第三十話 蒼と千明


 俺は、上村蒼。元自衛官だ。


 今は、紆余曲折あってギルドに世話になっている。


 蒼という名前から、女性だと勘違いされることもあるが、れっきとした男だ。


 自衛藍では、魔物の出現が確認されてから新設された混成部隊の分隊の隊長を務めていた。

 魔物の駆除が主な任務だった。人の領域に出てきてしまった魔物は、警察が駆除するが、人里に降りてくる前に駆除するのが任務だった。


 前の職場も居心地は良かったが、ギルドの居心地も悪くない。任務が仕事になったが、大きな違いはない。


 魔物の駆除よりも、情報収集や情報の整理が多くなっている。

 しかし、自衛隊に居た時よりも、情報の最先端にいる感じがしている。


 自衛隊が遅れているとは思わないが、対魔物に関しては、ギルドの方が一日の長がある。各国での対応を含めて参考になる情報が多い。自衛隊に居る時に、この情報があれば防げた損失があるかもしれない。

 上司にあたる円香に頼んで、自衛隊にも情報を流せるようにした。

 自衛隊の上層部は絶対に嫌がるだろうが、現場の人間たちは喜ぶだろう。現場でこそ生きて来る情報だ。


 ギルドも、大きな変革が行われた。不正の温床だった部署は閉鎖され、円香がトップになった。上層部の更迭には孔明も暗躍したと聞いた。


 実際に、パートで来ているメンバーを除けば、日本ギルド本部は、5名で運営を行っている。常任の人数では、世界でも小さなギルドだ。

 少ないとは思うが、多くいても不正が産まれるだけだ。それに、業務も多くはない。


 違うな。多くはなかった。


 天使湖での魔物氾濫から始まった一連の流れで、俺たちギルドは、一人の少女と出会った。

 人と言っていいのかわからないが。スライムにされてしまった少女だ。女子高校生と言っている。


 問題は、その少女がもたらした情報だ。

 茜が少女の家に赴いたのは、少女が売りたいと言っていた魔物の素材を受け取るためだ。それと、少女が茜を介して渡してきた、”鑑定”ができる魔石の買い取りを含めた清算のためだ。


 円香も、孔明も、俺も、後悔した。

 茜を一人で行かしたことではない。少女をギルドに呼ばなかったことを後悔した。


 少女の所から戻ってきた茜は、明らかに変っていた。

 上手く言えないが、自衛隊に居た時に、海外から招いた講師に雰囲気が似ていた。今、考えれば、あれは持っているスキルが影響しているのだろう。もう一つ、俺の横で確認を行っている千明も雰囲気が一気に変わった。

 茜には、俺では勝てそうにない。近接戦闘で、スキルを使わなければ、簡単に俺が勝てるだろうが、”なんでもあり”の戦いになったら、俺は瞬殺されてしまうだろう。


 少女が持ってきた情報を精査するのが、俺と千明に回された仕事だ。


「蒼さん?」


「あぁすまん。それで?」


「残念ながら・・・」


 千明は、そういいながら、指から魔力で作られた糸を出した。


「何か、スキルが必要なのか?」


 俺には、魔石の生成は出来たのだが、魔力を放出することが出来ない。


「うーん。茜に聞かないと・・・。鑑定石を借りてくればよかった?」


 千明の眷属になっている猫が足下に来て、鳴いている。

 不思議なことに、俺や円香や孔明には、猫の鳴き声にしか聞こえないが、茜や千明には、意思が乗っていて会話が成立する。


「アトスは、何を言っていた?」


「放出系のスキルが必要みたい。アトスが放出系のスキルを持っているから・・・。蒼さんは、放出系の適性は低かったですよね?」


「そうだな」


 自衛隊の研究所に持ち込むためのレポートを書いている情報だが、これも少女が持ってきた。

 有名なマンガの様に、”水見式”ができる。


 内容は、書き出しておかなければ忘れてしまう。


 強化は、自らを強化する系統

 助勢は、仲間を強化する系統(弱体もできるらしい。強化を剥がすこともできるらしい)

