act.14 ギルドマスターはやっぱり呪われています
「ひっ!」
心臓が飛び出るかと思った!
本当に……本当に死ぬかと思った……。
これまで何度もピエロとは対峙してきたけど、こんなことは初めて。
わたしの鼻先に、ピエロのテカる赤い鼻がある。
もしピエロが息をしていたら互いにかかる距離に鼻があって、一度合わせれば逸らせない距離に見開かれたその両眼があった。
まさかこんな間近に現われるとは思っていなかったから、意外すぎて対処できなくて。
ピエロは開いた両眼を爛々とぎらつかせ、手にした剣を振り下ろす。
ヤバいって思った瞬間、クロウの大剣・砂鉄が、燃えさかる焔を打ち消す勢いでピエロを真一文字に両断。
でも角度が悪くてクロウも攻撃を食らっちゃって、よりによって片腕を落とされるとか……らしくないミスしてくれるじゃない!
「クロウ!」
切り落とされた腕は、流出するHPの粒子と一緒になって消失。
傷口部分からはごく微量だけど、まだ流出現象が続いている。
「起動……リカバー」
普段使わないし、使えるって公言したこともないんだけど、思わず奥の手を使っちゃったじゃない。
さいわいMPもギリギリ残っていて、スキルもちゃんと発動。
いや、取得してるスキルだからMPさえ残っていれば発動するのは当たり前だけど、ちょっと混乱しちゃったじゃない、もう……。
でも無事に落とされたクロウの腕も復活。
HP流出現象も完全に止まった。
部位欠損は、HP残量によっては死亡フラグが立つ案件だからさすがに焦っちゃった……。
すぐさまココちゃんがヒールを掛けてくれたからHPも回復して、これで一安心ね。
ピエロを倒した時点でもう敵は出てこないんだけど、まだ心臓がバクバクしてる。
あの至近距離にピエロが出現し、続けざまに部位欠損とか……心臓に悪すぎる。
「グレイさん、回復系使えるんですか?」
色々と見所はあったと思うのに、トール君の興味はそこなのね。
銃を下ろしたクロエはいつものように笑っているんだけど、へたりこんだわたしの頭上からMPポーションを掛けるのはやめてくれない?
わたしもMPポーション持ってるし。
自分で回復するから!
「使えるよ」
「今のスキルは?」
クロエは視線でココちゃんを指し示す。
彼女に訊けってことみたい。
回復系の魔法使い、つまり本職だからね。
「リカバーは欠損部位の回復スキルです。
死亡状態からの回復スキル、リカームの一つ前の高位スキルですよ」
「グレイさんはリカームまで使えるからね、内緒だけど」
「言ってますよ、クロエさん」
苦笑いのココちゃんに突っ込まれ、クロエはぺろりと舌を出してみせる。
クロエがわざとやってることを私は知ってるから。
そんな可愛い仕草をしてみせても誤魔化されないんだからね。
HP同様MPも馬鹿高のわたしは、ポーション一本くらいじゃ回復できないんだけど、インベントリから取り出した自分のMPポーションを、思わず感情に任せて握り潰してしまった。
「それってつまり、本当は、グレイさんは回復系の魔法使いなんですか?」
「違うでしょ、本人がそう言ってるし。
無茶苦茶高火力だし。
見たでしょ、さっきの」
「さっきのスキル、珍しいんですか?」
「【
使える
余計なことをぺらぺら喋っていたクロエだったんだけど、不意に 「それよりさ」 と切り出す。
「さっきのクロウさん、見た?」
「凄かったですね、あの一瞬で一撃なんて」
「今回はちょっと特殊すぎたけど、でもトール君、あれが出来る?」
「え?」
「ピエロを倒すだけなら、僕もグレイさんもソロで出来るんだよ。
ま、僕ら
ピエロが両目を開くまであの虚像を叩き続けなきゃならないから、範囲攻撃を持たない
だからどうしても時間が掛かってしまうけれど、それでもクロエはソロでこの 【フチョウ】 をクリアできる。
わたしの場合は火力任せに範囲魔法を連発し、無理矢理というか力尽くでピエロの両目を開かせる感じ。
さっきはとっさに反応できなかったけれど……さすがにあの距離に表われるのは想定外だし、今までに一度も無かった初めてのこと。
あまりの不気味さにとっさには動けなかったけれど、いつもはちゃんと一人でも叩けます。
あの至近距離対策はそのうちに考えておきます。
でもまぁクロエがトール君に言いたいのはそういうことじゃないの。
「今回はパーティーだからね。
他のプレイヤーの動きもあるし、特に難しいよね。
クロウさんはたぶん、グレイさんがあそこで業火を使うことぐらいは予想していたと思うけど、あの焔の中を一瞬で本体の場所を見つけて、見つけた瞬間に攻撃する。
視覚から入る情報をリアルタイムで処理する感じかな?
