プロローグ
私は夢を見ていた。
木々に囲まれた小さく開けた場所で、木を背もたれにして座っていた。
左手には小さな泉があった。泉の水は澄んでおり、青空と、周りの木々が水面に映っている。
私の正面には、切り株に座った一人の若い女性がいた。七、八メートルは離れているだろうか。
ゆったりとした、地味ではあるがそれでいて優雅な印象のローブのような服を着た彼女は、彫りの深い整った顔を空に向けていた。
おっとりした、優しそうな表情だ。髪は輝くようなブロンドの長髪で、見るからにとてもしなやかだ。
私には見覚えのない女性だ。
一方の私はと言えば、何とも言えない違和感をどことは言わず体中から感じていた。まるで自分ではない、どこか借り物のような体。
ふと、自分の手を目の前に持ち上げた。
違う。
これは私の手じゃない。見慣れた私の手のひらじゃない。私のそれよりも色白で、指は長く、掌は少し厚めだ。
取り立てて美しいというわけでもなく、数多の傷跡があり、少しゴツゴツとした印象を受ける。
まるで格闘技か何かをやっているかのような掌だ。
そして、また別の物が気になった。手首から前腕を覆うものが衣服のそれではない。
なんというか、鎧の腕当てのようなのだ。
うっすらとパールがかった白に、落ち着いた色味の金色で装飾がなされている。
と言って鉄製というわけでもなく、軽くて固いアルミニウムか何かなのだろう。
それにしても何故こんな物を?と疑問に思いながら、視線を下に落としてみた。
身体も、同じような装飾のなされた鎧のようなものを纏っていた。どうやら全身この格好のようだ。
しかしこの格好、どこかで見覚えがあるような気がする。
どこでだったろうか?
どうにも夢見心地で記憶がはっきりとしない。
ふと、髪の毛が視界に入った。
やはり、私の知っている黒髪ではなかった。
銀色のような、それでいて柔らかい金色にも見える。
プラチナブロンドとでもいうのだろうか?
何気なく、髪の長さが気になり頭に手をやった。
が、手に触れたのは髪の毛ではなく、手触りの良い絹のような布だった。
どうやらフードを被っているらしい。
目線を上に向けると、髪の間からフードの端が見えた。
鎧と同じパールがかった白に、金色の刺繍が施されているようだ。
フードを後ろに下げ、改めて髪の毛に触れた。
短い。
やはり、私の知っている髪型ではない。
触れてみるに、きっとボーイッシュな髪型なのだろう。
一体、私は誰だ?
私の名前は風間恵里佳。
女性。社会人二年目の二十二歳。
残念ながら見目麗しい方ではないが、体形維持はそれなりに努力している。
身長百五十五センチ。大きくもないが小さくもない、とは思う。
性格は明るい方ではない。人付き合いはどちらかといえば苦手。コミュ障気味なんだと思う。
趣味はゲームと読書、典型的なインドア派だ。読書のジャンルはRPG系ファンタジーだったりラノベだったり。世間的にはオタク女子と見られてると思われ。
別に否定する気もないけれど。
自分で言うのも何だが、割とサバサバしている方だと思っている。
男っぽいわけではないけれど、あまり女の子女の子しているものは、どちらかというと苦手かもしれない。
家族は、両親は私が中学生の頃に揃って事故で他界した。
あとはやや年の離れた兄が一人。
兄妹仲は悪くない。
それどころかこの歳で未だにお兄ちゃんっ娘だ。
両親の死後、私が短大を出るまで私を支えてくれたのは当時既に社会人だった兄だ。
今は特にブラックでもない会社で普通にOLをしている。
ちょっぴりの残業があるくらいで、それなりにお給料を貰って、それなりの生活をしている。
自宅はやや古めのアパートの一階。
特におしゃれに拘ってるわけでも無く、インテリアにもさほど興味はないので、部屋は殺風景だ。
ぱっと目に入るものはと言えば、本棚と、やや大きめの画面のテレビにゲーム機。