 放出は、補助属性を付与して放出する系統

 変異は、物質を変える系統

 特異は、固有で取得するスキル


 スキルを持っていない人間が行える可能性を、少女が示唆していた。

 ギルドのメンバーは全員がスキルを持っていて、試すことができない。自衛隊の研究所には、スキルを保持していない者も在籍している。

 魔石を浸してできた水を使って、魔石を持って水見式を行う方法だ。少女の家に居る動物では出来たようだ。


「千明。水見式は、報告をあげるのだよな?」


「円香さんにあげて、登録はそれから決めるのではなかった?よく覚えていない。魔石の生成と、水見式と、魔糸と、あとは・・・」


「ライの身元調査だけど・・・」


「それは、警察に行かないとダメでしょう?」


「公開されている行方不明者リストにはなさそうだな」


「似たような男の子と女の子の姉弟は居ません。心中まで広げますか?」


「そうだな。公開されている情報だけ集めてくれ」


「はい」


 千明が、茜から送られてきた画像を見ている。

 スライムになってしまった少女と、ライを写した画像だ。もちろん、本人たちの許可は貰っている。


 発行したギルドカードと紐付ける情報として、少女の写真が必要だった。


 処理は既に終わっている。カードの処理も終わっているので、渡せる状況にはなっている。


「ねぇ蒼さん」


「どうした?」


「このアイテムボックス・・・。貰っていいの?」


「正確には、ギルドの所有になって、各自に貸し出している。ギルドを辞める時には、返却しなければならない」


「うん。解っているけど・・・。これだけでも、世界が変るよ?」


「そうだな」


 苦笑で済ませられるような話ではない。

 夢物語だった。容積以上の物を入れる事ができる箱や、ポーションも少女はギルドにもたらした。


 ポーションは、茜と一緒に検証を行う予定になっている。

 茜たちが少女と話をしている間に、アイテムボックスの検証を行っている。


 目の前にあるのは、千明に割り当てられたアイテムボックスだ。

 中身もまだ入っているが、余裕があるのか、千明の私物を入れられる。


 そして、このアイテムボックスの優れている所は、利用者登録ができることだ。登録と削除が行える。


 千明だけを、利用者に設定している時には、俺は箱を開けられるが、中身を取り出すことができなかった。

 そして、箱ごと持ち去ろうとしても、重くて持ち上げる事ができなかった。


 どうやら、利用者登録を行っていない物が持ち上げると、中身の重量がそのまま感じるようだ。利用者登録を行っている千明が持とうとすれば、箱だけの重さに感じるようだ。

 物流の問題が一気に解決してしまいそうだ。


 箱の中身を、俺が預かっているアイテムボックスの中に移し替えてから、持ち上げようとしたら、今度は箱の重さよりも、少しだけ重いと感じる程度だった。その為に、箱の中身で重さが変わると判断した。

 時間停止はなかった。

 どうやら、茜が確保したアイテムボックスは時間の流れがゆっくりになっているようだ。その代わりに、容量は俺たちが預かっている物の1/10程度らしい。


 千明がまとめたアイテムボックスの報告書を読んでいると、千明が少女の画像を食い入るように見ている。


「どうした?知り合いか?」


 制服姿の少女は、女子高校生らしさと、何か解らない雰囲気を併せ持っている。スライムの特性なのか、肌が綺麗だと、茜からレポートが入ってくる。必要ないレポートだ。


「知り合いではないけど、凄く可愛いよね?」


「そうだな」


 千明の方が、可愛いと思うが、いうと間違いなく叩かれる。

 だから黙って肯定した。


「あのね」


「ん?」


「主殿。大丈夫かな?」


「ん?大丈夫だろう。俺と孔明と円香が真剣に立ち会っても勝てるとは思えない。多分、自衛隊の全兵力でもダメだろう?」


「あぁ・・。違う。違う」


「ん?何を心配している?あの少女を心配することがあるのか?」


「うーん。まぁ蒼さんならいいかな?」


 俺ならというのは・・・。

 何時からなのか、俺たちも解らないが、最近は、千明は俺の部屋で寝起きしている。まぁそういうことだ。


「ん?なんだ?気になる言い方だな」


「うん。あのね。黙っていて欲しいのだけど・・・」


「あぁ。わかった」


「茜だけど・・・」


「ん?」


「茜ね。男性よりも、女性が好きで、恋愛対象は、女性なの」


「・・・。ん?」


「それでね。円香さんみたいなタイプも好きだけど、可愛くて守ってあげたくなるような年下の可愛い女の子が大好きで、大好物で、性的な意味でも・・・」


「え?」


「主殿。茜の理想を詰め込んだ女の子なの?これで、メガネをかけていたら完璧って感じ・・・」


「へぇ・・・。まぁなんとかなると思うぞ?」


 それ以上に何も言えない。

 そうなのか?

 うーん。深く考えてもしょうがない。少女の無事を祈ろう。

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