一瞬で敵の間合いに飛び込んで、相手より速く攻撃行動に入る。
失敗したら即死だってあるんだから、必ず一撃で仕留めなきゃらならない。
そういう時、外さない自信はある?」
攻撃のタイミングを計るのはどの
だってその一瞬の躊躇で自分が斬られるんだもの。
ピエロもそうだけど、ノブナガもそう。
あの大きな刀や剣で胴を真っ二つに斬られたら、あるいは首を落とされたら……その場合は部位欠損は起こらないんだけれど、即死扱い。
プレイヤー同士だと、VITやHP残量なんかの都合で胴を両断するのは難しいらしいんだけど……クロウはやりそうだけどね、首は案外簡単に刎ねられるんだって。
怖い怖い
即座に全身が半透明状態に変わり、白っぽい光りを湯気のように上らせながら行動不能状態に陥る。
これが死亡状態。
斬られるかもしれないと思いながら敵の懐に飛び込むって、相当覚悟がいると思う。
でもその一瞬の怯えや躊躇で、次の瞬間には自分の首が飛んでいる。
それが
「突然こんな話をしてびっくりさせちゃったね、ごめん。
必然的に死亡率も高いしね。
でもクロウさんはそれが出来て生存率がバリ高。
だからトッププレイヤーの一人って言われてる」
躊躇なくピエロの間合いに飛び込み、あの一撃を外さないクロウの的確な攻撃。
クロエもあの一瞬、ラピッドマスターの3連射を外さなかった。
一発も無駄には出来ない状況で、常に一発も無駄にしない正確な射撃。
だからクロエもトッププレイヤーの一人なのよね。
わたしなんて火力頼みだもん、ちょっと羨ましいというか妬ましいというか。
「どんなに無双が出来たって、死亡率高いと面白くないよ。
ちなみに僕は出来ないし怖いよね、やっぱり。
だから
「わたしだって、だから魔法使いなのよ!」
クロエのいうとおり、
一番無双感もあって面白そうだと思う。
でもあの一瞬、わたしは動けなかった。
だからわたしは魔法使いを選んだの。
クロウを見ていると羨ましく思うし、ちょびっと後悔もあるけれど今さら
で、レベル20どころかカンストまでしちゃった。
「なんだ、グレイさんでも怖いんだ」
「危うくピエロと鼻チューするところだったのよ」
「鼻チューするんだったら、あの猫のままだったらよかったのに」
まだあの猫のことを引っ張るつもり?
もう思い出させないでよ。
ひょっとしてわたしが抱っこさせなかったことを根に持ってるわけ?
うん、あのね、これはクロウにもりりか様にも言ったけど、わたしは猫じゃないしペットでもないんだから!
「猫でも嫌。
余計に嫌に決まってるでしょ!
心臓止まるかと思ったんだから」
「僕も、あの近距離にピエロが来たら心臓止まる」
いや、あんたは止まらない。
だってクロエの心臓、毛でも生えてるんじゃないかってくらい丈夫そうだし。
剛毛ぼーぼー
それどころか、楽しそうにピエロの口に銃口突っ込みそう。
ううん、チャンスがあれば絶対突っ込む。
そしてその綺麗な顔で笑いながらズドンと撃つのよ。
だってクロエって、ちょっとサド感があるんだもの。
内緒よ
「でも今回みたいなパターンは初めて見たよ。
やっぱりグレイさん、運営に呪われてるんじゃない?」
「だから呪われる覚えがありません!」
これだけは断言できる。
絶対にあり得ません!
だいたい特定のプレイヤーだけに何かしら細工をするなんて公平さに欠けるし、そもそも出来るもの?
膨大なデータの中から、たった一人を探し出すなんて難しくない?
そんな無駄な時間を費やすなら、イベントの一つでも考えてよ。
そうそう、このあいだの中途半端な予告、あれを早く実現して!
「このあいだの猫の件は運営に質問状を出しました。
そのうち回答があるでしょ」
「グレイさんってさ、そうやっていつも運営に
だから呪われたんじゃないの?」
失礼なこと言わないでよ。
難癖じゃなくて要望よ、要望。
よりゲームを面白くするために、いちユーザーとして協力してるんでしょ。
それに化け猫屋敷の件は絶対におかしいじゃない。
またイベントダンジョンが実装された時、同じ現象が起こったら嫌だもの。
ちゃんと解消してもらわなきゃ。
楽しくない
「ところでグレイさん、約束があったんじゃないの?」
「あ、そうだ。
セブン君が待ってるんだった」
すっかり忘れてたわ……。
これも絶対にピエロのせいよ、ごめんね、セブン君。
ココちゃんのウィンドウでクエストのクリアを確認して、わたしたちは 【ナゴヤドーム】 に戻ることにした。
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