入学式

 一年F組出席番号三十九番、廊下側の後ろから二番目の席が俺の席だ。スクールバッグを机の横に掛けて着席すると、一つ後ろの席に麗奈が座った。麗奈の魔力マナは魔力測定を受けた時点で俺よりも少なく、一番最後の番号を割り振られたようだ。

 教室内を見回すと少数のグループが出来上がっており、入学前から交流がある者同士で集まっているらしい。 髪をワックスで撫で上げ、高校デビューしましたと言わんばかりの男子生徒達が集まるグループのメンバーと視線が交わり、グループ総出で俺を取り囲む。


「おい、入学する平民ってのはお前だろ?」


「そうだけど、何か?」


「口の利き方に気を付けろよ、平民。今後の学校生活を考慮した上で言葉遣いに気を付けて話せ」


(面倒なのに絡まれてしまった……言葉は通じないだろうし、無視しよう。『強化障壁エナリア』)


 障壁エナリアの下級魔法版、強化障壁エナリアを張り、机に頬杖をついて相手にしない。根本的解決には至らないとしても、まともに相手をしなければ言いがかりも付けようがない。

 男子生徒達は顔を見合わせ、鼻で笑った。


「くくく、あっはっはっはっは! 平民、無属性初級魔法の障壁エナリアに閉じ籠って情けないな!」


 やめておけばいいのに、リーダー格の声が大きい男子生徒が強化障壁エナリアを殴りつけた。どうやら障壁エナリアと勘違いしたみたいだが、誤った選択である。

 属性練度と魔法練度が低い障壁エナリアではデコピンで砕け散るが、数日前よりも属性練度が上がり、障壁エナリアよりも素の強度が高い下級魔法の強化障壁エナリアなのだ。バキリと、何かが折れるような音が鳴った。


「へ……? ぎゃあああッッ!」


「ど、どうしたんだよ、おい!?」


「取り敢えず保健室、保健室だ!」


 男子生徒は何が起きたのか理解できずに間抜けな声を漏らし、痛みに襲われてから悲鳴を上げた。拳を握っていた中手骨、握り方が悪ければ親指の中手骨も反動で折れただろう。

 男子生徒達が一目散に保健室に走って行き、クラス内が静まり返った。麗奈は眉一つ動かさず、淡々と感想を述べた。


「……黎人、やりすぎ……」


「え、俺のせいなのか? 何もやってないだろう、自業自得だ」


「それに無詠唱だった……何処で習った?」


「いい先生に教わったんだよ」


 華蓮の名前を出すのは避け、適当に誤魔化す。

 それからクラス内の生徒は各々が自席に座り、担任の先生が来てくれるのを待っていた。後からやって来た生徒が近くの席の生徒に事情を聞き、下手な事をしでかさないように大人しくしているらしい。

 時計の長針が九時を指し示し、校内スピーカーがチャイムを鳴らした。


「おはよう、Fクラスの諸君! ―――どうした、他のクラスと比べて静かすぎるだろ!? 宮内は強化障壁エナリアを張って何があった?」


 黒板側のドアが勢いよく開き、男が入ってきた。

 茶色の天然パーマ、丸眼鏡を掛けた三十代前半と思しき長身の男性。紺色のスーツを着こなし、快活な性格で親しみやすい印象だ。その手には生徒名簿があり、Fクラスの担任なのだろう。

