第十一話 聖樹


 主殿に案内される形で、主殿の家の中を移動します。


「あっ」


 哀しい気持ちになってしまいます。


「何か?」


 見て、認識してしまいました。

 無視して、通り過ぎるのは、私の気持ちが落ち着きません。


「主殿。あの部屋は?」


「祖父母と父と母の・・・」


「主殿がよろしければ、手持ちはないのですが、お線香を上げさせていただけませんか?お家を移動して、騒がせてしまったので・・・」


「ありがとうございます」


 主殿の小さな声。

 そして、大人なのか子供なのか、それとも・・・。人であった時なら・・・。違いますね。今でも、主殿と友達になれます。私の方が確実に早く死んでしまうでしょう。でも、主殿と友達になりたい。寄り添えるとは思わない。でも、主殿の友達になりたい。こんな風に、話をして・・・。


 お線香をあげて、手を合わせる。

 私が祈っても何もならない。でも、主殿を心配されているご家族に、少しでも安心を与えられるように、祈ります。主殿が、主殿の考える”正義”を”筋”を通せることを・・・。私には、信じる神が居ません。なので、ご家族に祈ります。見守っていてほしいと・・・。


「茜さん。ありがとうございます」


 どのくらい、祈っていたのかわかりません。

 線香の先には、灰が形成されています。主殿のうれしそうな表情は、私の行動を肯定してくれています。クロトとラキシも私を挟むようにして座って頭を下げていました。どこで、覚えたのでしょうか?


 蔵に入るには、裏口から出るか、庭から出なければならないようです。主殿だけなら、庭を通ればよかったのですが、私が一緒なので、玄関経由で庭から裏庭に抜けるような道順になってしまうようです。恐縮している主殿に、”大丈夫”だと告げて、後に続いて歩きます。家の中は、本当に普通の家です。


 玄関から外に出てから、庭に移動します。

 初めての場所です。


 聞かないほうがいいのはわかっています。

 絶対に、絶対に、絶対に、後悔します。でも、見えてしまったからには聞いた方がいいに決まっています。


「主殿?」


「はい?」


 すごく可愛い。連れて帰りたい。


「あっあの花?この季節には咲きませんよね?果物も、季節に合っていないように・・・」


「そうなのですよね?それも、後で聞こうと思っていたのですが・・・」


 やっぱり、ダメでした。

 そもそも、主殿は、魔石で動物や魚が魔物に変異すると気が付いたのなら、植物で試そうとしないで欲しい。魔石を漬けた水を与えると、成長がいいとかうれしそうに言わないでほしい。心臓に悪いです。

 そして、もともとは、蜂のパルたちが花の蜜を集める為に増産したと笑っていますが、柿と葡萄と梨が同じ時期にできるのは、今の季節が”秋”ならわかります。でも、同時に夏蜜柑はダメです。他にも、苺や鬼木天蓼や枇杷まであります。フルーツ園が裸足で逃げ出します。もちろん、鉄板の蜜柑も実を付けています。


 主殿たちの不思議が少しだけ解明できました。

 食費が大変だと思っていたのですが、納得しました。眷属たちが、器用に果物を食べています。主殿は家庭菜園だと笑っていますが、どこに”家庭”の要素があるかわかりません。花と呼ばれる物も植えられています。季節を考えなければ、最高の場所です。


「そうなのですね。ギルドでは、魔石を砕いて、畑に撒いていないのですね、水に入れて、一晩置いておくだけで、植物の成長が促進されて、あぁあと害虫も寄せ付けませんよ?さっきのノートに実験したことを書いてあるので追試が可能だと思います」


 追試。しないとダメですね。

 この情報は、ギルド特許を申請した方がいいかもしれないです。ギルドカードがあれば、匿名性は担保されるはずです。


 そもそも、主殿の情報が流出して・・・。主殿と敵対するような組織が現れたときには、私は主殿に味方をしてしまうでしょう。

 戦力の意味では、一国で太刀打ちできるとは思えません。もしかしたら、核にも抵抗できる可能性も・・・。

 主殿に敵対した結果、人類が滅んで、主殿と主殿の眷属だけが生き残っても驚きません。


「全部の木が実を付けたり、花を咲かせたり、急成長をしたのですか?」


「そうですね。あっ。一本だけ、急成長はしたのですが、それ以上の変化がわからない木があります」


「え?


