act.13 ギルドマスターはピエロと戯れます

call ラッキーセブン / 鷹の目


 【フチョウ】 最大の山場を前に、セブン君から直通会話が入ってきた。

 ここで入ったコールを受けるわたしもわたしだけど。

 でも交戦中に受けるよりいいよね。

 ある意味、ギリギリセーフな感じ?

 しかも相手はセブン君だし。


『グレイさん、今ちょっと時間ない?』

「ない」

『え?』


 思わずストレートに答えちゃって、それから慌てて言い直した。


「ごめんごめん、いま 【フチョウ】 だから」

『ピエロ?』

「そそ、メンバーのクエストのお付き合い」

『そっか。

 じゃあさ、終わったら連絡くれる?

 話というか、相談があるんだ』

「相談? セブン君がわたしに?

 いいけど……わかった、じゃああとでね」


 通話を終えると、クロエがこっちを見ていたからセブン君だって話す。

 別に隠すことじゃないし。

 むしろ下手に隠すほうが怪しげじゃない。


「よりによってこんなタイミングで。

 なんだろうね?」

「さぁ? 終わったら連絡が欲しいって言われた」

「じゃあ、さっさと片付けちゃおうか」

「そうね」


 屋上に出る前に、とりあえず換装。

 これからの敵はちょっと面倒臭いから、本来の装備で行こうと思って。

 【フチョウ】 のラスボスは、火力とHPの高さでごり押ししてくるノブナガとはちょっとタイプが違うから。

 わたしの本来の装備は、色々細工を施して重装備になっちゃった淡い紫色をしたロングのチャイナドレス。

 足の付け根までスリットが入っているんだけど、ズボンを穿いているので素足は見えません。

 サービス悪くてごめんね。

 いや、もうね、年齢的に生足はちょっときついかなって……気持ち的に。

 そして肩には丈の短いフード付きのマントを羽織る。

 指輪を同じ指に重ねづけしたりとちょっと宝飾類アクセサリーが多いのは、もちろん細工のため。

 スキルスロットを加工してステータスを補正してあるの。


「グレイさん、また指輪が増えてる」


 さすがクロエ。

 そんなにこの装備は着ないのによく覚えてること。

 髪飾りとかも可愛くていいけれど、ちょっと邪魔なのよね。

 だから無難に数をつけられる指輪で。

 髪を編んでいたら、トール君が不思議そうな顔をしてこっちを見てるから声を掛けてみた。


「なに?」

「その装備が 【灰色の魔女】 なんですか?」


 そりゃ不思議よね、だって灰色じゃないもの。

 うっすらとした紫というか、ラベンダーってこういう色だっけ?

 でもね、問題はそこじゃない。


「その呼び方、誰に聞いたの?」

「え? 灰色の魔女ですか?

 みんなが言ってました」


 ……殺す


 しかも教えたのはこれだけじゃなかった。


「あと、マッドティーパーティーとか言ってました、カニやんさんが。

 どういう意味ですか?」

「……さぁ、どういう意味だろう……」


 これはあれね、なにか楽しいギルドイベントでも考えようかしら。

 知っているココちゃんは笑いを堪えていたんだけど、クロエは声を上げてゲラゲラ笑ってるし。

 もちろん自分もマッドティーパーティのメンバーだってわかっててこれ。

 わたしはそう呼ばれるのが好きじゃないんだけれど、クロエは完全に楽しんでいる。


「お待たせ。

 セブン君も待ってるし、行きますか」


 わたしが声を掛けると、クロウが大きく頷く。

 そのまま扉を開ければ 【フチョウ】 のラスボスが出てくるわけなんだけど、実は一つだけ、確認しておかなきゃならないことがある。

 このクエストの主賓はココちゃん。

 でも彼女には火力がないから、はっきりいってラスボスを倒すのは無理。

 だからわたしが訊いておきたかったのは、それでもボスを叩きたいかってこと。

 本人にやる気があっても配慮しなければ、このメンバーじゃわたしたちのペースで終わってしまう。

 だからその配慮が必要かどうかを確かめたんだけれど、ちょっと考えた彼女は攻撃には参加しないことを選ぶ。

 もちろんかまわないんだけれど、なぜかトール君が納得しない。


 え? どうして?


