いつか会える日を夢見て

おっさん三人は少し遅目のランチを食べるべく、店探しをしていた。

おっさんチョコレートは無意識の内に、とんかつ屋の店先から漂う甘いソースの臭いに誘われ、お店の自動ドアを開いていた。

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

女性定員が笑顔で三人のおっさんに接客した。

「3名です!」

おっさんチョコレートが小学校の低学年が出席を取る時の声に負けない位、笑顔で元気よく言った。

「ちょっと待ってくれ。俺、200円しか無いから、とんかつなんて無理だよ。」

おっさん伊達メガネは寂しそうに小声で呟いた。

「金の事は心配するな、俺に任せとけ。」

おっさん野球帽が胸を張って頼もし気に言った。

おっさん伊達メガネはその言葉を聞いて、悲し気な表情から一転し目を輝かせた。

そして、いつもより人間的に大きく見えるおっさん野球帽に感謝して、持つべきものは友達だとしみじみと感じた。


席に案内されると、おっさんチョコレートは直ぐ様、メニュー表を開き、ページを開く手は特大サイズのとんかつの所で止まった。

「500gとは・・・思ったより小振りだな・・・」

「そんな時は2つ頼めばいいじゃないか。」

おっさん野球帽が的確なアドバイスを送った。

「それもそうだな。」

おっさんチョコレートは心を決めて、特大サイズを2つ注文する準備が整った様子であった。

「それじゃ俺は並のとんかつにするか。」

「俺もおっさん野球帽と同じのにするとしよう。」

「おいおい、200円しかないのにそんなの注文出来るのか?」

「えっ!?お前、俺に任せとけって言ってただろ?奢ってくれるんじゃなかったのか?」

「奢る何て一言も言ってないだろ。俺が頼んだとんかつの匂いを、タダで嗅がせてやろうと思っただけだ。」

「ふざけるな!匂いを嗅いだ所で腹は膨れないし、余計腹が減るだけだろ!」

おっさん伊達メガネは怒りを露わにして怒鳴った。

しかし、不運な事に、この時おっさん伊達メガネが掛けていたメガネは曇っており、前が全く見えない状態だった。

うっすらと見えるおっさん野球帽と思しき人影の方を向いて怒鳴っていたが、それはおっさん野球帽では無く引退したばかりの黒人のアマチュアボクサーだった。

アマチュアボクサーは日本語が分からなかったので、喧嘩を売られていると勘違いしてテーブ越しにおっさん伊達メガネの前に迫った。

おっさん伊達メガネはそれには気付かずに、曇ったメガネをあくせくと拭いていた。

ふと顔を上げると、目の前に物凄い形相の黒人のアマチュアボクサーが立っていたので、訳が分からず困惑した。

「Kill you!」

黒人のアマチュアボクサーが拳を振り上げた。

おっさん野球帽とおっさんチョコレートは巻き添えを食っては堪らないと思い我が身可愛さから、二人から目を逸らし一切止めに入ろうとはしなかった。

「What are you doing!」

連れのプロボクサーが黒人のアマチュアボクサーの腕を掴み制止した為、おっさん伊達メガネは命拾いした。

プロボクサーは黒人のアマチュアボクサーの腕を引っ張って元の席に戻って行った。


しかし、その後、残された三人の間には重苦しい空気が流れていた。

「お前達、さっき俺が殴られそうになった時、止めに入らず知らんぷりしてただろう。」

おっさん野球帽とおっさんチョコレートは返す言葉が無かった。

暫くの沈黙の後におっさんチョコレートが不意に口を開いた。

「いやぁー、折角俺が止めに入ろうと様子を伺っていたのに、先を越されちまった。」

それを聞くや否や、おっさんチョコレートもここぞとばかりに負けじと言った。

「俺はお前の身が危ないと思って、あの黒人に殴り掛かろうとしてたからなぁ。あいつも俺が手を出す前に止められて命拾いしたぜ。」

おっさん伊達メガネは全然納得行かなかったが、昨日から何も食べていないせいで、言い争う気力が湧かなかった。

「そんな事よりも早くとんかつを注文しよう。」

おっさんチョコレートは気持ちの切り替えが早かった。

"そんな事"と言われおっさん伊達メガネは腹が立ったが、それよりも腹が減っていたので何とか怒りを抑える事に成功した。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「僕は特大サイズのとんかつを2つ!」

「俺は並のとんかつ!」

"グゥ~~~"

