第三十三話 治療(5)


 桐元家は、マンションでした。真子さんが部屋に引き籠っていることや、孔明さんが帰ってきて寝るだけの部屋があれば十分なので、戸建てでは無いようです。


「円香。茜嬢。適当に座ってくれ、貴子嬢。さっそくだけど、頼めるか?」


 私とライは、孔明さんについて行きます。


「真子」


 ドアの前で、ノックをしてから、話しかけます。

 部屋からの返事がない。真子さんが居るのは、ライの使っているスキルで解っている。真子さんとモモンガが居る。


「真子。今日は、お前を」「お兄ちゃん。もう・・・。いい。私の為に、お兄ちゃんが傷つかなくて・・・。私は、もう・・・」


 真子さんの拒絶とも取れる発言に、孔明さんが慌てだします。


「真子!違う!話を、話を聞いてくれ!」


 孔明さんが、ドアを叩きます。

 逆効果です。真子さんは、話を聞いて欲しいだけだと思います。そして、孔明さんが無理をしていると思っているのです。


 それに、真子さんの態度が気に入らない。違うかな?恵まれていると気が付いているのに、自分”だけ”が不幸だと思っている。


 ドアを叩いている孔明さんの手を止めさせて、ドアのノブに手をかけていた。


「お姉ちゃん」


 ライの声が聞こえましたが、身体が先に動いてしまいました。


「貴子嬢?」


 孔明さんは驚いた表情をしていますが、私を止めないようです。

 真子さんは確かに”不幸”でしょう。でも、それでもなんとかしようと無理をしてくれる”家族”がいるのです。何も出来ない。治らない可能性が高いと思えても、”家族”を蔑ろにするのは違います。


「孔明さん。私に話をさせてください」


 ノブに手をかけて、回します。

 やはり、鍵はかけられていません。真子さんは、自分が何を望んでいるのか解らなくなってしまっているのでしょう。


 毎日の様に繰り返されている”大丈夫。俺が何とかする”この言葉は”呪い”になってしまっているのです。家族を信じたい。でも、その家族は疲れ切っている。家族だから解るのでしょう。

 家族を無くしてしまった私には解る。新しい家族を迎えられた私だから、家族を求める気持ちも解る。

 そして、身体を損傷して人間でなくなってしまった感覚に捕らわれているのでしょう。自分が、人として欠陥だと”呪い”のように思えてしまっている。価値なぞ、生きているだけで、側に居るだけで十分なのに、自分には価値がないと、家族の重荷になっているのだと、”呪い”にかかったように考えてしまっている。もしかしたら、誰かが囁いているのかもしれない。


