『真紅と黄金の戦い』


「そうか……ヘレニウム。オレ様にたてついたこと、覚えておこう」


そして静かにアッシュは構えの態勢に戻った。

その姿勢、集中力。

剣の届く範囲に張り巡る、対処予測の数々。

間合いに一歩踏み入れば、切り刻まれかねない威圧感が、一帯を支配する。


周囲の人々はそれに固唾をのんだ。

偉そうなことを言うだけあって、積み重ねた経験や実力は間違いなく本物だった。


並みの冒険者では、その領域に踏み込もうとは、決して思わないだろう。



だが、少女。

ヘレニウムに遠慮など無かった。

一歩一歩、アッシュに近づいていく。


「私は今、あなたのせいで機嫌が悪い。すっきりさせて貰います」


堂々と、真っ赤な神官が、アッシュの間合いに踏み込んでいく。


やがて、その一歩が、無と有の境界に入り込む――。


戯けが。

――その一瞬をアッシュが見逃すはずがない。


その瞬間。

伝説級の剣が風のような速さで振るわれ、


「……どうなっても知らんと言っていたな、それはこっちのセリフだ!」


剣は、情け容赦なくその首を狙いに行く。


けれど。

さらなる瞬きの間に、盛大な残響が轟いた。

金属と金属の奏でる、派手やかな金切り音。


そして。


「なにぃ!?」


目を見開き、驚いたのは、アッシュの方だ。




当然だ。

風を凌駕する暴風が如き鉄槌が、三日月の残像を残して振るわれたかと思えば、アッシュの剣は大きく弾かれていたのだから。



だが、アッシュも手練れだ。

弾かれた剣が、手から離れてしまわないようしっかりとフォローし、そして、片手半剣バスタードソードの要素を持つその業剣を、両手で握って叩き下ろす算段をとった。


その判断は一瞬で行われ、今、ハンマーを振るった状態。その隙をさらすヘレニウムを、頭上から両断しにかかる。



――けれども。

ハンマーを振るった遠心力を活かし、ヘレニウムはくるりと回転する。

ヘレニウムの良くやる技術だった。


その勢いのままに、ハンマーをヘッドのほうからピックの方に切り替え。


今、剣を振り下ろそうとしているアッシュの剣を、盾で、振り払うと同時に。


どてっ腹に――。


カソックをふわりと舞わせ。


紅い超重ハンマーの尖ったほうを、


――全力無比の手加減皆無で叩き込んだ。


「ごッ、」

重苦しい音が響き。

その威力が、アッシュの腹部を突き抜け、背中から迸る。

アッシュの動きが止まる。



確かに。

アッシュの装備は素晴らしい。

並みの防具では、ハンマーのピックを叩き込まれた時点で穴が開き、人体の内臓まで威力を届かせるだろう。

その点、アッシュの鎧は無傷だったことを考えればいかに頑丈な鎧かは明白だ。


しかし。

所詮、鎧は鎧。

そしてハンマーはハンマーだ。


最初から、鈍器ハンマーとは、甲冑の上から相手を叩きのめすことに利点を持つ武器。


鎧は無傷でも。

身体はそうはいかん。


「はッ……!!?」


アッシュは。

よろよろと後ろに歩き、その口からボタボタと赤い血を吐き出した。

思わず落としそうになる剣を、根性で握りなおし。

アッシュは腹をおさえて後退する。


「やはり剣士は軟弱ですね。今のは、ただの打撃ですが?」


「な……バカな……! あの地底竜ブリオニアの爪をも防いだこの、鎧を――?」


アッシュは悔しそうな顔をし。

クソ、と呟きながら。

腰の小さなカバンから、何かの秘薬を取り出し、素早い所作で飲みほした。

その無駄のない動作は、きっとそれまで培った激戦の中で、卓越された技術の一つだろう。


からん、と角ばった小奇麗な小瓶が投げ捨てられる。


すると、アッシュの流血が引き、苦しそうな顔がみるみる戻っていく。

飲んだのは、回復薬の一種と思われた。


「……もう油断はせぬ。ここで貴様を必ず血祭りにあげてやる!」


「へえ? そうですか。それは構いませんけど ……その『曲がった』ツルギでですか?」


え?

とアッシュが驚き。

ヘレニウムの指摘に、アッシュが剣を見ると。


「なっ!?」



刃が欠けていた。


それに、持った手ごたえが微妙におかしく。

よくよく見れば、剣が既に真っ直ぐでは無くなっていた。

すこし、曲がっているのだ。


初撃をハンマーで打ち払われたときに、余りの威力に剣が破損したのだろう。

こんな剣はもう、刃物として使い物になりはしない。


自慢の装備をお釈迦にされ、アッシュが吠える。

「き、貴様ァァアア――!?」


わなわなとその体が震え。


「許さぬ、許さぬぞ、貴様ぁぁ!」


曲がった刀身をヘレニウムに向け。

「もう許さぬ――くらえ! 『ブリオニアのいかずち』!!」


その言葉の瞬間。


眩い光が明滅し。

天に暗雲も無いというのに。

超極太の『雷』が、天空から、地上に佇むにヘレニウムに『落ち』、周囲に大音量を轟かせた。


大通りの石畳が、衝撃でめくれ上がり、粉砕されて周囲に吹き飛ばされる。


雷はヘレニウムの全身を迸り、焼き焦し、じゅう、と白い煙が立ち上った。


放たれた雷は、自然のモノより幾倍も強力だった。

それには、さすがのヘレニウムでも耐えられない。


佇んだままの少女。

ヘレニウムは、声を発する暇さえなく。

そのまま、がちゃん、と仰向けに倒れ込んだ。


ギャラリーがざわつき。

アッシュが笑う。

高く。


「フハハハハハハハ。ざ、ま、ぁ、みろ。オレ様のお気に入りの一本を台無しにしたツケだ。……馬鹿が、地底竜ブリオニアの雷を封じ込めた伝説級の剣が、ただの剣と同じなわけなかろう。こいつには、剣として以外にもこういう使い方があるのだ……。まぁ、もう聞こえぬだろうがな……」


勝ち誇るアッシュ。

「ハハハハハハハ……」


しかし。


「『――下位天使級アンゲルス損傷治癒クラティオ』」


その、ヘレニウムを包み込む『癒しの輝き』を見た瞬間に――。


「……ハッ……!?」


そんなやかましい金ぴかの高笑いがピタと止まる。




そして。

当然のように。

平然と。

ゆっくりと。

少女は立ち上がった。




そうして愕然としているアッシュに、

完全回復を終えたヘレニウムは言う。


「……何を驚いているのです? あなたには、私の帽子が見えないのですか? 私が、何の『職業クラス』か、思い出せば、なにも不思議がることはありませんよ?」


「……お、おのれ……上級神官アークビショップめ……!」


「ええ。あなたが言う、神官風情ですが、なにか?」



アッシュはエスカロープに馴染みが無い、他所モノだ。

目の前の神官が、白兵戦に卓越しているなどと知る由も無かった。


そも、手に持つハンマーが、どれほどの重量かもアッシュは知らないだろう。


故に。

そのへんの神官だとなめてかかってしまったことが、なによりも悪い。






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