第1章  2

 もう夜も深いのだろうか。


 私は、砦の一室に座っていた。

 会議用のテーブルと椅子が中央に置かれた、飾り気のない部屋に一人、ぽつねんとだ。


 プラチナムハートというのは、いわゆる国家がお抱えする騎士団の類ではなく、この世界の主神であるマールという神様によって選ばれた強き者たちの集まりである。

 世界の秩序を保ち、平和を守るために混沌や邪悪なる存在と戦っている聖戦士、だそうだ。

 選ばれたものは世界各地に派遣され、それぞれの世界に点在する城塞都市に駐留したり、戦地へ派遣されたりと、世界を守る任に当たっているといったことを、私をこの部屋に案内してくれた一人が教えてくれた。


 私から事情を聴きたい、とのことだが、その前にまずひっとらえた邪教徒に洗いざらいを吐かせるため、しばらくここで待っていて欲しい、と頼まれた。


 さて。


 頭を切り替えよう。先ほどのステータスの一件だ。


 あの後砦への道すがら、私は他のプラチナムハートやら連行されている邪教徒やらすれ違う街の人やらのステータスを隠し見た。

 残念ながら霊魂のステータスは見ることが叶わなかったのだが。

 そしてその結果得られたものは大して多くはなかった。

 クエスター・ヴォイド・アリューションさんが他の人より頭一つ抜きん出ている事がわかったくらいで、おおよその人間の能力は二桁前半がごく一般的なものらしい。

 プラチナムハートの戦士は全体的に一般人よりもかなり鍛えられており、何やら特別感がある印象だ。


 では、私のこのバケモノのような能力は何なのだろう?


 通常時ですでに常人を遥かに超えている。

 気門開放なんてしたらそれこそ魔王か何かですか?って数字だし。


 思うに、もし気門開放状態で戦闘行為をしていたならば、先ほどの召喚部屋はきっと血の海になってたに違いあるまい。

 けれど通常時かつ手加減したことで、結果はごく普通に私が想像していた通りとなった。

 壁に叩きつけられべちゃりと潰れたわけでも、気弾で胴体に大穴を空けたわけでもない。

 まぁそれなりに能力のコントロールはできてるようだ。


 ……となると、ちょっと試したくなっちゃうよねー。


 私は全身に心を巡らせ、気門の位置を凡そ把握して、そこを開放するイメージを脳内で描いてみた。


「『気門開放』!」


 瞬間、体中を得体のしれない何かがぐるぐる回り始めた。

 全身の筋肉という筋肉が、神経という神経が波打つ。

 全身の毛穴が逆立つ感覚。

 だが、暴走して抑えきれないようなものではない。自分の体の中でしっかりと流れが脈打っている。


「な、なんだこれ!?」


 自分がとんでもない気を滾らせているのがわかる。

 まるで漫画の世界の主人公になったかのような感覚だ。

 そうか、これが本来のエリカの強さなのか。


 そりゃ死なないわけだ。

 エリカの強さの本質が垣間見れた瞬間だった。


 ゆっくりと周囲に気を巡らせてみると、壁を突き抜け周囲百メートル以上もの範囲の人々の気が感じられる。

 一番近いのはドアの前に立って警備をしているプラチナムハートさんだ。

 ステータスを見るまでもなく、凡その強さがわかる。

 ドラ○ンボールかっ!


 ざっと範囲を広げてみると、気を探れる範囲は砦全体程度くらいまで及ぶ。

 クエスター・ヴォイド・アリューションさんと同程度の人が二人、それよりも強い人が一人。

 このくらいの精度でわかるなら、ステータスをわざわざ開くまでもなさそうだ。


 ふう、とため息をつきつつ、私は全身の気門を閉じた。


 と、それとほぼ同時に部屋の扉が開き、番兵をしていたプラチナムハートさんが飛び込んできた。


「だ、大丈夫ですか?!

 なんだか一瞬とんでもない気迫を感じたのですが、無事ですか?