「だってココちゃんさんのクエストですよね?

 なのに本人がなにもしないなんて、おかしくないですか?」


 わかってる、トール君は本当に真面目なだけ。

 言いたいこともわかる。

 だけどココちゃんは回復系魔法使いで、本当に火力がないのよ。

 前にも話したけれど、そんなココちゃんでも棒きれを持って殴るくらいは出来る。

 本人がそうしたいのならわたしたちはそれを援護する戦い方をするけれど、本人が回復役に徹するっていうのならわたしたちがボスを叩く。


 適材適所?


 ちょっと違うか。

 職業選択の自由。

 こっちの方が近いかな?

 ココちゃんは回復系魔法使いを職種ジョブとして選んだから戦闘には参加できないし、自分のクエストをクリアするために他のプレイヤーの助けを借りなきゃなければならない。

 そこは本人も悩んでると思う。


 だったらいいんじゃない?


「いいんですか?」

「いいと思う、わたしは」


 トール君は納得できないみたいだけどね。

 もちろんその気持ちもわかる。


「助けてもらって当たり前じゃないのはお互い様でしょ?

 逆に考えれば、回復役だからって自分が墜ちてまで他のプレイヤーを助けなきゃならないわけじゃないし、また逆に、わたしたちもそこまでしてココちゃんを助けなきゃならないわけじゃない。

 だから、そのためのギルドシステムであり、パーティシステムじゃないの?」

「え?」

「語源のギルドだって、同業の互助会みたいなもんじゃなかったっけ?

 廃墟とかさ、荒廃した日本列島を舞台ステージにしたり、ディストピア要素満載のこのゲームでギルドシステムなんて、ファンタジー要素ねじ込んだのはちょっとした運営の良心かな?」


 もちろん装備なんかにも十分ファンタジー要素は入っているし、NPCにも冒険ファンタジー物を意識しているとしか思えないデザインとか沢山あるし。


「……そう、ですね」


 ちょっとトール君、なんでそんな不思議そうな顔をしてるの?

 わたし、へんなこと言った?

 自分の考えを押しつけちゃったかな?

 不安になってクロエを見たんだけど、ニヤニヤ笑ってるだけ。

 普段お喋りなくせに、余計なことはぺらぺら喋っちゃうくせに、どうしてこういう時はなにも言ってくれないのよ!

 だからといってクロウがなにか言って助けてくれるわけもない。

 ほんと、クロエってば性格悪い。

 でもトール君は本当に納得してくれたみたい。


「ココちゃんさん、すいませんでした」


 謝る必要もないんだけど、本当に真面目な子だな。

 その真面目なトール君に、クロエが変なことを言い出した。


「ねぇトール君、今のレベルは?」

「もうすぐ19です」

「そっか。

 導入チュートリアルでも説明があったはずだけど、レベルが20を超えるとステの振り直しが出来なくなるの、覚えてる?」


 正確には出来るんだけど、ちょっとシステムが変わるの。

 レベル20までは専用施設に行けばタダ……といってもゲーム内通貨という仮想通貨が必要になるけれど、しかも結構高いけれど、レベル20を超えると同じ施設で課金をしなければステータスポイントを振り直せなくなる。

