思い出の空き地

シュウタ

ある受験生の思い出

知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる

ここはそんな場所。多くの人がそう感じる街の一角。私もそう感じる一人だ。

何も建てることができない空き地。この場所の名前?さあね、誰も知らないし誰も知る必要がない。知らなくても困らないからだ。強いて言えば、ここは『思い出の空き地』なんて呼ばれてるみたい。


『ああ、そうか、そんなこともあったな』

そう心の中で反芻する。それは10年前の夏、まだ私が片田舎に住む高校生だったころ。


--10年前

「おーい、今日も図書館行くんだろー?」

「うん、行くー」

「じゃあ、さっさと準備しろよー」

「わかったから、ちょっと待っててー」

私は、赤城瀬奈。大学受験生だ。あっちで待ってるのは同じクラスで幼馴染の青井渉。この夏休みの間は二人で少し離れたところにある私たちが小学生の頃から行っている図書館に毎日のように通い詰めている。

幼馴染な上に目指してる大学も同じなんて何だか不思議な感じがする。さて、早いところ今日もまた図書館に行くことにしよう。


--バス

渉「なあ、この前の模試どうだった?」

瀬奈「まあまあかな。渉は?」

渉「俺も」

瀬奈「そうは言ってもB判定ぐらいは取れるんじゃないの?」

渉「そっかなあ」

瀬奈「少なくとも私よりはいいと思うよ」

渉「じゃあ、今日も瀬奈がわからないところ教えるよ」

瀬奈「そう?そうしてくれると助かるよ」

渉「その代わり、帰りになんか奢ってくれよ!」

瀬奈「うーん、覚えてたらね」


そんな他愛もない会話をしながら図書館に向かう。そんな日々が流れていく。

普段なら渉が私に勉強を教えてくれるけれど、いつもそう、というわけでもない。

こうして切磋琢磨していたのだけど、その日私たちは図書館が12月末に閉館してしまうと知った。


--図書館前

渉「今年いっぱいで閉館ってマジかよ」

瀬奈「小学生の頃から来てたからちょっと残念だね」

渉「うん」

瀬奈「でもここが閉まっちゃうと隣町の図書館まで行かないと行けなくなるね」

渉「ま、その時はその時だよね」


ちょっと残念、なんて言ったけど本当はかなり残念だと思ってた。いつもお世話になっていただけになおさらだ。でも何となく私の方からそんなことを言うのは渉に負けた気がして言えなかった。

そんな出来事があった後、また勉強に励む日々が続いた。今までお世話になった図書館に恩返しをするつもりで勉強し続けた。これは私が勝手に感じているだけかもしれないけれど、渉も気合いを入れて勉強している気がする。そして閉館の日を迎えた。


--12月31日

--図書館

瀬奈「ねえ、そろそろ帰ろっか」

渉「もうこんな時間か。追い込みの時期だからってこんな年末に図書館にいるのも不思議な気分だね」

瀬奈「まあ、この図書館も今日で最後だからね。普段なら年末年始は休館してるから余計にそんな気がする」

渉「そっか、今日で最後か」

瀬奈「名残惜しいけど、あんまり遅くまでいると帰る時間も遅くなるから帰ろっか」

渉「ああ」

「いつも頑張ってるねえ」


!?その時、突然話しかけられて声が出そうになったけど何とか堪えて声のした方を見るとそこには館長がいた。館長とは何度か話したことがあって、図書館のイベントに協力したこともある。館長はすごくいい人で誰よりも本を愛している人だと一目見てすぐにわかった。そんな館長が私たちに何で話しかけたのだろう。


館長「君たちが小さいころからよくここに来てくれていたのは知っているよ。今も受験勉強で大変だろうけどこうしてほぼ毎日来てくれて嬉しいよ。本当ならこの図書館を閉館したくはなかったんだけどね」


そう言って館長は、私たちに胸の内を明かしてくれた。

この図書館が閉館せざるを得なくなった辛くて寂しい経緯と共に。


--70年前の某日

話の始まりはこの図書館ができた70年前にさかのぼる。

この図書館は、当時の住人たちが協力してお金を出し合い、町役場に請願をして建てられた。規模としては近隣の町と比べても随分と立派な図書館だと館長は話していた。10年ほど前に耐震改修工事が行われて外観が綺麗になってからはわざわざ隣町から来る人も多くなったという。ただ、この図書館を建てるとなったとき、一つの問題があった。ここからは館長が先代の館長から聞いた先代の館長と町長、そして建設予定地の地主の間で行われた話だ。当然聞いた話である以上、曖昧な部分もあるだろうけど、少なくとも今なぜこうなったか知ることができるとても大切な話だ。

