たった一人のタイムトラベラー

おっさん伊達メガネはその日、商店街で買い物をしていた。

福引券を1枚貰ったので、近くの抽選会場でガラポンを回した。

すると中から金色の玉が出て来た。

「おめでとうございます!一等、小型ロケットで巡る地球一周旅行の旅です。」

「おいおい嘘だろう?宇宙に行けるなんて何か裏があるんじゃないのか?」

「出発は明後日なので、もし辞退したいのであればおっしゃって下さい。」

「何言ってるんだ、行くに決まっているだろう!」

おっさん伊達メガネは一等と書かれたのし袋を係員から奪い取ると、大喜びして抽選会場を後にした。


おっさん伊達メガネは、おっさん野球帽とおっさんチョコレートを家に招き一等当選を大いに自慢した。

「羨ましいだろ?まさか地球一周旅行が当たるとは思わなかったぜ。」

おっさん伊達メガネがチケットを見せびらかしながら言った。

「しかし、本当に素人がこんな簡単に宇宙に行けるのか?」

おっさん野球帽は不思議そうに尋ねた。

「何でも、自動操縦だしあっという間に行けるから日帰りで帰って来れるみたいだぜ。」

「俺も連れて行ってくれよ。」

おっさんチョコレートはスターウォーズマニアだったので自分こそが宇宙旅行に相応しいと思っていた。

「まぁ発射台まで見送りに来てもいいぞ。帰ったらたっぷり土産話を聞かせてやるから安心しろ。」

二人は誰が見送りなんか行くものかと思っていた。


ロケット発射当日、おっさん伊達メガネが一人乗りの小型ロケットに乗り込んだ。

その横でメカニック達は発射の準備で慌ただしく動いていた。

「おい新入り!そんな簡単な事にいつまで時間掛かってんだ!」

新人メカニックに向かってベテランメカニックが厳しい口調で怒鳴り付け、作業を急かした。

新人メカニックはこれまでの人生で怒鳴られた経験が無かったので、作業をする手が震えていた。

おっさん伊達メガネがはこの新人メカニックに任せて本当に大丈夫なのかと内心不安に思っていた。


全ての準備が整い、発射のカウントダウンが始まった。

「3・2・1・発射!」

ロケットは轟音を轟かせ、無事に地球を飛び立った。

大気圏を抜け、おっさん伊達メガネの眼下にはこれまで写真でしか見る事の無かった地球の全体像を捉える事が出来た。

「地球は青かった・・・」

宇宙に行っても絶対に言うものかと思っていたセリフを思わず口にしていた。

「宇宙から見たら地球はこんなにもちっぽけなんだなぁ。その地球に居る俺達はもっとちっぽけで、悩みなんか下らなく感じるなぁ。」

小型ロケットはゆっくりと地球を回り始めた。

無重力の空間は、揺り籠に乗って、揺られている様な心地良い気持ちにさせてくれた。


半周回った所で、おっさん伊達メガネはコックピットに戻りシートベストを付けて、地球へ帰還する準備を始めた。

「名残惜しいが、地球では俺の帰りを待っている奴らが大勢居るからなぁ。」

すると突然、小型ロケットが加速を始めた。

そしてあっと言う間に地球を一周し・・・二周し・・・三周し・・・

「おいおい、地球を何周回るんだよ。」

そう言っている間にも小型ロケットは加速を続け、遂には光速近くまで速度を上げた。

おっさん伊達メガネは激しい乗り物酔いに耐え切れなくなり気を失った。


目が覚めると小型ロケットは無事に地球へと帰還していた。

意識が朦朧とする中、小型ロケットの計器の横に備え付けられてあるダイヤル式の摘みに目が留まった。

目盛りは0周、1周、1兆周の三種類しか無く、設定された目盛りは何と1兆周であった。

「何だこの小型ロケットの作りは!普通1周の次は2周だろ!