 俺が事情を説明するよりも先に女子生徒が挙手し、ありもしない事を言い放つ。


「宮内君が魔法で石井様に怪我を負わせたのです」


「ほう、何人か居ないのは石井の付き添いか。白川、今の発言に嘘偽りはないか?」


「ええ、無論です」


 白川と呼ばれた女子生徒が鼻を鳴らし、為て遣ったりと言わんばかりの表情だ。一方で担任は顎に手を当てて思案し、それから俺の席に近寄って来た。


「宮内が展開してるのは無属性下級魔法の強化障壁エナリアだ。新入生の割には属性練度と魔法練度も高く、強度はコンクリ並みか」


 担任が強化障壁エナリアをコンコンと叩き、強度を確かめる。生徒達は初級魔法の障壁エナリアだと思っていたらしく、信じられないとばかりに目を見張った。


「それで、だ。白川、宮内が強化障壁エナリアを用いて石井を攻撃する方法があるか?」


「え、いえ、別の魔法で……」


「学内で決闘、授業外での攻撃魔法、拘束魔法の行使が禁止されている。別の魔法ってのは例えば?」


「ふ、火球ファルです」


火球ファルねえ……初級魔法とは言え火属性、焦げた臭いや燃えた痕跡が残っていたり、火傷を負ったと大騒ぎになる筈だ」


「…………」


火球ファルを行使した痕跡がない、宮内は強化障壁エナリアの中。どうせ石井が絡んで、勝手に自滅したってところか。そうだろう、宮内」


「はい、そうです。関わりたくないので強化障壁エナリアを展開したところ、石井が殴りつけて拳を痛めたらしく、保健室に行きました」


「コンクリの壁を殴ったようなものだ、骨の一本や二本は折れるに決まってる。ふぅー……毎年、身分差による問題が起き、入学式でも説明があるが……先に話しておこう」


 担任は慣れた様子で白川の嘘を暴き、面倒臭そうに頭を掻いて教壇に立った。白いチョークで黒板に名前を書き殴り、教卓の上に生徒名簿を放り投げた。


「俺はFクラス担任、山道せんどう大地だいちだ。土属性魔法と火属性魔法の講義を担当し、行事や朝と帰りのホームルームで顔を合わせるくらいだが、一年間よろしくな。入学式でもオソド学園長がお話しされるが、学内において君達は貴族や平民関係なく一生徒であって、身分による待遇の差はない。仮に上下関係を決めるとすれば至ってシンプル、総合力だ。これを前から一人一個取って、後ろに回してくれ」


 山道が空間を裂いてスマートフォンのような端末を数十個取り出し、前の席から後ろに流していく。麗奈に渡してから貰った端末を手に取り、起動ボタンらしきボタンを長押しした。

 ボタンを押す指から微量のエネルギーが吸われ、端末が起動する。画面には俺の証明写真と総合力、学年順位、学内順位が表示されており、残高ポイントが33197ポイントとなっていた。


「これは学内専用端末の『I Magic Scan』、略してIMGSアイマギスだ。IMGSアイマギスの起動時に微量の魔力マナを消費し、起動した人間の魔力量、属性練度、魔法練度、生命力とスキル等から総合力を算出し、学年順位と学内順位を割り出す。バッジと連動し、総合力に応じてバッジの色が変化する。ほら、既に何名か色が変化しただろう?」


(学年順位四位、学内順位は二百五十七位。総合力は33197、総合力によって換算されるポイントが変動するのか。バッジの色はオニキス……)


 ブレザーの襟に付いてるバッジが青銅ブロンズからオニキスに変色し、肩を叩かれて振り向くと麗奈のバッジもオニキスだった。端末の画面を向けられて、学年順位二位、学内順位二百三十一位、総合力と残高ポイントが38100と表記されていた。

 魔力量、属性練度、魔法練度以外の能力も正確に読み取っているらしく、麗奈の順位が俺よりも高いのが証拠である。


「最下位の二人がオニキスって……山道先生、この端末壊れてませんか?」


「そうだそうだ! こんなの可笑しい!」


 最下位であった俺と麗奈が上位にランクインしたのが気に食わないのか、生徒達が騒ぎ出した。一ヶ月未満で最下位の二人がオニキスに上がるだけの実力を身に付けた、または元々持っていたとは考えられず、納得がいかないのだろう。

 しかし、山道は首を横に振って教卓を叩く。


「入学前に測定した魔力マナの総量でクラス分けが行われ、総合力はその他の能力が合わさっている。それにIMGSアイマギス真瞳しんどう家が開発に携わり、魔道具士としても名高いオソド学園長が製作した。文句があるのなら真瞳家やオソド学園長に直接言ってくれ、言えるのならだけどな」


「「「…………」」」


(文句が言えないとなると、IMGSアイマギスの信頼性は高いようだ。魔道具を支給してくれるなんて、凄いもんだ)


 生徒達が押し黙り、真瞳家とオソド学園長の家格が高いからなのか、実力を広く知られているからなのかは不明だが、IMGSアイマギスの性能は折り紙付きだ。


「クラスによって受けられる学内サービスに差が生じるが、バッジがオニキスになった宮内と宮本はAクラスに在籍してる扱いとなり、最高ランクの学内サービスを受けれる。ちなみに上位の人間しか最高ランクの学内サービスを受けれないのではなく、学期ごとに総合力の基準値が設定されてるから、基準値さえ満たせばサービスの等級を上げられる」


「山道先生、総合力と同数値の残高ポイントは学内サービスで消費するのですか?」


「宮内、良いところに気が付いたな。総合力と同数値の残高ポイント、お小遣いが毎日支給される。学内の学食、自販機、購買で使えるから、努力した分だけ見返りがある」


 属性練度、魔法練度、スキル等を磨いて総合力を高めることにより、ご褒美があると思えば頑張ろうとやる気が湧いてくる。それこそ子供であれば、尚更である。内心では不服そうだった生徒も多少の不満こそあれど、頑張ろうという気になったみたいだ。

 教室内の雰囲気が良くなり始めた頃になって後方のドアが開き、件の石井と取り巻き達が帰ってきた。石井の拳を握っていた右手は魔法で治癒してもらったのか、何ともなさそうだった。