・・・

町長「今日はお越しいただきありがとうございます」

地主「いえいえこちらこそ、話し合いの場を設けていただき感謝してますよ。して,そちらの方は?」

町長「彼は、町民代表で図書館の館長を勤めていただく方です。今回は立会いで来ていただきました。構わないですか?」

地主「ええ、それは構いませんよ」

町長「では、早速ですが図書館建設の契約の件について確認していただいた上で気になることがある、ということでしたが…」

地主「ええ、この契約書ですが最初にお話を頂いた時と比べると金額が下がっているようなんですが、どういうことですか?」

町長「ああそこは勘違いしないでいただきたいのですが、最初に提示した差額分は百貨店業者が出す予定ですので…」

地主「何?そんな話、最初はしてなかったじゃないですか!」

町長「詳しいことはその契約書に書かれていますので、それを確認してもらって…」

地主「それも確認しましたよ!その上で聞いているんです!」

町長「それで納得していただかないと私たちとしても困るんですよ」

地主「私がいいかどうかではなく、この町にとってそれがいいかが問題なんですよ!」

町長「そう言われましても、既にそこはそちらの館長にも了解してもらっている部分なんですよ」

地主「本当にそうなんですか?」

先代館長「はい…」

地主「本当にそれがためになると考えているわけですか」

先代館長「私たちにはそれしか現状の選択肢がないのです」

地主「…そうですか。それなら私がわざわざ止めることでもないですね」

町長「どうでしょうか。これで納得していただけましたか?」

地主「町民の方々が納得していただけるのであれば、致し方ありませんね」

町長「それではこれに署名していただいて契約成立でよろしいですか?」

地主「わかりました。それではこれでよろしくお願いします」

町長「ありがとうございます!」

・・・

このときの契約について、先代の館長は後悔していたそうだ。本当はこの契約に関して、その他の町民たちは詳しく知らなかった…いや、正しく知らなかったと言った方が正しいという。ひっそりと先代の館長と町長の間で書き換えられていたらしい。集まったお金だけでは足りず、期間契約という形を選んだらしい。つまり、その期間を過ぎた時点で百貨店業者に譲り渡すことになったということだ。このことを知った町民たちからは先代の館長と町長に非難が集まり、二人は職を追われることになった。その後、町民たちは百貨店業者と交渉も行ったが、「契約が成立した以上それは不可能」の一点張りで解決に至らなかった。

そして期限となる「今年」を迎えてしまった…


--現在

館長「そういうわけなんだ」

渉「そうだったんですか」

瀬奈「じゃあ、この図書館の周りにある桜はどうなるんですか」

館長「うーん、それはまだわからないけどもしかしたら見られなくなるかもしれないね」

瀬奈「そんな」


この図書館と共に私たちを見守ってくれていた毎年春になると図書館の周りに咲き誇る桜は、この田舎の観光名所の一つにもなっている。実際、私も渉も毎年春にこの桜を見に来ていた。それだけにそれが見られなくなるかもしれない、ということが信じられなかった。


渉「何とか残せないんでしょうか」

館長「そうは言ってもねえ。閉館した後、ショッピングモールの事業者が何というかそれ次第だからねえ」

渉「そうですか……」


--帰り道


年末、誰もが新しい年を待つ中で私は新しい年が来なければいいと思っていた。

渉がどう思っていたか直接聞いたわけではないからわからないけど渉もきっとそう思っていたはずだ。私たちは重い足取りで「また新年」なんて言えるはずもなく無言で別れた。


--元日の朝


昨日のこともあって朝起きるのがいつもより何倍も辛かった。でも今は受験勉強をしないといけない。そんなむしゃくしゃする思いで新年を迎えた。


複雑な思いを胸の奥に押し込んで受験勉強する日々が始まった。

新学期が始まるまで私たちはお互いの家に行って勉強をしていた。だけど、明らかに12月までとは違う雰囲気で集中できていないような気がした。

新学期が始まって学校で勉強するようになってもその感じはあまり変わらなかった。それでも何とか勉強を続けて最後の模試では二人ともA判定を取ることができた。そして入試当日を迎えた。


--電車

瀬奈「とうとう今日で全部が決まるね」

渉「うん。お互い全力でやろうな」

瀬奈「絶対渉よりもいい成績で受かるんだからね!」

渉「おう、俺も負けないからな!」


その日は今までの努力を無駄にしないためにも、今まで私たちを見守ってくれた図書館のためにも必死で入試に取り組んだ。それが終わった後には、私も渉もすっかり燃え尽きてしまっていた。そんな状態のままあっという間に合格発表の日になった。


--大学

瀬奈「ちゃんと受験番号覚えてる?」

渉「もちろん。瀬奈も大丈夫か?」

瀬奈「じゃあせーのっ、で確認しよっか」

渉「うん」

瀬奈「せーのっ!」


それから少しの沈黙が流れた。そして……


瀬奈「あった、あったよ!」

渉「お、俺もあったぞ!」

瀬奈「じゃ、じゃあ春からも一緒に通えるね」

渉「そうだな!」


私たちは思わず踊りたくなるほど舞い上がっていた。その帰り私たちは久々に図書館のあった場所に行くことにした。


--旧図書館前

瀬奈「すっかり壊されちゃったね」

渉「ああ、そうだな」

瀬奈「結局ここにあった桜もなくなっちゃたし、何て言えばいいのかはっきりとはわからないけど何だか寂しい」

渉「瀬奈も?何か、何て言うんだろこの感じ」


すっかり更地になったその場所は私たちを不思議な気分にさせた。


渉「なあ、瀬奈、ちょっといいか?」

瀬奈「急にどうしたの?」

渉「俺、前から言おうと思ってたんだけどさ、あの、えっと、その……」

瀬奈「何々?何か後ろめたいことでも言おうとしてるの?」

渉「そ、そんなんじゃないけど」

瀬奈「じゃあ何?」

渉「俺、ずっと前から瀬奈の事が好きなんだ!だからこの春から俺と付き合ってくれませんか?」

瀬奈「……え?本当に?」

渉「もちろん、嘘なんかつかないよ」

瀬奈「そうなんだ。実はね本当は私も……」


--現在

瀬奈「あれから10年経ったんだ。何だか遠い昔のようでそれでいてすごく最近のようなそんな気がするね」

渉「ああ」


街に出てきた私たちがこの空き地を通るたびに思うこの複雑な思い。言葉にできない思い。目の前には何もないはずなのにそこにはあの図書館と桜が咲いているように感じる。


そう。10年前のそんな思い出が今でも私たちの心を刺すのだ。

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