 だから育成や職選びはレベル20までに決定しなければならない。

 で、その失敗例がマメね。

 そもそもこのゲーム 【the edge of twilight online】 は、登録の段階でクラスを決める必要はない。

 だから初期装備は統一されていて、初期スキルも斬撃と打撃なの。


剣士アタッカー希望って聞いてるけど、STR中心にステを振ってる?」

「はい」

「そっか。

 じゃあこれが職種クラスを決める最後の機会になるかな?」


 あー……なるほど、そういうこと。

 そうよね、剣士アタッカーって一番単純そうだけど最前線だもんね。

 相手と至近距離で対峙するから、瞬時の判断力と瞬発力が必要になる。

 ステータスをSTRに振って棒きれを振り回していればいいから育成自体は難しくはないけれど、強くなりたければそれだけじゃ無理ってこと。

 その強くなれない例が 【鷹の目】 の廃課金廃装備の廃人たち。

 そこそこ硬さに定評のある高価な課金装備を揃えているのに、すぐ死亡状態になる原因はそこにあるのよね、きっと。


「ここのラスボスは手強いしちょっと攻略方法が面倒なんだけど、ある程度は僕とココちゃんがカバーするから、クロウさんを見てるといいよ。

 剣士アタッカーのトッププレイヤーだからさ」


 この 【フチョウ】 のラスボスはピエロ。

 サーカスのピエロみたいに曲芸はしないんだけど、分身っていう特技がある。

 【フチョウ】 の屋上は常に闇で、その中に、ショーテルみたいな刀身の湾曲した剣を持った不気味なピエロが何体もいて、現われては消え、また現われるてはまた消える。

 その中に一体しかいない本体だけが、虚像と入れ替わりながら攻撃を仕掛けてくる。

 全く同じ姿をしていて虚像と本体は見分けがつかないんだけど、仕掛けてくる攻撃にダメージを受けるのは必ず本体からだけ。

 その本体を叩くのが今回のわたしたちの目的。


「トール君、ココちゃんから離れすぎないで」


 攻撃を食らった虚像は一瞬で闇に溶け込むように消えちゃうんだけど、すぐどこかに現われる。

 常時、だいたい10体前後がどこかに出現していて、その中から一体だけある本体を探し出すため、とにもかくにも攻撃を仕掛けに仕掛けて虚像を消していく。

 何度も、何度も、何体も、何体も、とにかく虚像を消す。

 もちろんピエロも仕掛けてくるけれど、もし、それが本体だったらプレイヤーはダメージを受ける。

 こちらの攻撃が通るのもピエロの本体だけ。

 現われるピエロを片っ端から撃っていくと、たまに本体に当たってHP流出現象が起こるんだけど、本体がその場にいるのは数秒。

 すぐに消えるか、虚像と入れ替わるか。

 被弾によるHP流出現象は、継続ダメージでないと続かないから目印にはならない。

 また改めて本体を探して、とにかく近くにいるピエロを攻めまくる。


「これ、終わるんですか?」

「終わらせるわよ。

 もうちょっと頑張って」


 さすがに 【フチョウ】 に登庁してから素振りを続けてきただけあって、そろそろトール君も疲れてきたかな。

 クロウを見る余裕もないみたい。

 でも頑張って、青春!

 根性はここで見せてよね。

 とはいってもトール君は、キラキラと光る粒子が流れ出るようなHP流出現象が続いている。

 ピエロの武器は剣、攻撃は斬撃。

 ノブナガと同じく、時折衝撃波を放ってくる。

 こればっかりはわたしもクロウもクロエも避けられないんだけど、HP流出現象で見られる粒子の量が、トール君とわたしたちじゃ大違い。

 つまりVIT防御力の違いってことね。

 VIT防御力の一番低いココちゃんは屋上に出る扉前に張り付いて、そのすぐ横にクロエが陣取ってる。

 わたしたちの援護をしつつ、ココちゃんを守るって位置取り。

 時折目の前に現われるピエロには超近距離射撃スキル 【ラピッドマスター】 で対応してるけれど、虚像であれば問題はない。

 ダメージこそ受けないけれど、一撃目の被弾で消えてくれるから。

 でも本体だった場合、ピエロはノックバックしない。

 これが種族 【幻獣】 の厄介なところなんだけど、だから本体が現われた瞬間に対応しなければクロエでもほぼ確実にダメージを受ける。

 最悪、背にした扉の中に入ってしまえば、扉がエリアの境界になっているからピエロの攻撃は通らなくなるんだけど、クロエの射撃も通らなくなるからどうしても屋上には出なければならない。

 エリア外に逃げるのは本当に、最悪の被弾を避けるためだけに使える裏技ね。

 前にもいったと思うけど、首を刎ねられたり胴を断たれると即死だから。

 たぶん銃士ガンナーはみんなここに位置取るんじゃないかな?