「遅かったな、朝のホームルームが始まっている。席に着いてIMGSアイマギスを起動し、各々で使用用途の説明を読んでくれ。そこまで説明したからな」


「先生、俺は平民のせいで右手の親指と中指、薬指の骨に罅が入ったんですよ!? コイツを停学なり退学にして下さい!」


「―――本気で言ってるのか?」


 石井が俺を糾弾するが、山道が低い声を発して凄んだ。まさか自身に怒りの矛先が向かうとは思っておらず、石井が硬直した。


「いいか、石井。千魔高では身分よりも総合力、純粋な実力によって立場が左右されると思え。コンクリ並の強度がある無属性下級魔法の強化障壁エナリアを殴って骨に罅が入ったなんて、自業自得で片付けられるだけだ。恨むのなら相手の力量を推し量れず、自滅した自分を恨め」


「そんな……」


 味方になってくれると頼りにしていた山道に切り捨てられ、意気消沈した石井が自席に座った。一緒に保健室に向かった生徒達も石井の肩を持たず、腫れ物扱いになっていた。

 九時半になるとスピーカーからチャイムの音が鳴り、朝のホームルームが終わりの合図だ。


「朝のホームルーム終わり、これから本館の隣にある劇場に移動する。式中は行儀良く静かに座ること、最悪寝ててもいい。そんじゃ廊下に出席番号順に二列で並べー」


 各々がガタガタと音を立てて腰を上げ、クラスメイトが廊下に並ぶ。俺も無意識に張り続けていた強化障壁エナリアを解除し、廊下に出ようとしたが、教室前方のドアの前に立っていた山道が話し掛けてきた。


「宮内は魔法の維持まで習ったのか?」


「はい、偶然巡り会った先生が優秀でして」


「そうか……魔法の維持は後期に習うから、前期の授業が暇に感じるかもな」


 山道がそう言いながら教室の施錠を行い、Fクラスの生徒が二列で並んでいるのを確認すると先頭に立ち、他クラスが移動するのを待った。

 Eクラスが移動するのに合わせて移動し、本館二階から繋がった通路を歩き、隣接した劇場に入場する。全校生徒が座っても余るであろう数の座席がズラリと並び、保護者達が座るテラス席まである。

 舞台側中央の席にAクラスが座り、Fクラスは後方の席に出席番号順で着席となった。教師陣が左右の席に別れて座ると舞台の照明が明るくなり、司会者であろう初老の男性がマイクに近付き、いよいよ入学式が始まるようだ。


「これより第六十七回入学式を始めます。開会の言葉、オソド学園長お願いします」


(一回目の入学式の時はぼんやりとしてたっけな……これからの高校生活が楽しみだとか、そういった事は思わなかった覚えがある)


 燕尾服を着た初老の男性が舞台に上がるのを眺めながら、一回目の入学式を思い返す。

 担任から薦められた公立高校を前期に受験したが落ちてしまい、後期に自分で選んだ公立高校を受験したところ、合格して通学することになった。入学式ではこれからの高校生活に希望よりも、自身がその場に居るのが半ば信じられずにぼんやりと過ごしたのが懐かしい。

 国歌を歌おうにも歌詞と音楽が違うので歌えなかったりと個人的な問題はあったが予定通りに式が進行し、新入生代表の挨拶となった。


「新入生代表の挨拶、代表の一条いちじょう燈里あかり様お願いします」


「はい」


 名前を呼ばれた新入生代表の女子生徒が凛とした声で返事をすると、席から立ち上がって舞台に上がった。

 深紅の長髪を左右の側頭部で結い、俗にツインテールと呼ばれる髪型だ。黄金色の力強い瞳、美しさと可愛さが両立した整った顔立ち、実年齢よりも大人びた体型で異性から人気がありそうな少女である。


「暖かい春の陽気に包まれ、私達は伝統と格式高い国立千葉魔法高等学校に入学の日を迎えました。本日は私達新入生の為に盛大な式を挙げて頂き、誠にありがとうございます。私達は高校生となり、授業に付いて行けるか、友達でありながらライバルでもある同級生や先輩と上手く付き合えるのか不安がありますが、それ以上にどのような魔法を習うのか、部活はどうしようか、どんな出会いがあるのかと期待と希望で胸を膨らませています。これからは一日一日を大切に過ごし、胸を張って魔法使いと名乗れるように精進していきます。オソド学園長先生をはじめ千葉魔法高等学校の教職員方、ご来賓、保護者の皆様。優しくも厳しく、ご指導ご鞭撻のほどをお願いします。時には誤った選択を行い、ご迷惑をお掛けするかと思われますが、どうかその時には力を貸して頂けるとありがたいです。大和歴2019年4月5日、新入生代表一条燈里」