 辺りを見回しても、そんな木は見当たりません。

 不思議に思っていると、主殿が教えてくれました。


 裏山の頂上に木があって、急成長はしたが、それ以上の変化がなかったと笑っていた。

 急成長だけでも以上な事だが、それ以上の変化がない事から、変わらない樹木があるのだといろいろ実験をしたと言っていた。


”にゃにゃ”


 足元にいたクロトが恐ろしいことを言っています。


「クロト。誰に聞いたの?」


”にゃぁ”


 主殿も驚いています。

 知らなかったようです。主殿の眷属も抜けていますね。誰かが話したと思って、誰も主殿に話していなかったらしいです。


 クロトが嬉しそうに説明をしてくれました。

 聖樹という木に成長しているようです。聖樹の周りには、魔物が沸かない状態にできる。それだけではなく、魔物の侵入を防ぐ結界にもなるのだと教えられた。また、葉を加工すれば怪我程度なら治せてしまうようです。主殿の眷属や、私のように魔物の主になった者なら、指くらいなら再生してくれるようです。もう、聞きたくなかった。そんな植物が存在してはダメだと思う。

 主殿もさすがに公開は控えたいと言ってくれます。ただ、異世界物では定番のポーションは作ってみると言っています。辞めさせたいのですが・・・。まずは、研究からと・・・。それに、簡単にはできないと考えているようです。

 そして、ポーションなら私も欲しい。


 盛大な寄り道をしたが、蔵の前に到着しました。

 主殿は、小さな蔵だと言っていましたが、すごく立派な蔵があります。時代劇とかで見る蔵です。少しだけテンションが上がります。


 蔵の前には、ライとパロットがそろっていました。


「ライ!茜さんなら大丈夫だよ」


 え?

 主殿が声をかけると、今日、最大の爆弾が落とされました。

 確かに、主殿ができるのですから、ライができないと考えるのは・・・。ライが、男の子に変わりました。また、可愛い男の子です。主殿と似ていると思いますが、姉弟に見えるだけで、主殿が男の子になった感じではないのです。スライムに性別があるのでしょうか?


「この姿では、初めましてですね。茜さん。ライと言います」


 丁寧に挨拶されてしまいました。

 慌てて、私も自己紹介をします。


「それで、ライ。中は?」


「大丈夫」


 主殿と話すときには、弟の雰囲気が出る。すごく可愛い。連れて帰りたい。


「茜さん?」


「なんでもないです。それで?」


「はい。まず、売却したい物ですが、正直に言えば、私たちに必要がない物が倉庫に入っているので、全部なのですが・・・」


 それは、無理です。

 正直に言えば、魔石だけでも、ギルドの予算を使い切りそうです。


 魔物の素材は、研究対象なので、売りに出せば買い取りは出てくるでしょう。そのためにも、まずはギルドが買い取らなければなりません。


 オークションという方法もあるのですが、直近でオークションが開催されたのは、オーガの角がドロップした時だったと思います。2,000万円近い金額で落札されたと記憶しています。絶対に、主殿の倉庫の中には、オーガの角があるでしょう。


 委託販売でよければ・・・。

 持ち掛けたら、許可をしてくれそうなので、言い出せないでいます。主殿の家なら、強盗は怖くありませんが、ギルドの日本本部では、セキュリティが・・・。今は、クロトとラキシとアトスがいるから大丈夫かな?

 不安ではありますが、量があるのなら、委託販売を持ち掛けてもいいかもしれません。


「ライ!中には、入れてある?」


 主殿とライが話をしていますが、私には聞こえません。

 聞こえていません。本当です。だから、その、袋は私に渡すものではないと思っていいですよね?


 ただ単純に”袋”と呼んでいますが、絶対に違いますよね?

 その頭陀袋を私に渡さないでください。ナップは、蜘蛛さんでしたか?大きさが異常でしたが、蜘蛛さんです。そのナップの糸を使った頭陀袋は嫌な予感がしています。ライが中に入れた物を、主殿に説明をしています。

 小型のナップサックくらいの大きさ・・・。5-6リットルくらいでしょうか?

 聞こえている量が、入る容量には思えません。魔物の素材が、極小なら可能かも・・・。


 その中に、裏山で伐採した木で作った箱が詰められている。もうダメです。

 すごく軽そうに見えるのですが?


「茜さん。ひとまず、中身を説明しますね。ライが、来てくれたお礼の品を詰めただけなので、倉庫から売りたい物を入れますね。あっ重さは大丈夫です。中に入れた箱も、この袋も重さが軽減されるスキルを付与してあります」


 やっぱり、ダメでした。

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