蒼穹を駆ける

黑井悠樹

プロローグ 蒼く美しいこの空に

 綺麗な空を見たことがあるだろうか。空の『綺麗』というのは様々だ。

 例えば夕日。ふと空を見あげたときに美しい色、雲があったら多少テンションに差異が生まれるだろう。

 快晴の日の青空。これもきれいだ。こういう日に坂を上ると空にのぼっていく感じまでする。


 そんな快晴の青空を蒼穹そらは見上げていた。ただ静かに、穏やかに。

 ただ空を眺めていたのだ彼らが来るまでは。


「おい、蒼穹。こんなとこで何やってんだ?」


 蒼穹はそう声をかけられ顔を向けた。嫌な顔だった。

 振り向いた蒼穹の顔は醜いものになっていた。


「なんだよ。その顔。お前が俺の飲み物を買ってこなかったんだろ?

 誰が悪いんだよ」



 蒼穹は彼の名を知らない。蒼穹は彼の顔を知らない。

 蒼穹は学校に嫌われていた。蒼穹は人に嫌われていた。蒼穹は世界に嫌われていた。

 そして蒼穹は空に好かれていた。


 彼の悲しみは天へと流れ、怒りは空へつながり、憎しみは宙をも飲み込む

 そんな気がしていた。


 そんな蒼穹のことを知らずに男は蒼穹に殴りかかる。蒼穹の体はたやすく吹き飛んだ。

 ふと、不思議なことが起こった。雲一つなっかたはずの空が今では雷雲をまとって自分たちの頭上にいる。それでも男は止まらない。もう一撃、一撃と的確に蒼穹へとその拳を振るう。


 十分ほど殴りつづけ、男は疲れたのか帰っていった。気づくと大雨が降っていた。

 雷鳴が空を駆けていた。蒼穹はゆっくりと起き上がると、帰路に就く。

 家に帰り、何時も道理、ためているアニメ見る。


 そこまでは日常。知らない奴に絡まれるのも、天気がまるで空に合わせているようなのも。すべてがいつも道理の日だった。

 その日常は一本の電話で崩れ去る。


            ーー母が倒れたーー


 その報告が入ってきた。どうやら疲れから倒れてしまったらしい。

 交差点の真ん中で。信号の変わる直前に。

 不幸なことに誰も倒れた母に興味を示さなかった。気づかなかったらしい。

 皆が画面を見ていた。


 気が付けばどこかのマンションの屋上へ来ていた。ここには父が住んでいた。

 だから来たのだ。父はもうこの世にいない。


 空を見上げても晴れている。蒼穹の心は曇りきっているのに。

 そして悟った。


 ーーこの空は僕のものじゃなかったーー


 とそして同時に思うのだ。

「この空に溶けて消えてしまいたい」と。

 蒼穹の体は浮き、降下を始めた。実際に落ちてはいる。蒼穹の魂も降下を始めている。

 あぁ…空って綺麗だな。こんなに気持ちがいいものなのか.


 蒼穹の意識はそれが最後だった。それでも空は何も語らない。


 蒼穹を救ったのは空だったのかもしれない。

 もうこの世から消えかけている蒼穹。

 ならば…

         

      この青空は誰ガ為に?

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