部屋はいつもきれいにしているつもりだ。
料理は一応人並みにはできる、といった程度。
キッチン(というよりも台所という表現が似合いそう)はいつお客さんが来ても良いように清潔にしている。
といっても、私の料理を食べに来るのは兄くらいのものだけど。
趣味のゲームに関しては少々特殊だと自覚している。
というのも、七年前に発売されたゲームを、ずーっと、それこそゲームを遊んでる時間の大半はそのゲームを遊び続けている。
『サンクチュアリ3』、という俗にハック&スラッシュ(ハクスラ)と呼ばれる、ガンガン敵を倒してレアアイテムをゲットして強くなっていくアクションRPGなのだけれど。
最初に買った時のゲーム機から、後継機で拡張版セットが発売されて、そして今でもアップデートされている息の長いゲームだ。
画面はクォータービューという斜め見下ろし型で、最近のゲームと比べると少し古臭いかもしれない。
どうも私は最近はやりの一人称視点のゲームは3D酔いしてしまうのに加えて操作方法にも苦手意識があり、中々手が伸びない(両方のスティックを器用に動かしてトリガー操作できる人は神だと思う)。
正直なところ、『サンクチュアリ3』で割と満足しているというのもある。
過去にストーリーや設定が気になって『サンクチュアリ』シリーズの過去作も兄のPCを借りて遊んでいるけれど、やっぱり今のが一番楽しい。
現在シリーズの4作目が開発中らしいので、あとは精々それが楽しみなくらいだろうか。
『サンクチュアリ3』については、相当やり込んでる自信がある。
キャラクターのレベルは七七六五、クラスはモンクと呼ばれる武闘僧で、格闘家と僧侶の特徴を併せ持っている。
アイテムの厳選もバッチリだと思っている。
キャラクターの名前は「エリカ」。
もちろん自分の名前から付けている。
これ、割と恥ずかしいという人もいるみたいだけど私は気にしてない。
自分の名前が好きで何が悪いのさ?
さて……どうやら思うに、今の私は恵里佳ではなくエリカらしい、と気付いた。
少しばかり頭もさえてきて、この格好に思い当たるものがあった。
現在メインで使ってる装備セット『聖域の使者』を目いっぱい強化したものなのだ。
とすれば、髪の色も髪型も納得がいく。
多分、顔も。
ふと気付いて右を見ると、これまた見覚えのある武器、光龍杖が置かれていた。
杖、とは言うものの、中国武術の棒術で使われる大棒だ。
持ち手に当たる部分には貴重な神木が使われ、端の部分には光龍の骨が使われていると言われている。
そっと触ってみると、杖の滑らかな表面が気持ち良い。
「あら、目覚めたようですね」
杖の感触を楽しんでいたところ、不意に声をかけられた。柔らかく、聞く人を安心させる声だ。
声の主は、先ほどまで空を見上げていたローブ姿の女性だ。いつの間にか、私の目の前に立っていた。
「どこか具合が悪いとか、痛いところとかはありませんか?」
女性は少々心配げにこちらを見つめてそう言った。
「え?あ、ハイ、大丈夫です」
状況がイマイチ呑み込めていないので大丈夫も何もないが、咄嗟に口から出た私の返事は少々落ち着きを欠いたものだった。
が、そこでまた気付きが一つ。
声も違うのだ。私の声ではない。ゲームで聞きなれたエリカの声だった。
なんという声優さんだったかな?。普通に話せば格好も良いであろう、見た目にも似合ったクールビューティな声。
その声で私は何とも素っ頓狂な返事をしてしまったのだ。
だが、目の前の女性はそんなことなど意に介さず、再び口を開いた。
「申し遅れましたわ。わたくしは異世界と異世界を結び、転生を司る女神リライア、と申します。あなたは……風間恵里佳さん、で間違いありませんわね?」
は?
今何と申されました?
転生の女神?異世界?
しかも私の名前を知ってるって何ですか?
たまに読む異世界転生ものの小説ですか?
