夢X夜

めあふ

第一夜 桜の咎


 こんな夢を見た。




 時の権力者は、かの少女を辺境の地へ閉じ込めてしまうことを決めた。あまりにも、うつくしかったからだ。手に入れられないのならば、いっそ誰の目にもとまらない場所へ隠してしまおうと思った。


 海の近くの、小高い丘に真っ白い塔を建て、少女をそこへ閉じ込めるつもりだった。少女は、自分が閉じ込められる塔が建てられていく様子を、ただ静かに黙って見ていた。



 城のような立派な牢獄となっていく塔が建てられていく様子を見ているうちに、少女は近くに住んでいた青年と知り合った。心優しく、日によく焼けた働き者の青年だった。青年は、少女の寂しさを慰めてくれる存在だった。少女は、青年を兄と慕うようになり、青年も少女のことを妹のように扱ってくれた。潮の風を浴びながら、少女は穏やかな時が過ぎていくのだろうと思っていた。



 時の権力者は、当然怒り狂った。

 手に入れられないから、誰からも隠してしまおうと思った。だのに、うつくしい少女はどこぞの男と仲良く過ごしているというのではないか。権力者は、青年を誰も住んでいない島へ流してしまうことにした。


 少女は、それを知り、自分も青年に着いていくことにした。




 島に着くと、少女は不思議な既視感と懐かしさを覚えた。誰も住んでいないはずの島には、小さいながらも港があり、船も数隻泊っている。なんだか楽しい気持ちになった。少女は、青年の腕を引くと、軽やかに笑った。口から、勝手に言葉が零れる。


「わたしたちの住んでいた家に行ってみましょうよ」


 島には、電気が通っていた。夕方になり、街灯にぽつぽつと光がつき始める。不思議に思いながらも、二人は手を繋ぎ、散策を始めた。コンクリートの塀、少し寂れた商店街、小さな公園。人も、歩いている。ここは、誰も住んでいない場所ではなかったのだろうか。首を傾げながら、二人は見つからないように物陰に隠れた。と、少女は不意に、民家の庇の下の小さなベンチに腰掛けていたお婆さんと目が合った。ひやりと背筋が凍る。見つかってしまった、逃げなくては、と反射的に思ったが、お婆さんは少し悲し気に目を細めて笑うと、少女に気が付かないふりをしてくれた。



 そこで。そこで、漸く少女は思い出した。

 青年は、まだ、気付いていない。



 ここは、二人が送られるはずだった無人の島などではない。ここは、二人のかつての故郷だった。二人は、真の兄妹であり、この港町は、間違いなく兄妹の生まれた町であった。幼い頃、確かに自分たちはこの町で育った。両親も親族もすべていなくなってしまった後、まだ幼かった兄妹は、引き裂かれ、自分は衝撃からか兄を忘れてしまったらしい。



 そして、自分たちは心臓がとまっていることも、思い出した。忘れてしまったから、死者の国には行けず、こうして魂だけがかつての思い出がつまった故郷にとんでいるのだ。



 目の前に通りかかった、陽気に酔っぱらっているひとの胸が、少し透けて見える。そこには、明るい心臓が力強く脈打っているのが、はっきりと映った。優しい顔をして子供の手を引いた女性の胸にも、退屈そうに猫背で歩いていった男の胸にも。いきている人間たちは、明るい心臓を持っていた。



 少女は、生きていたなら、きっと喉の奥に熱が溜まっていたような感覚を覚えた。生まれて初めて、みっともなくとも泣き叫んでしまいたいと思った。どうして、どうして、このひとたちは生きているのに、兄と自分はこうして死んでいるのだろう。一体、自分たちはどんなわるいことをしたと言うのだろう。



 耐えきれずに、兄と繋いでいた手を離し、立ち上がる。

 なにも知らないひとたちを見て、少女は叫んだ。



「要らないのなら、兄に心臓を頂戴よ」



 兄と自分は、きっと島に渡る途中で死んでしまったのだろう。兄妹を乗せた船が事故で転覆してしまったのか、それともあの権力者の命で殺されたのか。


 二人の魂だけが、かつて幸せに暮らしていたここに戻ってきただけで、身体は冷たい海底だ。






 そう、思ったところで、目が覚めた。


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