(大和歴2019年……俺が死んだのは2018年の12月、過去に戻ったと言うより俺や両親の生まれがズレたのか)


 歴史、概念、国、世界が違うのだ。過去に戻ったと思っていたが、時間軸のズレは無いらしい。

 新入生代表の挨拶が終わった後に校歌がスピーカーから流れ、滞りなく進んだ式は一時間半程度で終わった。Fクラスから劇場を退場し、教室に戻る。


「教材を配るから一人一冊取ったら、後ろに回してくれ」


 教室に着くと山道が教材を配り、前の席から順番に流れてくる。高校の主要教科である国語、数学、理科、社会、英語の教科書は配られず、魔法や魔道具、薬草学といった教科書を渡された。中には貴族の礼儀作法等が載った教科書まであり、主要教科で学ぶのは大和独自の歴史くらいだ。


(やっぱり魔の暗黒時代について載っていないし、見たことも聞いたもない偉人の名前が多い。世界地図どころか大和は日本の倍以上に大きく、地球ガイアそのものが大きいらしい)


 歴史の教科書を開くと、二千年前よりも前の時代について触れられていない。世界地図は真ん中に大和が位置し、日本と形状が似た大きい島国だ。

 そもそも世界地図自体が大きく、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の西に海を挟んで大陸が広がり、反対の北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の東にも大陸が広がっている。赤く表記された大陸は全て魔族領と名付けられ、所々の空白が目立つので地球ガイアの全貌が明かされていない。


「次は学生証カードを渡すが出席番号順に取りに来て、受け取ったら記入箇所を埋めておいてくれ。学生証とIMGSアイマギスを紛失したら、学生教務課で新しく発行して貰うように」


 証明写真付きの学生証カードを順番に取りに行き、ボールペンで名前や住所等の記入箇所を埋める。元の世界の中学と高校では校則とカレンダーが書かれた手帳の学生証だったので、新鮮味を感じる。


「廊下のロッカーは好きに使っていいから、自宅学習をしないのならロッカーに入れておけー。あとIMGSアイマギスも学外では使い道がないから、置いて行っていいぞ」


「鍵はありますか?」


「盗まれて新しく教科書を買う羽目になりたくなかったら、施錠ロックを習うまで南京錠を付けてくれ。使えるのなら施錠ロックで鍵を掛けておけば大丈夫だ」


施錠ロックは習ったが、まだ使ったことがなかった。帰りに使ってみよう)


 施錠ロックは無属性初級魔法、障壁エナリアよろしく同じ読みの上位魔法がある。解錠オープンもあるので盗難の恐れがあるが、属性練度と魔法練度が関係するので努力を怠らなければ破られる恐れはない。

 上級生が下級生の教科書を嫌がらせで盗み、隠す可能性も捨てきれず、厳重に施錠ロックを掛けておかねばならない。


「配布物も行き渡ったし、時間が余ってるから自己紹介でもどうだ? これから一年間、同じ教室で過ごす仲間の名前くらいは覚えよう。日影ひかげから出席番号順で」


「はい、日影ひかげ宗司そうじです。日影男爵家の長男として恥じぬよう、魔法の腕を磨く所存です。これから一年間、よろしくお願いします」


「次、藍染あいぞめ


「はい―――」


 時間が余ったということで出席番号順に自己紹介が始まり、クラスメイトが今年の抱負や得意な属性、習得している魔法について話す。


「次、宮内」


「はい、宮内黎人です。平民ではありますが皆様の足を引っ張らないよう、頑張ります。よろしくお願いします」


 火、水、風、土、無の初級魔法と下級魔法は一通り習っているが手の内を明かす意味がなく、軋轢が生じないように無難な自己紹介で済ます。


「次、宮本」


「……はい、私は宮本麗奈……魔法は苦手なので、心器流を極めます……」


「剣術の科目は三年まであるから、新しい刺激を得られるといいな」


 麗奈は誰とも目を合わせず、気まずそうに抱負を述べた。そんな麗奈に助け舟を出すように山道が頷き、自己紹介が終わる。

 キリよくチャイムが鳴り、山道が手を叩いた。


「ロングホームルーム終わり、今日は解散だ。学内施設が使えないから早めに帰るなり、保護者を待つのなら大人しく本館で待つように。じゃあなー」


 山道が生徒名簿を片手に教室から出ていき、生徒達が雑談に興じて騒がしくなった。俺も帰ろうかとスクールバッグを手に立ち上がったが、教室前方のドアからとある生徒が姿を現すと教室内の注目を集めた。

 歩く度に揺れる深紅のツインテール、新入生代表の一条燈里がFクラスに来たのである。何の用事かと誰もが思い、俺もその一人であった。

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