第二十六話 報告(7)


「あっ。円香さん。まだ報告は終わっていません。これは、主殿の家族の紹介です」


 立ち上がりそうな円香さんの表情が固まります。

 わかります。


 でも、普段の円香さんなら気が付いてくれると思います。冷静に考えれば答えが導き出されます。


 円香さんを見つめます。


「何を・・・」


 円香さんが動揺しているのがわかります。

 椅子に座りなおしてくれました。


 まだ、大丈夫です。

 話が出来ます。良かったです。


「主殿は、私や千明と同じです」


「あっ・・・」


「そうです。主殿は、眷属の親です。私と千明が、クロトやラキシやアトスが得たスキルを使える形で、スキルが統合されたように、主殿にスキルが統合されます」


「魔王?」


「そうですね。人間の時の主殿は、可愛い・・・。本当に、可愛い女の子でした。スライムにされてしまって・・・。主殿が持っているスキルを考えれば、魔王でしょう。眷属。家族も、主殿を慕っています。主殿が”死ね”と命令したら喜んで死ぬでしょう。そして、主殿が敵と認定したら、牙を突き立てるでしょう。主殿が、人の敵に回ったら、人は何も出来ません。断言してもいいです。滅ぼされてしまうでしょう」


 だから、一人の犠牲で澄むのなら、主殿をスライムにした奴を差し出した方がいい。

 私の結論です。主殿が、自ら人を殺すとは思えない。何をするのか解らないのですが、もし、主殿が、復讐相手を殺してしまったとしても、黙認すべきだと思っています。それで、主殿の心が魔物になり果てても、それは人が背負う問題で、主殿の問題ではないと思います。

 私も死ぬのは嫌ですが、死ぬなら楽に苦しまないように死にたいと・・・。ユグドたちにお願いしようと思っています。


「茜嬢。それだけではないのだろう?」


 孔明さんは、鋭いです。


「これから話すのは、私が感じたことで、主殿にもライにも確認はしていません」


 皆を見ます。

 千明も、話の重要度が解ったのでしょう。


 帰ろうとはしません。

 その代わりに、アトスを抱きしめて精神を安定させようとしています。


 円香さんは、座りなおして、私を見つめてきます。

 怖い目つきですが、怖くありません。しっかりと報告をして、ギルドが絶対に主殿に敵対しないようにするのが、私の目的である最低限の使命です。


「主殿は、スライムです」


 皆が頷いてくれます。


「ライもスライムです」


「そうだな」


 円香さんが代表して相槌を打ってくれます。

 私は、一言、一言、皆を見ながら言葉を選んで、報告を続けます。


「スライムは、分裂します。そうですよね?蒼さん。孔明さん」


 自衛隊に居たのなら、実際にスライムと戦った事があるはずです。

 それも、産まれたばかりのスライムではなく・・・。


「・・・。あぁ。物理攻撃が効かない個体も・・・。まさか」


「はい。主殿も、ライも、分体を作り出せます。これは、ライに聞いています。正直な話として、何体の分体を作り出せるのか解らないのですが・・・。1体や2体ではないと思います。二桁で終われば・・・・。そして、ライはライとして、別々に意識をもって動けるようです」