それに、ダイヤルを設定したあの新人メカニックめ!見つけたら只じゃ置かないからな!」

おっさん伊達メガネは頭に血が上ったお陰で、意識をしっかりと取り戻す事が出来た。


おっさん伊達メガネは小型ロケットのハッチを開けた。

ハッチの外には灰色の空が広がり、冷たい風が吹いていた。

周囲を見回すと、見た事の無い色鮮やかな植物が点在していた。

その植物の周りには養分を吸い取られたのか、枯れた草木が項垂れていた。

幸いにも、遠くの方にスカイツリーが見えたので、この場所が日本であると分かり、胸を撫で下ろした。


疲れたので、家に帰ろうと小型ロケットを降りて歩き始めたが、街中を歩いているにも関わらず、おっさん伊達メガネ以外、誰も外を歩いていない。

辺りを見回すと、街は廃墟の様に荒れており、全く人の居る気配がしなかった。

「ここは本当に日本なのか?」

おっさん伊達メガネは言いようの無い不安に襲われた。


おっさん伊達メガネが当ても無く街を彷徨っていると、目の前に新聞が落ちていた。

そこに記されていた日付と見出しを見て、おっさん伊達メガネは驚愕の余り声を失った。

「どど・・・どういう事だ!?」

おっさん伊達メガネが新聞を持つ手が激しく震えた。

「宇宙に旅立って、その間地球では300年以上の時が流れていたなんて・・・」

光速に近い速度で移動していた為、おっさん伊達メガネの時間の流れは、地球に居る人に比べてゆっくり流れていたのだった。

そして、人類は地球環境の悪化により地球を捨て、別の惑星へ移住していたのだ。

おっさん伊達メガネは頭の中が真っ白になり膝から崩れ落ちた。

そして、ようやく自分の置かれた状況が理解出来た時には涙が溢れて止まらなかった。

「うわーーー!!!」

「うわーーー!!!」

感情を抑えられなくなり、繰り返し声が枯れるまで、声にならない声を上げ続けた。

しかし、その声は誰の耳にも届く事は無かった・・・


泣き叫んだ事により僅かばかり冷静さを取り戻したおっさん伊達メガネは水と食料を求めて歩き始めた。

街に残されていた食料は全て腐っていたが、貯蔵されていた水は辛うじて飲む事が出来た。

その日は誰も居ない、ホテルのスウィートルームに泊まり一夜を明かした。


明くる日から、おっさん伊達メガネの広い地球での独りぼっちのサバイバル生活が始まった。

特に何かをする訳でも無く、一日一日が過ぎて行き、不安と孤独は日を追うごとに大きくなって行った。

夜になるとその孤独感は大きくなり、寝床に入り目を閉じていると、知らず知らずの内に涙が流れ、声を上げて泣いた。

「おっさん野球帽とおっさんチョコレートと何でも良いから話しをしたい・・・」

もはや真面な精神状態では居られなくなっていた。


おっさん伊達メガネはこのままでは精神が崩壊してしまうと思い、失われつつある理性を保つ為、この広い地球の何処かにきっと生きている人が居ると思う様にした。

そして、僅かな希望を頼りに世界各地を巡る人探しの旅に出る事にした。




それから30年後・・・

おっさん伊達メガネ65歳。

未だに人が生きている痕跡は見つからない。


おっさん伊達メガネはある日、砂漠に咲く一凛の花を見つけた。

この花以外、周りには草木一本生えていなかった。

しかし、その花は真っ直ぐ太陽を見据えて、逞しく堂々と咲き誇っていた。

独り孤独に生存者を探して生きる自分とその一凛の花が重なり、涙が溢れた。


感傷的な気持ちになったのも束の間、おっさん伊達メガネは空腹の余り、無意識の内にこの花をむしゃむしゃと食べていた。




それから更に30年後・・・

おっさん伊達メガネ95歳。

この60年間世界各地を巡り、最早この地球に人間など存在しないと知る事が出来た。


おっさん伊達メガネは年齢を重ね、日に日に老い衰え、自分の事も分からなくなっていた。

何で自分は独りぼっちなのだろうか?

何で歩き続けているのだろうか?

おっさん伊達メガネはいつの間にか帰巣本能により、おっさん野球帽とおっさん伊達メガネと三人で過ごした町に立っていた。


「おっさん野球帽!おっさんチョコレート!遊びに来たぞ!何処に居るんだい?」

おっさん伊達メガネは必死に声を上げて叫んだ。

「そうか。あいつら、がめついからお土産見せないと出て来ないんだな。」

おっさん伊達メガネは、いつの日か、こんな自分にも奇跡が起きて、夢の中でも良いから二人に会えた時の為にと、世界各国で二人が喜びそうな物を集めていたのだった。

ボロボロになった服のポケットの中から、綿の飛び出た誰か分からないメジャーリーガーのサインボールとイギリスで手に入れた高級そうなチョコレートを擦り傷だらけの手で取り出しながら言った。

