掛け替えのない強い絆
その日おっさん野球帽は駄菓子屋で、小学生に交じって駄菓子を選んでいた。
そこへ、小学生の兄妹がお小遣いを握り締めて駄菓子屋に入って来た。
「お母さんから貰ったお小遣いは百円だから、何でもお前が好きな物を選んでいいぞ。」
「えっ、良いの?お兄ちゃんありがとう!」
妹は二十円の駄菓子に手を伸ばした。
すると突然横から大きな手が伸びて来て、少女が取ろうと思っていた駄菓子がゴッソリ持って行かれた。
駄菓子を入れていた箱は空になり女の子は諦めざるを得なかった。
駄菓子を横取りしたおっさん野球帽は少女の落ち込んだ顔を見てニヤりとした。
すると、それを見ていた兄がおっさん野球帽に詰め寄った。
「横取りするなんてズルいぞ!それに一個くらい残してくれたっていいじゃないか!」
おっさん野球帽は兄の胸倉を掴み、上から見下ろして言った。
「この世は金で優劣が決まるんだ!お前等の様な貧乏人と大人買いしてくれる俺とでは、この駄菓子屋にとっての存在価値が違うんじゃい!よく覚えておけ!」
おっさん野球帽はそう言うと、支払いをする為に駄菓子屋の店主のおばあさんの元へと向かった。
「おい、クソガキ共集まりやがれ!社会勉強だ!しっかり目ん玉かっぽじってよーく見ておくんだぞ!これが金持ちの大人の駄菓子の買い方だ!」
おばあさんは駄菓子の合計金額をゆっくりと計算し始めた。
「お買い上げありがとうございます。全部で三千円になります。」
「思ったよりも随分安いな。しかしお前達ガキからしたら三千円は大金か。はっはっはっ。それじゃ五千円札で払ってやるか。お前達五千円札なんて、見た事ないだろう?」
おっさん野球帽は財布を取り出し、中身を見ると五十円玉が一枚入っているだけだった。
昨日スーパーで買い物をしてお金が無くなったので、駄菓子屋へ行く前に消費者金融からお金を借りようと思っていたのをすっかり忘れていたのだった。
おっさん野球帽はここまで築き上げた威厳を失いたくは無かった。
「この駄菓子は全部キャンセルだ!それよりも悪ガキ共、これで何でも好きな物を買っていいぞ!」
駄菓子屋に居る十人程の子供達に向かっておっさん野球帽が爽やかな笑顔で言った。
おっさん野球帽はカウンターになけなしの50円玉を置くと、颯爽と駄菓子屋を去って行った。
駄菓子屋を出るとおっさん野球帽は急に見知らぬ二人組の男から声を掛けられた。
「私達はある人からあなたをお家に送る様に頼まれましたから、あそこに停めてある車に乗って貰えませんか。」
「おお、それは助かる。」
男が指差した車は今にも壊れてしまいそうな軽トラックであった。
おっさん野球帽は家まで送って貰えるならラッキーだと思っていたので、そのまま車に乗り込む事にした。
車が進み始めて直ぐ、おっさん野球帽はある違和感を感じた。
車が自宅とは反対の方向に進んでいたのだった。
「家とは逆の方向を走ってるぞ!今すぐ降ろしてくれ!」
すると首元に冷たい物が触れるのを感じた。
隣に座っていた男がおっさん野球帽の首元にナイフを押し当てていたのだった。
男はおっさん野球帽に目隠しを付け、手足を縄で縛り始めた。
「静かにしやがれ!少しでも音を立てると殺すぞ!」
おっさん野球帽は恐怖で震え出し、呼吸をする音も許されないのかと思い、念の為に限界まで息を止めた。
しかし、直ぐに苦しくなり、息を止めるのも、そう長く続かなかった。
「ハーハーハー。お願いします。息をするのだけは許して下さい。」
おっさん野球帽は泣きながら訴えた。
男達はおっさん野球帽の必死の訴えを無視したので、おっさん野球帽は迷惑にならない様にいつもよりも静かに呼吸をした。
車は人気の無い倉庫へと到着した。
倉庫に着くと、おっさん野球帽は目隠しを外され、倉庫の中に乱暴に投げ入れられた。
倉庫の中は暗く、僅かに窓から差し込む日の光だけが、唯一の明かりであった。
すると、先程の男二人が別の見知らぬサングラスを掛けた男を連れて、おっさん野球帽の目の前に立った。
「お願いします。何でもしますから命だけは助けて下さ・・・」
おっさん野球帽が命乞いを言い終わるのを待たずに、サングラスの男が二人の男を蹴り飛ばした。
「おい!これはどういう事だ!ちゃんとお前達に言ったよな?野球帽を被った10歳の食品会社の社長の息子を誘拐して来いと!