 聖職者さま!」


 大層驚いた顔をしていた。

 そのとんでもない気迫の出所が私だとはつゆにも思っていないようで、むしろ私の身を案じての事だった。


「大丈夫ですよ、ちょ、ちょっと驚きましたけど」


 驚いたのは事実だ。

 いきなりドアを開けて入ってこられた事に、だけれど。


「悪意のある気ではありませんでしたから、心配なさらなくても大丈夫だと思われますよ」


 私は恥ずかし気に彼にそう声をかけた。その気を発した私が言うのだから間違いない。

 悪意ではなく、茶目っ気です。

 そりゃ気になるじゃない、自分の能力がどんなことになってるのか、それを自分のものにできているのか。


 結果は、私が大きく驚き、そして納得したことで明らかだ。


 嬉しさもあって、少しだけ、頬が上気してるのがわかる。


「そうですか、聖職者様がそうおっしゃるならば安心ですね。

 失礼いたしましたっ」


 言って、彼は出て行った。



 さて、再び一人だ。


 先ほど気を巡らせたときに、クエスター・ヴォイド・アリューションさんの気も捉えることができた。

 そこにはまだ複数の人間がおり、取り調べはまだ続いているようだった。


 さてお次は、スキルを確認しよう。


「ステータス、スキル確認」


 唱えると、やたらと長ったらしいウィンドウが現れた。なに?この量……前はインターフェイスがわかりやすくて見やすかったのに、文字情報だけになるとこれか。


『スキル

 アクティブスキル(武闘術):

【雷撃拳★】プライマリ

【闘気拳★】プライマリ

【円舞撃★】プライマリ

【千手拳★】プライマリ

【烈風脚★】プライマリ

【棒術★】プライマリ

【瞬走一撃★】セカンダリ

【爆印★】セカンダリ

【風刃円★】セカンダリ

【龍旋昇★】セカンダリ

【死舞踏★】マスタリー

【天神の拳★】マスタリー

【二身★】マスタリー

【覚醒★】マスタリー

※プライマリは基礎技、セカンダリは応用術、マスタリーは奥義

 アクティブスキル(祈祷術):

【癒しの息吹※★】

【聖域展開※★】

【退魔(不死)※★】

【退魔(悪魔)※★】

【治癒★】

【意思★】

【結界★】

【奇跡の光※★】

 アクティブスキル(その他):

【気門開放】

【演舞】

【神の御使】

【タウンポータル】

【鑑定】

【ステータス】

 パッシブスキル:全て常時発動

【心眼】

【強脚】

【気巡り】

【精神胆力】

【機先の達人】

【祈祷活性】

【守りし者】

【第三の眼】

【立ち向かう者】

【慈悲なき一撃】

【エカールの光】

【神速】

【耐える者】

【武闘の極意】

【死なざる者】

【共にゆく者】

【明鏡止水】

【心の王者】

【死を纏う者】

【保管箱】

【言語理解】

 ★は全属性習得済 ※は祈祷詠唱必須』


 もちろん全て見覚えはあるのだが……ちょっと待て、これってパッシブスキル全部アクティブになってるの?

 ゲームではこの中から四つ選んで使う仕様だったのに?!

 やっぱりチートじゃないですか。

 無敵ですよこれ。

 今までゲームでは数百体相手に無双とか全然余裕だったけど、これなら軍隊相手でも無双できそうじゃないですか。

 もちろんそんなことはしたくないけれど。

 いやどうかな?

 してみたいかも?


 それと地味にタウンポータルが使えるというのはありがたい。

 一度行った場所に自分の印を刻んでおけば、自由に行き来できる。


 リライアさん、これで私に更にチート能力くれるって言ってたけど、もうこの時点で丁重にお断りしてもいいんじゃなかろうか?


 そういえばと、はたと思う。

 今の私は聖職者だけれど、一体何の神を崇め、仕えているのだろうか?

 風間恵里佳としての自分は神道だったけれども、特別に宗教観念とかを持っていたわけじゃない。

 お盆もクリスマスも当たり前に享受していた。


 ではエリカは?

 オブグラッドの百と八の神々?

 ゲームではよくそう言っていたっけ。

 けれどオブグラッドはモンクの修行の総本山がある地名だったし。

 ああ、思い出した、エカールの神々だ。

 「エカールの怒りを知れ!」とか良く叫んでいたわー。

 とすると、私の信仰はエカールの神々になるわけだけれど、今この異世界において、私の祈りはゲームの中の世界に住まう神々に届くんだろうか?