「折角お前達の為に苦労して持って帰って来たんだぞ。・・・お願いだから・・・出て来てくれ・・・」

おっさん伊達メガネの悲痛な叫びが虚しく空に木霊した。

途方に暮れたおっさん伊達メガネは三人で良く遊んだ公園の大木に凭れ掛かった。

「そう言えばこの木は・・・」


おっさん伊達メガネは古い記憶を思い出していた。

独りぼっちになってからの記憶は殆ど思い出せないのに、三人で過ごした頃の楽しい思い出は不思議と鮮明に思い出せた。

「この木の下にタイムカプセル埋めようぜ。」

「タイムカプセルって普通は学生が卒業式に埋めるもんだぜ。」

「いいんだよ!掘り起こすのは10年後の今日。45歳になった時だ。」

「10年後なんて絶対忘れてしまってるぜ?」

「いいんだよ、二人忘れたとしても、誰かひとりが覚えていればいいんだから。」

思い出の中の三人は楽しそうに笑っていた。


「そう言えばあの時何埋めたっけ・・・」

「あれから10年以上経ったから、もう掘り起こしても良いよな・・・」

おっさん伊達メガネは地面を必死に堀り始めた。

掘り始めて20分、おっさん伊達メガネの手が何か固い物に触れた。

「やったぁ!見つけたぞ!」

おっさん伊達メガネは嬉しそうな顔で、タイムカプセルの箱を手の上に乗せて叫んだ。

箱を空けると、中から沢山のガラクタが出て来た。

おっさん伊達メガネのガラクタを漁る手が止まり、その手に何かを掴んでいた。

「そうか!俺はこれも入れてたんだ!」

おっさん伊達メガネは箱の中から一通の封がされたままの手紙を取り出した。

その手紙は、以前おっさん野球帽が藪医者の誤診により、余命宣告を受け死期を悟った時に書いた物であった。

その頃のおっさん野球帽は聖人となり後光が差していて、まるで別人の様だった。



"おっさん伊達メガネへ"


この手紙を書いている今、残念ながら私は君達の知るおっさん野球帽では無くなっている。

死の間際、立派な聖人となる事に成功し、神秘的な力を秘める事が出来たのだ。

私はこの力で、君の未来を見通す事にした。

だから、今君の置かれて居る状況は全て理解している。


おっさん伊達メガネ、

ここまで、とても辛かっただろうが一人でよく頑張ったな。


私はこの神秘的な力が残っている内に君の為に聖水を作る事にした。

これを飲めば君は宇宙に行く前に戻る事が出来る。

聖水は私のアパートの木の下に埋めておいた。

これから死に行く私が君の為に出来る最後の贈り物だ。


この聖水は聖人の努力の結晶、つまり脇汗で作られる。

君の為に必死で部屋の片付けをして脇に汗して作った物だ。

心なしか鼻を突く臭いがしたので、効力は若干弱まるが、飲み易い様に、みりんで味付けもしてやっている。


どんなに離れていても君達の幸せをずっと願っている。



"聖人(おっさん野球帽)より"



おっさん伊達メガネは手紙を読んでいる途中から涙が止まらなくなっていた。

「ありがとうおっさん野球帽!ありがとう聖人様!」

手紙はおっさん伊達メガネの滝の様な涙でボロボロになっていた。

「絶対に戻る事の出来ないと思っていたあの頃に戻れるんだな。これは夢じゃないよな?」

おっさん伊達メガネは老体に鞭打って手紙に書かれていた木へと走った。

木の下には聖水とラベルの貼られた瓶が埋められていた。

「これで、失われた時間を取り戻す事が出来るんだ。」

おっさん伊達メガネは迷う事無く、聖水を飲み干した。

飲み干すと同時に、目の前が真っ暗になり気を失った。



おっさん伊達メガネは外の騒がしい声で目を覚ました。

「おい新入り!そんな簡単な事にいつまで時間掛かってんだ!」

周りを見渡すと、宇宙に飛び立つ直前の小型ロケットの中だった。

「ベルトを外してくれ!早く!」

おっさん伊達メガネの剣幕に負けて、作業員がベルトを外した。

ベルトが外されると、おっさん伊達メガネは慌ててコックピットを飛び出した。


一刻も早く二人に逢いたかった。


急いで電車に乗り込み、地元へと向かった。

今までは満員電車が大嫌いだったのに、人が多い空間がこんなにも安心出来るなんて思わなかった。

駅を降りて暫く歩いていると、丁度おっさん野球帽とおっさんチョコレートが目の前を歩いて来た。

二人の姿を見て、おっさん伊達メガネは溢れる涙を抑える事が出来なかった。

そして、涙を流しながら二人の元へ走り出した。

「おいおい、子供の様に泣いて一体どうしたんだ?」

「お前達に逢える日をどんなに夢見た事か・・・」

おっさん伊達メガネは二人を強く抱き締めた。

「何言ってんだ、可笑しな奴だな。昨日会ったばかりじゃないか。」

「それより今日、宇宙に行くんじゃなかったのか?」



「聖人様ありがとう御座います・・・」



おっさん伊達メガネは、みりんにより効力が少し弱まった聖水のお陰で、以前より若干チ○コが小さくなっていたのだった・・・



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