こいつが10歳に見えるか?どこからどう見てもおっさんじゃないか!」
「兄貴すみません。野球帽を被って、駄菓子屋から出て来たので、てっきり少し老けた子供かと思ってしまいました。」
「既にやってしまった事を責めても仕方ない。こいつの知り合いから身代金を要求するぞ。」
おっさん野球帽のポケットから男が携帯電話を奪い取った。
男がおっさんチョコレートのアドレス帳を開くと登録されている番号は三件だけだった。
「一件目はおっさんチョコレートって奴か。」
男がおっさんチョコレートに電話を掛けた。
「トゥルルルルー」
「はいは~い、こちらチョコレートです、どうぞ。」
「お前の大切なお友達のおっさん野球帽を預かっている。無事に返して欲しければ身代金百万円用意しろ。」
「ははは。冗談キツイなぁ。おっさん野球帽にそんなに価値があると思っているんですか?」
「それならば半額の五十万円でどうだ?これ以上は一円も負けんぞ。」
「何を言っているんですか。払うとしても十円ですよ。十円でも高い位ですよ、誘拐犯さん。」
「もう良い!後で後悔しても知らないからな!」
男は通話終了のボタンを強く押して電話を切った。
おっさん野球帽の目には悔しさで涙が溢れていた。
「何なんだよあいつ・・・もし、おっさんチョコレートが誘拐されても俺は身代金をびた一文払ってやらないからな!」
「次に登録されているのは、おっさん伊達メガネって奴か。」
「トゥルルルルー」
「おーどうした、おっさん野球帽。」
「お前の大切なお友達のおっさん野球帽を預かっている。無事に返して欲しければ身代金百万円用意しろ。」
「何だと!おっさん野球帽が無事かどうか声を聞かせてくれ!」
「おっさん伊達メガネ・・・助けてくれ・・・」
「俺がこの事件の全貌を暴いてやるから!おっさん野球帽!決して希望を捨てるんじゃないぞ!いいな?」
おっさん伊達メガネは丁度、家で刑事ドラマを見ていたので、熱血刑事の役に成り切っていた。
おっさん野球帽から男が電話を取り上げ電話を代わった。
「今から身代金の受け渡し方法を言う・・・おい!電話切れてるじゃないか!」
おっさん伊達メガネは自分に酔っており、格好良くセリフを言えて大変満足していた。
これ以上の格好良いセリフも思い付かなかったので電話を切ってしまっていたのだった。
「おっさん伊達メガネ・・・ありがとう・・・」
おっさん野球帽はおっさん伊達メガネの友情に感動して涙を流した。
しかし、男が電話をもう一度掛けた時には留守番電話サービスセンターに繋がり、おっさん伊達メガネが電話を取る事は二度と無かった。
「こうなったら最後の番号に一縷の望みを託すしかないか。」
「トゥルルルルー」
「ピー。午後六時丁度をお伝えします。」
「何の為に時報なんかを番号登録しているんだよ!もっと他に登録するものあるだろう!」
誘拐犯達はおっさん野球帽が何だか不憫に思えて来た。
「こいつの縄を解いて逃がしてやれ!」
「いいんですか?警察に駆け込まれたら俺達の身が危うくなりますよ。」
「いいんだ、これも自業自得の結果だ。
食品会社の社長のあの男は本当に悪運の強い奴だ。
子供を誘拐して罰を与えようとしても結局、俺達みたいな弱い人間が苦汁を嘗める事になるんだ。
俺が社長を務めていた会社は奴が作った食品をただ配送するだけで、食品への異物混入には全く関わっていないって、正式に証明されていたのに、
奴は事実を捏造して、自分の工場の不手際を俺達に全て擦り付けた・・・
お陰で、俺の会社は客からの信用を失いあっけなく倒産した。
結局、世の中は力のある悪い奴が勝つんだな。
従業員のお前達もこんな俺にここまで付いて来てくれてありがとう。
今を以ってお前達とは赤の他人だ。
今回の誘拐は俺一人で計画し、俺一人で実行した。」
二人の男達の目からは涙が溢れていた。
「そんな事言わないで下さい。学歴も無くて、どうしようもなかった俺達を拾ってくれた社長に、どこまでも付いて行きます。」
サングラスの男は何も言わず二人をそっと抱き締めた。
「あんたにも迷惑掛けたな。これから警察に行って、俺達の事を訴えても決して恨まない。当然の報いだからな。」
三人は罪を受け入れる覚悟が出来、どこか晴れやかな顔をしていた。
「パチパチパチ」
おっさん野球帽が三人に拍手を送った。
「あんた達の素晴らしい絆を見せて貰ったよ。
俺まで目頭が熱くなって来たぜ・・・
社長にはあんた達二人が必要だし、あんた達二人には社長が必要だ。
俺は警察でもFBIの捜査官でも無いから。だから、あんた達を訴えたり捕まえたりする義務も無い。
今日は新しい友人と四人で誘拐ごっこしただけさ。」
おっさん野球帽はそう言って、振り返る事無く歩き始めた。
「ありがとう・・・本当にありがとう・・・」
三人はおっさん野球帽の姿が見えなくなっても繰り返し感謝の言葉を言い続けた。
その後、おっさん野球帽は急いで交番に飛び込み必死に三人の凶悪犯に拉致監禁されたと訴えた。
倉庫の場所と車のナンバー、誘拐犯の人相を事細かに刑事に伝え、パトカーに強引に乗り込みテキパキと刑事達にあれこれ指示を出した。
おっさん野球帽は恨みを根に持つタイプで、パトカーの中で蟻一匹たりとも捜査の網から逃すものかと息巻いていたのだった。
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