妖語り

笹篠巴

はいこうしゃ

 夏空の澄みきった空はとても美しい。この空と対比になるものを考える。やはり、人間の心だろう。心は濁りきり、心の器は狭すぎる。まさに対比である。


 手元にある空白の小説を読みながら感慨に浸っていた。俺の名を慈鳥鴉と言う。カラスという名前はコンプレックスではない。馬鹿にする奴は頭のレベルが低い奴だ。意味を知るべきだ。


 そんなことを考えていると、


「あんたさぁ、ここにいるだけで雰囲気悪くなるからさどっか行ってよ」


 クラスの中心に立つギャル。それくらいの認識しかない。こいつの人生は本にする価値を持たない。俺のこの小説の空白を埋めるに値しない。


 俺はおもむろにペンを取り出し、本の空白に文字を書き込む。


『席に戻れ』


 本に書き込み、ペンを直して本を閉じる。


 すると、ギャルは何も言わずに席に戻っていった。


 これは僕の能力だ。本をとうすことで相手に命令などを可能にする。


 相手をどれだけ知っているかで能力の効きが違う。どれだけの下調べができているかによる。努力次第の能力ゆえに俺にあっている。


「今日の夜さ、廃校舎で肝試ししようよ。」


「いいねぇ。夏っぽい!」


 廃校舎はダメだろう。あそこはここ、本校舎の少し離れたところにあるんだが取り壊しが行われない。解体業者たちが集団で体調不良になる。挙げ句の果てには若い女性が想像妊娠という異例の事態になっている。まぁいいかな。囮になるかもしれないしな。一度男の同僚が行ったんだが出なかったらしい。


 そんなことを考えていると、朝休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昼休み。学生の大半が喜ぶ時間だろう。俺は一人立ち入り禁止の屋上で本を読み耽っていた。フェンスに体を預けている。鉄製なので熱を帯びている。暑すぎるかと思いきや秋の涼しい風が吹いており、ちょうどいい。


 まさに完璧。一つを除けば。


 桜沢あやめ。学校一の美女が僕を真正面から見ていた。


「何しに来た?」


「今日の夜、肝試しするんだけど〜」


「付き添いはせんぞ」


「そうじゃなくて雰囲気出すために怖い話してよ」


「いいだろう。この話は本当に少し昔の話だ。






 とある小学校にキラキラネームを持つ少女、Aちゃんがいた。その少女は名前ゆえにいじめられていた。少女を虐めているグループの中心にはクラスで目立ち影響力は持つ均整のとれた顔立ちの少年B君がいたそうだ。


 B君の親は政治家で社会的にも影響力がある。だから、いじめなんて無かったことになってしまう。そのせいでAちゃんは心を閉ざしていったそうだ。


 月日は流れ、Aちゃんは美しくなっていったそうだ。高校生になり、たくさん告白されるが全て断ったそうだ。そんなある日、B君に告白された。断るに決まっている。実際B君は振られたそうだ。しかし、その結果にB君は憤慨し、Aちゃんを強姦したそうだ。


 その後、Aちゃんは自宅で自殺。それが警察に渡り、捜査されることになった。Aちゃんが残した遺書にはB君の名前があり、B君は警察に追われる身となったそうだ。B君は恐怖のあまり、逃げ込んでいた通っている学校の別館の机が積み上げられている教室で自殺したそうだ。その少年の幽霊は未だ彷徨っているそうだ。」




 全て語り終え、一息つく。


「どうだ。面白いだろう?お前たちが廃校舎に行くと聞いて廃校舎を出してみた。雰囲気は作れたんじゃないか。」


「なんでバッドエンドしか無いの?」


「死んだ者たちの記憶を語っているからな。被害者側だが」


 それにこの物語はまだ終わってないんだよ。


 そんなことを思いながら、桜沢の顔を見る。やはり、整っている。何故こいつに話すのかというと端的に言えばバレた。本に関係する能力を持つんだが、身体中を本にできる僕の能力を使っているところを見られた。それからよく話すようになった。