 背中ががら空きになっちゃうから、境界っていう壁は一番の障壁ガードだと思う。

 境界を越えるとスキルが通らなくなるのは回復系魔法も同じなんだけど、ココちゃんの場合はピエロが倒された時、屋上にいないとクエストをクリアしたことにならないっていうね。

 だから安全圏にはいられない。

 これはこの 【the edge of twilight online】全プレイヤーを対象にした公正公平なルール。

 絶対のルールだから、ココちゃんにも選択権はない。

 クロエが被弾すれば、多少なりとココちゃんも被弾することになる。

 クロエの援護なしに単独で戦っているクロウは……ま、問題ないでしょ。

 多少被弾したって、パーティの中じゃ一番HPも高いし。

 わたしは、今は詠唱の必要な大きな魔法を避け、ファイアーボール程度を乱発。

 ピエロが数でくるからこっちも数で対抗ってわけ。

 速さも必要になるからポーションでMPを回復している余裕もないし。


 あの不気味な顔とか、間近で見るのは本当に怖くて焦ってしまう。

 おまけに屋上に出たとたんサーカスっぽい効果音BGMが入るんだけど、これが壊れたオルゴールみたいで、普通に鳴ってるかと思ったら速くなったり、はたまた今にも止まりそうになったり。

 たぶんわざとそうしているんだと思う。


 調子が狂う


「トール君、ココちゃんから離れすぎないで」


 さっきからクロエが同じアドバイスを送ってる。

 トール君ってば、剣を振れば振るほど前に進んじゃうのよ。

 それでどんどんクロエやココちゃんから離れていく。

 あまり離れすぎると回復魔法が届かなくなるし、クロエも援護をしにくくなる。

 それにもう一つ、理由がある。

 クロウの一撃がピエロの本体を捉えた次の瞬間、閉じていたピエロの片目がかっと見開かれた。


「来るぞ!」


 珍しくクロウが大声を上げる。

 でも今はそのいい声に聞き惚れてる時じゃない。

 片目のピエロが両眼を開くと攻撃属性が変わるのよ。

 NPCの中では最上位にある種族 【幻獣】 は、色々と優遇されてるのよね。

 狂ったように速くなる効果音BGMの中、一瞬にして虚実ない混じった無数のピエロが屋上を埋め尽くす。

 こうなると射線が通らず、クロエにトール君の援護は出来ない。

 一斉に剣を振り上げるピエロに囲まれ身動きのとれないトール君は、がむしゃらに剣を振って一体でも多く虚像を斬る。

 もし実体が近くにいれば斬られてしまうから。

 クロエも、とにかく近くのピエロを片っ端から撃つんだけど、【ラピッドマスター】 は3連射。

 そのあとに必ず装填時間クールタイムが入るから、最初に撃つ三発で確実に自分に近い三体を消す。

 装填時間クールタイムはAGI依存のはずだからクロエの場合は多少減少してると思うけれど、それでもこれだけ間近に敵がいると長く感じると思う。

 あ、クロウは全く心配してないから。

 だってあの鉄筋のどこに心配要素があるのよ?

 鉄筋で鉄壁だし。

 わたしはといえば、クロウが合図をした瞬間に詠唱を始めていた。


「起動……」


 すぐそこにピエロがいる。

 わかってる、屋上一杯にいるもんね。

 虚実ない交ぜのピエロは、一番近いプレーヤーに向けて一斉に剣を振り上げる。

 その動きは一瞬のずれもない、見事なシンクロ。

 向いている方向こそ違うけれど、実体をトレースしてるんだから当然よね。

 わたしは足下に魔法陣が展開されるのを待ってスキルを発動させる。


業火ごうか!」


 【焔蛇えんじゃ】 のスキルの一つ、【業火】 は範囲魔法。

 文字通り焔の魔法で、スキル発動と同時に魔法陣が光り、一瞬にして屋上一杯に焔が広がる。

 屋上を埋め尽くしていたピエロの虚像が、ほんの数秒で燃え尽くされて消滅。

 全ての虚像が消えたあとに一体だけ残されたピエロの本体が、燃え盛る焔の中、ひっそりとわたしの眼前に現われた。

 その細く長い剣を振り上げて……

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