「・・・・・・・・・・」

店員はお腹も鳴って店の中で一番空腹そうなおっさん伊達メガネの注文を待った。

しかし、いくら待ってもおっさん伊達メガネは注文を口にしない。

「・・・・・・・・・・」

「あの、お客様、ご注文はいかが致しましょうか?」

「俺はさっきサーロインステーキ食ったばかりだから腹一杯なんだよ!」

日頃から嘘をつくのが得意なおっさん伊達メガネも、この時ばかりは苦し紛れである事は、傍から見て明白であった。

「失礼致しました。」

店員はおっさん伊達メガネの剣幕に押され、逃げる様におっさん達の席から離れた。


隣の席では食べ盛りの中学生四人組が上とんかつを騒ぎながら口の中に入れていた。

お喋りに集中する余り、とんかつはすっかり冷め切っていた。

このお店のとんかつはサクサクの衣とヒレ肉、フルーツベースのソースが相性抜群だとネットでも評判だった。

実は、おっさん伊達メガネは十年以上も前からチェックしていた。

口コミサイトにアクセスした回数は店主よりも多いと言う自信もあった。

お金に余裕が出来たら、必ずこの店を訪れたいといつも夢見ていたのだ。

しかし、中学生達はそんな上質なとんかつを全く味わっている様子も無かった。

おっさん伊達メガネの思いとは裏腹に、彼等は只々、空腹を満たすだけの為に、おっさん伊達メガネが愛して止まないとんかつを胃に掻きこんでいるだけの様に見えた。

こんなガキ共に、明治時代から続く店の歴史と職人が試行錯誤を繰り返してやっと辿り着いたとんかつを食べる資格は無い。

中学生達は食事を終え、レジで五千円札を出してお会計をしていた。

中学生の分際で五千円もの大金を出している事に腹も立ったが、それより何よりも、テーブルに残された皿の上にとんかつが三切れも残っている事に心を奪われていた。


「ありがとう少年。三切れも残してくれて・・・」


おっさん伊達メガネは愛するとんかつが残されていた事には全く腹を立てていなかった。

少年達が座っていたテーブルに近付き、お皿を手に取った。

「大の大人が、見ず知らずの中学生の食べ残しを食べるなんて恥ずかしいから止めろ!」

おっさん野球帽が呆れ顔で言った。

「お前達が少しも分けてくれないって言うから、こうするしか無いだろう!俺だって本当はいい歳してこんな事したくないんだ!」

おっさん伊達メガネは自分が惨めに思えて涙が止まらなかった。

「もー、仕方ないなぁ。そんなに食べたいなら僕のを少し分けてあげるよ。」

おっさんチョコレートが仏の様な優しい表情で言った。

「本当か!?おっさんチョコレート。ありがとう。」

「そんな泣き顔じゃみっともないからトイレで顔洗って来いよ。」

「ああ、そうだな。何かごめんな。みっともない所見せちまって。」

「いいんだよ。そんな事、気にすんな。」


おっさん伊達メガネは高鳴る鼓動を抑えてトイレへと向かった。

「何だかんだ言っても、二人共最後は俺を助けてくれるんだから、ホント最高の親友だよ。

俺も二人を見習って、人に優しい人間にならないといけないな。」

おっさん伊達メガネは、トイレの順番を待つ間、厨房から聞こえる、とんかつが油で揚がる"ジュー"と言う最高の音楽に耳を澄ませていた。

そんな時でさえも、二人への感謝の気持ちを決して忘れる事はなかった。


おっさん伊達メガネはトイレから戻ると我が目を疑った。

テーブルの上には、かつて、とんかつが乗ってあったと思われる綺麗に平らげられた皿だけが残されていた。

そして、その前には腹の膨れたおっさんチョコレートとおっさん野球帽が爪楊枝で歯の隙間に詰まった肉片を面倒臭そうに取っていたのだ。

おっさん伊達メガネは身動ぎもせず、驚いた顔でおっさん野球帽とおっさんチョコレートを見つめていた。

おっさんチョコレートはおっさん伊達メガネがどうしてそんな顔をしているのか最初は分からなかった。

そして、これまでの記憶を辿ってやっと思い当たる事にぶつかった。


"そう言えばおっさん伊達メガネにとんかつを分けるって約束したんだった・・・"

"食べるのに夢中ですっかり忘れてた・・・"


「違うんだ、本当はおっさん伊達メガネの分も取っとくつもりだったんだ。

でも、とんかつだけにカラッと忘れてた。なんちゃって・・・」

渾身のギャグを言って、おっさんチョコレートは、おっさん伊達メガネが大爆笑すると思い、その反応を待った。



しかし、どんなに待ってもおっさん伊達メガネが笑う事は無かった・・・


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