すっごく混乱することをさらっと言ってのけたよねこの方。
しかも今の私の格好はどう見ても風間恵里佳のそれではなく、エリカのそれですよね?
何かすごくおかしくないですか?
「大丈夫ですよ、あなたの認識で合っています」
リライアと名乗った女神が、私の心の声を聞いていたかのようにそう落ち着き払って言った。
……私の認識で合っている、と?
今この瞬間が異世界転生もので、エリカの格好をしてはいるものの私は風間恵里佳で間違いない、と、そういう事ですか?
信じられない!
嘘でしょ?
私死んだってこと?
そもそも私の格好は何なの?
普通は物語に転生の神様とか出てきたら本人の姿で転生するものよね?
というかもうお兄ちゃんには会えないって事?
『サンクチュアリ3』ももう遊べないの?!
混乱に次ぐ混乱。混乱が押し寄せてくる。もう頭の中ぐっちゃぐちゃ。
「アノスミマセン、ワケガワカリマセン」
やっと絞り出したのがこの返事である。まごうこと無き本心そのもの。
「まあそうでしょうね。
今まで何人もの転生者を送り出してきましたからその気持ちは良くわかりますわ。
しかも今回に関してはイレギュラーな事態も発生しておりますし。
まずはその、一旦深呼吸してから、わたくしの話を聞いていただけますか?」
取り立ててごく普通の状況であるかのように、リライアは落ち着き払った声でそう言うと、私の目の前に腰を下ろした。
そうか深呼吸だ。
スーハースーハー……ダメじゃん全然落ち着くわけがない。
それどころか今女神様なんて言ったっけ?
イレギュラー?
余計に混乱するでしょっ!
けれど、話を聞かない事には何も問題は解決しない。
……それにこれ、夢だよね?忘れてたけど。
「いいえ、残念ながら夢ではありませんわ。おつらいでしょうが、現実なのです」
トドメを刺された。
夢じゃなかったんですか。
というか、心の中完全に読まれてますネ。
これはもうごちゃごちゃ悩むのをやめて、おとなしく話を聞く方がいいやつだ。
「よくわからないけどわかりました、お話、聞かせていただいても良いですか?」
聞くしかないじゃない。そもそも私が死んだとか話を聞かないとわからない事だらけだ。観念するしかない。
「では、わたくしがわかる限りの事を順を追ってお話しさせていただきますわ。
あなたは、あなたの世界の暦で二〇二一年七月三十一日午後六時三十二分、あなたの部屋にトラックが突入し、その事故で頭に大怪我を負って亡くなりました。即死でした。
その際、本来であればあなたの肉体をもって転生するはずが、その頭部の怪我の原因となった謎の物質のせいでそれを阻害されました。
そこで、たまたまあなたがその際に繋がっていた異世界の体を使って転生させることにいたしました。
あなた自身の肉体が使えなかったため、身体能力や技術といった一切は、その異世界の体に依るものとなります。
ここまでは良いですか?」
ちょっと待て、部屋にトラックが突っ込んで死んだという事はわかった。
アパートも交差点に面していたからそういう事故が起こったと言われればそれもわかる。運が無かったと言われればそれまでだ。
その時間、私は相も変わらず画面に向かってコントローラーを握っていた。飽きもせずに『サンクチュアリ3』をプレイしていたのだ。
「貴様も死の力を身に付けたか」
何度目だろうか、このセリフを聞くのは。
もう何度も何度も倒しているラスボス。
強化素材集めで周回プレイをしていたので、いつもなら会話イベントをスキップするのだけど、なんとなくその時はそのまま会話を聞いていたのだ。
ラスボス「死の堕天使ウルフェウス」を倒すのは正直今のエリカならワンパンもいいところだ。
そこらのザコと同じ。
もちろんその時もそうだった。
そして最後にラスボスは身もだえ、体中からエネルギーというエネルギーを噴出させ、消滅……とその瞬間、私の目に何かが飛び込んできた。
そうだった。その後からの記憶が全くない。
そこまでの事を思い出してから、私はまず順を追って理解に努めよう、と考えた。
「あのー、頭の怪我って、どんな状況だったんですか?」
まずはそこからだ。大怪我で即死と言われれば、きっと脳が撒き散るくらい派手に割れたとか潰れたとかそんなところだろう。
顔を再生できなかったから転生が無理だったのではないか?とも考えたが、謎の物質がどうの、とも言ってたっけ。
「驚かないで聞いて下さいね。額に、何やら謎の石が突き刺さったのです。
太さがあなたの手首くらい、長さがあなたの掌くらいで、両端が鋭くとがっており、黒い半透明の石です。
内側から、何やら赤い光が明滅していました」
オイオイオイオイちょっと待て、それは『サンクチュアリ』の1作目のエンディングか何かですか?