 ちょっと試してみようか。


「エカールの神々よ、今この場に汚れなき神聖なる領域を展開し給え……『聖域展開』!」


 瞬間、部屋丸ごとに青白い光で描かれた特徴的なエカールの聖典文字が広がり、室内の空気がいかにも浄化されました、というようなすがすがしさで満たされた。

 神々に祝福された空間ができあがった。

 って、祈り届いてるじゃん。

 エカールの神々って実在するの?!


 私は神道の信徒だけど、異教徒でも祈りを聞き届けてくれるの?

 すごく心の広い神々じゃないですか!

 はい、私エカールの神々に宗旨替えします!

 教義とかわからないけど。


 今後はエカール百八の神々の拳って名乗ろう!


 さて、聖域展開の件に戻ろう。


 この聖域、この場において治癒などを施せばその効果は上がり、ここに結界を張ればそれはより強固なものとなる。

 更に、属性を付与すれば、その属性を持つ祈祷や技がより効果を増す、といったものだ。

 場の清めなどにも使われるし、一時的に悪魔やアンデッド除けの役割を果たしたりもする。


 そうだ、忘れていた。

 属性の問題はどうなっているのだろうか?

 『サンクチュアリ3』の世界観では、いわゆる四元素やそれに光と闇を足したものではなく、『火炎』『冷気』『雷』『毒』『聖』『魔』『物理』という七属性であった。

 ただ、これは世界の理にも関わる問題だ。

 当然、この世界に準じたものになっているに違いない。


「ステータス、スキル、属性表示」


『スキル属性

 【火炎】★★★★★★

 【冷気】★★★★★★★★★★

 【雷】★★★★★★★

 【毒】★★★★★

 【聖】★★★★★★★★★

 【魔】★★★★★

 【物理】★★★★★★★★

★5が上限、それ以上は限界突破』


 ……変わって無い、七属性まんまじゃん。

 九割九分、この世界の法則を捻じ曲げてる自信があるわ。

 私はこの世界に居てはいけない存在なんじゃないかしら?!


 それにしても、と思う。

 常々この属性の『毒』って言うのが気になっていたんだよね。

 実際にゲームで毒属性を使うなんてのは治癒に毒属性を付与しての解毒や、聖域展開に毒属性を付与しての毒沼の浄化くらいのものだった。

 そもそも毒は敵が使ってくる攻撃に多かったし(これが実にいやらしい)、稀に魔法のアイテムに毒属性が付与されていたり、毒耐性のある防具があったくらいだと記憶している。

 自分は結局全耐性上げで苦労して強化したから、特に毒属性そのものを意識することは少なかったように思う。


 また、技にしても同様で、私は好んで冷気属性を使っていたのだけれど、これは冷気によって相手の動きを鈍らせられること、またとどめを刺すときに氷結させて砕くことで、時々登場する死後に爆裂してダメージをバラまく敵を上手い事いなすのを主な目的としていた。


 対して毒属性の武器といえば、攻撃を食らわせた相手の体力をジワジワと奪うのが主目的で、サクサク倒してアイテムゲット!のハクスラに於いてはあまり強みを感じていなかった(個人の感想です)。


 いや、毒属性をディスっている場合じゃない。

 聖域の展開された清々しい部屋で私は一体何を考えているんだろうか?

 他にも考えることは色々あるでしょうに。


 そういえば、先ほどスキル一覧を見た時に、一つ見覚えのないものがあった。

 パッシブスキルの中にあった、『死を纏う者』だ。


 見覚えは無いがこれについては思い当たる節がある。

 ゲームのストーリーの中で、ラスボスとなる堕天使が、終盤で死のヴェールを纏う。

 これを破るには、キャラクターも何らかの方法で死の力を纏わなければならない、というものだった。

 私が過去世で死ぬ直前のプレイの、ラスボスとのやり取りがまさにそれだった。


 ちなみにエリカの場合は、死んだ師匠の魂に触れ、教えを乞う事で死生観を身に付け、決戦に挑んだ。

 きっとその証がこのパッシブスキルとして現れたのだろう。


 だが何故この転生のタイミングでそれが発現したのかが謎だ。

 この世界でも、私のこの死を纏うという力が必要となるのだろうか?


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