「それもあったな。人が足りない。圧倒的に足りない。千明。信頼できる人物を知らないか?」


「うーん。舞かな?」


「ん?誰だ?」


「制作会社の子だけど、いい子だよ」


「どっち側で?」


「こっち側かな?考え方は、壊れている・・・。と、思う」


「ほぉ・・・」


「妹を殺した奴らを許さないって」


「妹?」


「そう、イジメられて、自殺。よくある話でしょ?」


「・・・。そうだな」


 千明の壊れっぷりもかなりだが、そんな千明が”壊れている”と表現する人物か・・・。


「だから、マスコミに就職して・・・」


「警察とかではないのか?」


「あぁあの子、”正義”が嫌いだから・・・。マスコミも制作側に就職して、取材を続けているみたいよ」


「確かに、ぶっ壊れているな」


「そうでしょ?それで、天使湖で犠牲になったTV関係者がいたでしょ?」


「ん?山本とかいう奴か?」


「そうそう、その山本さんが舞の上司筋になるみたい」


「ほぉ・・・」


「舞も、天使湖に来ていたよ?」


「ん?そうなのか?」


「うん。連絡してみる?」


「そうだな。貴子ちゃんの眷属は、俺たちだけで受け取るには、大きすぎる気がする。出来れば、他にも犠牲者・・・。違うな。協力者が欲しい」


「はい。はい。連絡はしてみるけど、期待はしないでね」


「わかっている。それに、俺たちには、ギルドに人を入れる権限はない。最終的には、円香に話をしなければならない」


「そうだね。でも、円香さんも解っているよね?どう考えても、マスコミ対策は必要だし、ネットの対策も必要だし、検証を行うチームも必要だよ?」


「解ってる。解っているけど、全部は無理だろう」


「そうだね。茜の所にいる。ユグドちゃんみたいな眷属が出来れば、少しは楽になるのかな?」


「恐ろしい事を・・・。ないよな?」


”みゃみゃみゃ!”


 アトスが鳴いている。

 千明が、アトスから聞いた話は、俺はあえて聞かないという選択をした。


 どうやら、俺たちには従者ができるようだ。

 そうだよな。


 エントやドリュアスと言っていたな。

 ユグドも、聖樹からの派生らしい。


 そうか、俺たちも出世するのだな。


 開き直るのが一番か?

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