私はラスボスに乗っ取られちゃった王子様ですか?
「えーと、その石のせいで転生できなかったんですか?石が邪魔したんですか?」
何の冗談だ、と本気で首を傾げた。
そもそもどこから出てきたんだその石は。
私の部屋にはそんなもの置いていなかったし(いくらシリーズのファンだからってそんなコアなアイテムのレプリカまで欲しいとは思わないでしょ!)、トラックにそんな部品があるとも思えない。
それとも良く知らないけど車のライトの部品にそんな物質が使われてるとかありえないよね?
「わたくしがわかる限りでは、その石から邪悪な力が滲み出ていて、その結果肉体の転生が阻害されました。
幸い精神は先に切り離して救い出せましたが」
うーん、精神が救い出されただけまだマシだったのかな、と思う。
いや、死んだことには変わりないし、きっと兄にはすごく悲しい思いをさせているに違いない。
なんと兄不幸な妹なんだ私は。
お兄ちゃん、本当にごめんなさい!
「で、異世界に繋がってた体で転生させたって言ってましたけど……これ異世界じゃないですよ。
ゲームですよゲームっ!
ゲームの世界から体とか引っ張り出してきたんですか?!」
「ゲーム??ですか?
わたくしが見る限りでは立派に異世界でしたのよ。
それに、もう随分前になりますけど、同じ世界から転生者を送り出した事があったのですよ」
「え?イレギュラーって言ってませんでした?」
「ああいえ、その方はその世界のその人物の肉体で転生させてほしい、と願われたので」
自発的に、という事なのか。
納得。
「前の方もそうだったんですが、その世界の体にはどういうわけか心が無くて、そこであなたの精神の器として丁度良いと思って使わせていただいたのです。」
偶然ゲームをしていたタイミングで良かった、と思う。
エリカと繋がっているという表現も何やら不思議ではあるが、確かにゲームの中ではエリカは私の分身だし、ゲームのキャラに心があるか?と問われればそれもまた疑問だろう。
設定された性格などはあっても、自我を持っているわけじゃないし、このゲームは自キャラにAIを使っているわけでも無い。
確かに空っぽな器と言えばそうなのだろう。
前例の人もそんな感じでわりと簡単に肉体に魂を移し替えられたのだろう。
……けどその前に、この肉体ってポリゴンなんじゃないですか?
「念のため、見た目が少し芸術性に富んでおいででしたので、わたくしのできる限りで現実の肉体や素材に変えておきましたので、そこはご安心ください」
なるほどすごい技術ですねー。
数年前の3D品質を現実世界のそれに変換できるとか、もう何でもアリじゃないですか。
実際、フードや光龍杖の手触りはすごかったもんなぁ。
……ふと、自分の顔が気になった。
「あの、少し待っててもらってよいですかっ?」
女神様にそう言って、左手にある泉の方へ行き、水面を覗き込んだ。
自分の顔とは違うが、たしかに見慣れた顔がそこにあった。
色白で、切れ長の目、すっと通った鼻筋、形の良い唇。
やや彫りが深く、一見気が強そうに見えるが、間違いなく美人だ。
髪の毛は思った通り短く、ボーイッシュなプラチナブロンド。
まさしくエリカが実在したらこうだろう、という姿だった。
「これが……私か」
つい見とれてしまった。これは自分で自分に惚れてしまう。しかも声までエリカである。
この顔にこの声、反則ものだ。
と、待てよ?ゲームじゃ表情が変わらなかったが、実物という事はこの顔で喜怒哀楽が現れるということではないか!