 円香さんは、やっと私が言った”何も出来ない”が解って来たようです。

 解っていたのでしょうけど、納得してくれたようです。


 蒼さんは、それでも何か考えているようですが・・・。


「蒼さん。天使湖を覚えていますか?」


「もちろんだ」


 孔明さんは解ったようです。

 私が未確認ながら、報告をした方がよいと思った理由の一つが天使湖の話です。


「・・・。茜嬢。まさか・・・」


「はい。あれを殲滅したのは、主殿だと思います」


「茜。そこまで、いうのなら証拠があるのだろう?」


「物的な証拠はありません」


「お前の直感か?心証か?」


「心証です。まず、主殿の家は、由比の駅から、西に行った場所です」


「西?さった峠の方向か?」


「はい。急な坂道を上がっていった民家が周りにない場所にありました」


「ほぉ・・・」


「しかし、私には近づくまで、家があることが解りませんでした」


「ん?どういうことだ?」


「蒼さん。私たちが、天使湖に到着して、しばらく経ってから、魔物と人が分離されましたよね?」


「あぁ」


「孔明さん。あの透明な壁は、自衛隊か警察隊か消防隊が、破れましたか?」


 孔明さんは首を横に振る。


「円香さん。透明な壁が、途中で中が見えなくなったのを覚えていますか?」


「覚えている。触れば、何かあるのは解るが、中が何も無いように見えていた。まさか・・・」


「はい。主殿の家は、まさにその見えない状況と同じ状態になっていました。主殿は、結界と呼んでいましたが、まさに人と魔物を分ける結界でした」


「・・・。茜」


「まだ確認をしていませんが・・・。政府が自衛隊や警察を動かして、魔物の調査したことがあったと思うのですが・・・。主殿の家の周りは、私有地だと思います」


「え?」


「主殿の家には、”人”はいませんでした。でも、旧家のようです。裏庭もありました。蔵もありました。あぁ蔵は、ドラマに出て来る蔵です。それが3棟。ドロップ品を仕舞っておくのに丁度いいと笑っていました。アイテムボックスにも入れてあるようですが、それでも大量にありました」


「それは・・・。受託販売にして良かったな、孔明」


 円香さんが、引きつった顔で、孔明さんに話を振ります。

 どんなに売っても大丈夫だと思える量があります。


 それに、しっかり調べたら希少種とかの素材も出て来るかもしれません。


「あぁ・・・」


「裏庭だけではなく、裏山も主殿の物らしいです。多分、何かの支流だと思うのですが、小川から裏に広がる山が全部と、もう一つも主殿の土地らしいです」


 登記を見れば解ると思います。調べて、解ったとしても、何も対処ができない。”だからどうした”としか言えないレベルの話です。

 実際に、主殿が必要だと思って、街中の土地を実効支配してしまえば、誰も逆らえません。

 結界で覆うだけで、許可された者しか入ることができないのです。最強のセキュリティです。


「私有地だと、調査は入らないな」


「はい。それに、今は結界で覆われているようです」


「ん?裏庭を?」


「いえ、裏山です」


「は?裏山、全部か?」


 どこまでが裏山なのかわからないけど、主殿の雰囲気から全体を結界で守っているのだろう。

 裏山は、主殿の家族たちの・・・。眷属の楽園になっているのだろう。


「はい。そうだ。主殿は、家族が見回りをしていると言っていました。あと、遠征にも出かけているようです」


「遠征?」


「はい。人の手が入らない山は結構ありますよ?人の手が入っていても、魔物が湧いても解らない場所は多いと思いませんか?」


 孔明さんと蒼さんは、実感として知っているのでしょう。

 街中にいきなり魔物が産まれることはない。でも、山で産まれて、降りて来る事はある。


「そうか、ドロップ品は・・・」


「はい。それだけの魔物が、存在していたのです。そして、主殿と眷属が倒した。その証拠です」


 ドロップを得るためには、倒さなければならない。


「ねぇそれだけの魔物を倒しているとしたら・・・」


 千明が手を上げて、”まさか、そんなことはないよね”という感じで発言しますが、まさに、私が言いたかったことです。


「うん。きっとスキルも成長するよね。新しいスキルを得ても不思議じゃないよね」


「っ。そうよね」


 千明の言葉が、全てを物語っています。

 私が、報告はするけど、ギルドには”何もできない”と思った理由です。どの時点なら・・・。多分、私たちが主殿を知った時点では、既に手遅れなのです。可能性があるとしたら、主殿をスライムに変えた愚者がスキルを得た時に知っていれば、まだ可能性はありました。

 でも、それも、主殿の話を聞いた限りでは、不可能でしょう。


 主殿は、産まれるべくして産まれた、”魔”を統べる”王”なのでしょう。可愛い魔王だとは思いますが・・・。


「主殿は、天使湖の原因を知っていると思うか?」


 ”何か”を考えていた孔明さんが質問をしてきました。


「わかりません。でも、天使湖の魔物の大量発生を討伐したのは主殿だと思います」


 強調しておきます。

 天使湖の大量発生を考えただけでも、主殿と敵対するのは間違っていると思えます。


 私の報告は終わりました。

 すっきりしました。


 会議は終わりです。

 皆がギルドに戻るようです。検証や調べ事をしてくれるようです。


 私は、主殿とライを待つことにしました。


 主殿とライが来たら、円香さんと孔明さんを呼ぶように言われました。


 時間を確認すると、1時間が経過していました。

 なんとなく、そろそろ来るような気がします。


 お茶でも飲んで待っていることにしましょう。


 ユグドの部屋は気持ちがいいです。快適な空間です。夏場は涼しく、冬場は温かい。電気代が浮きそうで嬉しいです。

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