第1章  Ⅳ

 その日堕ちた八つの流星うちの一つは、冥界の中央に位置するシャビル大陸の北部にある、冥王ガイストモアの居城、死都エグニアに突き立った。


 墜落の地には赤々と焼け焦げるクレーターができ、衝突の勢いは周囲に地震のように広がった。

 都市の中央よりやや外れた場所であったが、明らかに被害は甚大だった。


 死都エグニアでは、力を失いながらも憎悪に身を焦がす冥王ガイストモアが、じっくりと回復に努めていた。


 ガイストモアは、一介の死霊術師から不死王リッチロードを経て、神にまで上り詰めた存在である。

 冥界には既に一人、死の女神ネフィーラが存在していたが、ガイストモアは魂や死者の在り方に対する見解の相違でネフィーラと袂を分かち、冥界のもう一柱へと成り上がった。


 ゆくゆくは冥界すべてを手中に収め、果てにはエイトリージョンの全ての魂の力をこの領域に集約させるという野望を抱いていた。


 その第一歩となるはずだった計略は、冥界に攻め入っている邪神ティヌトによって詳らかにされ、更にはそれを知った知識の神パリアスによって水泡と帰し、またガイストモア自身もパリアスの手によって手痛い打撃を受けた。

 その結果肉体は朽ち、魂のみが生き延びることとなった。


 肉体はまだ良い、所詮は魂の器にしか過ぎぬし、替えはいくらでもある。

 しかし、失った膨大な魔力と魂の力ばかりはどうにもならなかった。


 完全な復活には何年、いや、何十年かはかかるだろう。

 だが今は耐え忍ぶ時だ。


 幸い、ガイストモアには多くの配下がいる。

 中には弱った今を狙って謀反を起こそうとする痴れ者もいるだろう。

 だが、それを起こさせぬように主君を守る忠臣もいる。

 案ずることはない。




 流星が堕ちたのは、そんな矢先のことだった。


 それはただの天体衝突ではなかった。

 墜落と同時に膨大な魔力が周囲に溢れかえった。

 眠っていた死者はアンデッドとなり、静まっていた魂はホーントと化した。

 これは、魔力の暴走といっても差し支えなかった。


 もちろん、ガイストモアがそれに気付かぬはずはなかった。

 まさに天恵であった。

 暴走する魔力とはいえ、ガイストモアの手にかかればそれは純粋な魔のエネルギーと化した。

 魂の隅々まで魔力が満ち溢れた。

 その魂は新たなる肉体に収まり、ガイストモアは再び玉座へと座した。


 蘇ったのだ。


 まずは計画を台無しにした憎き邪神ティヌトの軍勢に復讐だ。

 思い上がったハイエルフの賢者とやらにも痛い目を見てもらおう。

 世界の魂を掌握するのはそれからでいい。


 半ば骨だけになっている拳をキシキシと握りしめ、ガイストモアはそう誓った。



 冥王ガイストモアのあまりにも早い復活、それは偶然ではなかった。


 だが、今の冥王ガイストモアにはそれが誰による指金なのか、知る由もなかった。


 この復活劇は、これから起きる大きな潮流の、ほんの序章に過ぎなかったのだ。


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