「貴子嬢。何を」


 ライが、孔明さんを抑えてくれます。

 力だけなら、孔明さんの方が強いでしょう。


「ライ。結界をお願い。それから、一緒に来て」


 ライは、私の言っている意味が解ったのでしょう。


「うん」


 ライの結界が発動します。ライの分体が、私の肩に乗るのがわかります。結界の外に居るライは孔明さんを抑えています。


 部屋は綺麗に片付いています。

 ベッドの上に、女性が居ます。真子さんなのでしょう。布団で身体を隠しています。義足らしき物もありますが、使っている様子はありません。


 モモンガが本能なのでしょうか?私たちを見て威嚇を始めます。

 真子さんを守ろうとしています。これなら、大丈夫でしょう。


「初めまして、桐元真子さん。私は、松原貴子です。貴子と呼んでください」


 まずは自己紹介です。

 アニメで見た、スカートを摘まんで頭を下げる奴をやってみました。練習しておいてよかったです。


 真子さんは、意味が解らないという表情をしていますが、その反応が見たかったので良かったです。

 心は死んでいないようです。まだ、生きたいと思っているのでしょう。


「何?貴方は?」


「貴子です」


 もう一度、名前を伝えます。

 自己紹介をしたので、名前で呼んで欲しいと思っています。


「お兄ちゃん?!」


 ドアには、ライに抑えられている孔明さんが居ます。

 心配そうにしています。何かを言っていますが、声は聞こえません。


「無駄です。この部屋は結界で囲んでいます」


 何もない所を叩いている孔明さんを呼びますが、無駄です。

 向こうからの声が聞こえないように、こちらからの声も聞こえません。


「結界?」


 真子さんくらいの年齢なら、アニメを見るでしょう。

 結界と言えば、解ってくれると思っています。


「はい。外の音が聞こえないようにしています。中の音や声も外に漏れないようになっています」


 簡単に説明をします。

 真子さんは、”嘘”と小さく聞こえないくらいの声量で呟きますが、私には聞こえてしまいます。


「え?貴方は?」


 まだ、私の名前を呼んでくれません。

 悲しいです。


「貴子です。真子さん」


 もう一度、名前で呼んで欲しいと伝えます。


「貴子さん?」


 やっと、名前を呼んでくれました。


「そうです。真子さんの治療を、お兄さんの孔明さんに依頼されました」


 やっと、本題を切り出せます。


「え?治療?無理・・・」


 そう思われてもしょうがありません。

 でも、見たところでは、治療は出来そうです。


「無理ではありません。必要なことは、真子さんの覚悟です」


 必要なことを真子さんに伝えます。

 方法は、あとで説明すればいいのですが、その前に”覚悟”が必要です。100%の成功率ではありません。


「覚悟?何?」


「はい」


 そこで、ライが真子さんの前に移動します。


「スライム?」


 逃げようとしますが、後ろは壁です。


「大丈夫です。ライは、私の家族です」


「家族?」


「そうです。真子さんにとっての孔明さんのような存在です」


「え?」


 私は、スライムの姿に戻ります。

 本来は、スライムなのです。


 真子さんの驚愕が伝わってきます。そして、モモンガの警戒がマックス状態です。真子さんがいなければ襲ってきたことでしょう。今は、私と真子さんの間に入って、威嚇の状態です。


 スライムから女子高校生の姿に戻ります。

 話が出来ないですからね。


 カミングアウトの時間です。


「私は、元人間の魔物スライムです。高校生でしたが、いきなり魔物スライムになってしまいました。元々家族は居なかったので、哀しんでくれる人も居ませんでした。一人で寝て、一人で起きて、一人で学校に通う普通の高校生でしたが、魔物スライムにされて、日常生活も全てが壊れてしまいました」


 真子さんが何を考えているのかわかります。自分よりも、”不幸”な人が居ると認めたくないのでしょう。だから、カミングアウトです。


「え?」


 パニックになっているようです。

 当然です。いきなり、初めて会う人がスライムになって、”元人間”ですと告白しているのです。訳が解らないと思います。その点だけは、謝罪しなければならないのでしょう。


「真子さん。スライムには、いろいろとスキルがあります」


「スキル?」


「スキルはご存じですよね?」


 真子さんは頷いてくれます。


「説明を続けます。特定のスキルを得るのは難しいです。これは知っていますよね?」


 真子さんの部屋には、スキルを得るための本が置かれています。

 最初は、身体を治せるスキルがないか調べたのでしょう。でも、調べれば、調べるほど、絶望する情報しか出てこなかったはずです。私も同じです。ギルドが秘匿しているのか?国が秘匿しているのか?軍が秘匿しているのか?

 スキルに関する情報は、想像以上に少ない現状があります。


「はい。身体を治せるスキルがあれば、お兄ちゃんに頼らなくても、ポーションも見つかっていなくて・・・」


「そうです。誰かが秘密にしているのかわかりません。それは、今は置いておきましょう。私は、魔物スライムになってスキルを得ました」


「え?」


「私が、今から話す方法は、100%の保証がありません。いろいろ実験を行っていますが、それでも成功率は95%程度です。残り5%はどうなるかわかりません」


「・・・。治るの?私の身体が?」


「その為に、私とライが来ました」


「本当に?」


「はい。お二人の覚悟が聞きたいです。まずは、方法を説明します。そのうえで、お二人の覚悟を聞かせてください」


「二人?」


「はい。お二人です。ライ。お願い」


「うん!」


 ライが、人間の姿に変ります。

 外に居るライがスライムの姿に戻ります。


 ライがモモンガに近づきます。

 威嚇は続いていますが、ライに敵意がないことが解るのでしょう。徐々に治まってきます。

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