何気にスゴイ!
さっそく笑みを浮かべてみた。
おお、微笑んでるよ!
エリカが微笑んでる!
しかも微笑みが絵になってるよ!
さて、と気を取り直して女神様の前へ戻る。
「お待たせしました」
言って、私は再び木に背を預けた。女神様の前で失礼かな?とも思いつつ。
「では続けましょうか。
わたくしは永い事、世界と世界をつなぐ転生の女神として、多くの人を迎え、送り届けてきました。
その大半は、送り届ける先の世界からの救いの声を聞き、それに適った人選をし、命を失った人を救い上げる形で行ってきました。
誤解を生むといけないので述べておきますが、わたくしがトラックを派遣したり、わざとに過労死させたりといったことはありませんよ?
むしろそうして不慮の事態で亡くなった方に再び機会を差し上げてると自負しておりますわ」
リライアは少しばかり胸を張って見せる。心なしか可愛い。
「しかも最近は随分とこういう事象が流行しているようで、わたくしも転生の女神として少々忙しくさせていただいております。
さて、それでは転生についてご説明させていただきますわ。
今回もやはり、転生者による救いを求める世界からの声があり、そうして選ばれたのが風間恵里佳さん、あなたです。
しかしながら永い事この務めをしている私でも初めての事態であり、あなたを本来の形とは異なるケースで送り出さざるを得なくなりました。
あなたと繋がっていたその肉体は、強い何かを秘めております。
よって、偶然ではなく意図的に、その肉体のもつあらゆる力をそのままあなたの力とし、その肉体が携えていた持ち物をその助けとするために、共に送り出します。
念ずれば、何もない空間から保管箱へ手を伸ばすことができ、好きに出し入れできるはずです。
試してごらんなさい」
言われ、私は心の中で一組の籠手を思い浮かべ、ポケットに手を入れるかのようなイメージで下へ向かって手を伸ばした。
すると何もない空間に手が吸い込まれ、指先がその籠手に触れた。
なるほど、と思いつつその籠手を取り出す。
それは、籠手といっても金属のそれではなく、赤い一組のグローブのようなものだ。
赤地に金の刺繍が施されており、右手には龍の、左手には虎の絵が鮮やかに輝いている。
「龍虎の魂」というフィストウェポンである。
「素晴らしい逸品ですね。力強さと、高潔さが感じられます」
感心するようにリライアが言う。
私は再び、今度は手にある「龍虎の魂」をしまうように念じ、腕を下に向けて伸ばす。
すると、フッ、という軽い感覚と共に手から握っていたものが消えた。
なるほど、これは便利だ。
改めて、保管箱の中身を念じて覗いてみた。
そこにはこれまでに鍛え上げた四つの全身用セットアイテム(今身に付けている「聖域の使者」を入れると五セットとなる)、数種類の杖、数種類のフィストウェポン、アクセサリー、宝石、各種ポーション、衣服、旅の道具一式、その他諸々を確認した。
最後にゲームをプレイした時の状態そのままだった。
なるほどこれはドラ○もんの気分になれる。
「続いて、これから異世界に転生しても困らぬよう、いくつかの技能を与えます。
『言語理解』は、他の言語の会話、読み書きに困らぬようになる技能です。
その世界の古代語や魔法言語なども認識できます。
『鑑定』は、未知のアイテムの鑑定に使えます。
どうやら元の世界……といってもその肉体の方ですが、そちらでも使えた技能のようですので、ほぼ同じものだと思っていただいて結構ですわ。
『ステータス』は、自分及び他人、各種クリーチャーのおおよその能力を数値化して見ることが可能な技能です。
もし相手が貴方よりも強大な存在ならば、跳ね除けられてしまいます。
数値の内容はそれぞれの異世界ごとに固有の決まりがあるようなので、行ってみてから判別すると良いでしょう。
ここでなら、今現在の数値を見ることも可能ですよ」
なるほど、異世界転生ものお約束のスキルの数々だ。