 感慨に浸っていると、昼休みの終わりを唐突に告げられたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


[あやめ視点]


 深夜の廃校舎は趣があるらしい。今、私を含めた三人がいる。廃校舎は見回りが来ない上に窓から侵入できるのでお手軽だ。真っ暗な廊下を歩く。少しずつ目が慣れてきて、歩けるようになってきた。


 二階に上がり、近くの教室に入る。その教室には机が積み上げられていた。


中に踏み入れると背筋がゾクっとした。


すると、無数の手が月明かりに照らされて見えた。その手はこちらに伸びてきており、私と有坂胡桃ちゃんがその手に捕まってしまった。もう一人の子は踵を返して逃げ出した。それを気にすることなく、その手は身体中をまさぐるように触れてくる。


その手が太ももに触れた時、窓が開いており、秋の涼しい風を顔に感じた。そこを見ると慈鳥君がいた。


***


[鴉視点]


桜沢と目があった。ついさっき到着したばかりなのだが、しっかり囮にはなっているようだな。意外と有能か?それはあとで考えよう。じゃあ答え合わせをしようか。


「ちょっと話をしようじゃないか。ご静聴よろしくね。

これは少し昔の話なんだけどね。


あるA少女がいてイケメン少年Bたちにいじめられていたそうだ。月日は流れ、A少女は美しくなり、少年Bに告白されたそうだ。振られた少年Bは少女Aを強姦した。そのA少女は自殺し、少年Bも自殺したそうだ。」


わかりやすく伝えるのも苦労するものだ。窓枠に座っているんだが、意外と落ち着くな。


まぁそれは今度また味わおう。


「そこの少年。名前は?」


「「吉川輝樹(だよね)」」


「そして、少年B君だよね」


下調べはさせてもらっている。手間をとらせやがる。でも、いい。彼は面白い話を持っているはずさ。それのためなら骨をも折ってあげる覚悟さ。


「僕の邪魔をするな!」


無数の手がこちらに伸びてくる。しかし、それは無意味だよ。


パラパラパラッと音が鳴り、体の皮膚が本のようにめくれていく。そのページは全て白紙である。そして、その無数の手は白紙の紙に触れるとページに吸い込まれていき、文字が浮かびあがる。


「無駄なんだよ。君が俺に触れるとその触れたところから文字になっていくんだよ。勝ち目がないんだよ。俺は君たち悪霊に興味があるんだよ。死んだものと死んでないものの記録は本質が違う。君たちは憎悪、嫉妬などの醜い感情が詰まっていてそれは極上のエンターテイメントとなるんだ。だから、君をもっと知りたいんだよ」


少年君は手を離す。若干引いているが、それはどうでもいい。まだまだ足りないよ。少年が伸ばしたその手の先は消えている。俺が吸収したからな。


「治らない!治らない!なんで?なんで?なんで?やめて!やめて!やめて!」


人を殺した罪はこの程度では償えない。俺は右手に持っている本の空白のページを広げ、少年に向ける。そして、


「『地獄門、開門』」


その言葉と同時に少年は紫色の文字となりながら本に吸い込まれていく。少年が入っていくたびに空白のページに文字が現れてくる。


本の中は真っ暗だが、地獄門に行き着くと赤い液体のようなものが門を作っていく。


骨に包まれた真っ赤な門は恐怖でしかない。その門の前には、大きな鬼がおり裁きを与える役割をしている。


「裁いてもらうといい」


俺はそれを言い残し、地獄門から去る。


そして本には、少年君の悲痛な叫びが流れていく。


『やめてくれ』


『やめろ』


『やめ...ろ』


『やめでぐだざい』


『...』


言葉が書かれなくなる。裁かれたようだ。長い長い苦しみにあてられることだろう。


呆気に取られているギャルが目に入るあとで交渉するとしよう。


そして、


「これをもってこの怪異を終了とす。」


パタンと本を閉める音が教室に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖語り 笹篠巴 @daiagunesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