試しに、こうやってみるのも最後の機会だと思い、『サンクチュアリ3』でのステータスを見てみることにした。
「ステータス」
唱えると、目の前に半透明のウィンドウが現れ、そこには見慣れたインターフェイスが表示されていた。
コントローラーが無くても思ったようにウインドウのタブが選択できる。
『クラス : モンク
レベル : 七七六五
筋力 : 一〇四二
敏捷性 : 二六四六七
知力 : 一〇七
生命力 : 五三九七
攻撃力 : 四九六四五(毎秒)
防御力 : 一九七六〇
ライフ : 五〇〇二〇
精神力 : 三五〇(秒間4回復)』
ざっとスキルも目を通したが、最後に選んでいたスキルと属性は変わっていなかった。
果たして、このステータスがこれから召喚される異世界でどのような数値になるのだろうか。
言い換えれば、自分は異世界でどのくらいの能力を持つことになるのか。
どれだけの腕前を持つものとなるのか。
楽しみでもあり、不安でもあった。
そして思う。私は果たしてエリカのように強い心で戦える立派なモンクでいられるのだろうか?
そうありたいなあ。
「確認が終わったようですね。
それでは最後に、転生者へのお約束であるギフト、わかりやすく言えばチート能力を授けましょう。何か欲しい能力はありますか?」
やっぱりあるんだチート能力!
いやいや、エリカの能力が使えるってだけで既に立派なチートだと私は思うのだが、これ以上何を望めと言うのだろう?
……そうだ。
「あの、私、実は対人関係が苦手と言いますか、コミュ障といいますか……。
こういうのを無くすことって」
「できませんわ」
ハッキリ言われた。
「それはその人の性格ですので、自分で直していくのが成長というものだと私は思います。
そこは頑張って自分を磨いて下さい。
では、それ以外では?」
それ以外?急に言われても思いつきませんが。
今さら何か言っても既に誰かが思いついていそうだし、なんとなく二番煎じは嫌だもんなぁ。
「どうしても、今決めないといけませんか?」
食い下がってみる。
「そうおっしゃる方多いんですのよ。
本来はこの場で決めていただく決まりなのですが、恵里佳さんの場合は事情も事情ですし、特例を設けましょう。
手をお出しください」
言われて、私は恐る恐る右手を差し出した。
すると、リライアは私の掌に小さな美しいピンクの光を発する宝石を一粒乗せ、こう続けた。
「それは、『約束の言葉』という神石です。
これから転生後、その石を一度だけ使う事ができます。
その石の力で、異世界から一度だけ、わたくしと会話することができます。
もしギフトに何が欲しいか決まったら、その石を握ってわたくしの名を念じてください。
そうしたら、その時、あなたが願ったギフトをあなたに授けましょう」
食い下がってみるものである。
神様を相手に恐れ多いにもほどがあるが、私にとっては渡りに船だ。
「女神様!ありがとうございます!きっと世界を救う力に使うと約束いたします!」
言って、さっそく持ち物箱に『約束の言葉』をしまい込んだ。
それを見てか、リライアはゆっくりと立ち上がり、言う。
「では、準備も整ったことですし、さっそくあなたを異世界へ送るとしましょう。よろしいですか?」
リライアにそう言われると、急に緊張で胸が締め付けられた。
いよいよ異世界。
私の新しい人生。
期待と不安で胸がキュッとなる。
私は傍らにあった光龍杖を握り、女神様の前へ跪いた。
「はい、お願いいたします」
「風間恵里佳よ、今あなたを新たなる地へ送ります。
良き旅を、転生者よ」
リライアがそう言いながら、私の頭上に手をかざした。
その手から、温かな波動と光があふれ、ゆっくりと私を包み込んだ。
やがて光はまばゆく輝き、私は光の粒子となった。
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